売れ筋の本のタイトルにもブームがあり、「言語化」ブームの次は、「知性」ブームなのか?
と思いながら、何気なく手に取った本だったが、1ページ目からグイグイ引き込まれた。
冒頭からヒトラーが登場することも私の興味を惹いた。ヒトラーは読書家だったようだ。ヒトラーが線を引きながら読んできた本が現存するらしく、そのような本を分析した本も現存し、本書で紹介されている。ヒトラーの場合は、未知を既知にしたり、著者と対話したりという読書を行ったのではなく、「ユダヤ人虐殺こそ正義だ」という自分自身の世界観を擁護するための「証拠集め」「答え合わせ」として本を読んでいたようだ。そのような狂気を確信に至らせる著作がこの世に存在し、それをヒトラーが読んだ。ヒトラーがユダヤ人大量虐殺に走らせたのは「読書」であり、一冊の著作が歴史を恐るべき方向に進ませてしまったのだ(P37、P49、P53参照)。
著者の言葉を鵜呑みにするのも危険であれば、自分自身の世界観にまったく疑いを持たずに、その世界観の正しさを補強する部分のみを探すような読書も危険である。つまり、読書は「毒書」にもなる。
この話の流れで、エリック・ホッファー(1902-1983)の『大衆運動』を紹介するあたりも、私の興味を惹いた(P58〜)。ナチス・ドイツの熱狂は異常であったと思うが、現代人(特に日本人)が、何らかの「共同体」に属し、何かしらの(歪んだ)「正義感」を持ち、赤の他人に(勝手な)憎悪の念を持ち、その憎悪を共有し、他人を叩きのめして自分自身の満たされない人生を満たそうとしていることと大して変わりがない。これが「大衆運動」の病理である。ホッファーは、沖仲仕として仕事をしながら、人々を観察し、本を読み、哲学をし、本を書き上げたことは有名であるが、このような姿勢はいまでも大切であるし、過剰な憎悪が危険だと見放す「知性」も必要である。
本書のタイトル「超越する知性」とは、そういう意味だろう。
ここでは、ヒトラーとホッファーだけを取り上げたが、本書では数々の人物と著作が紹介されている。著者がとんでもない読書家であることがよく分かる。読書家の私でも「もっと読みたい」と思わせてくれる一冊であった。オススメ。











