昨日、屋久島の「縄文杉」のトレッキングの話を書いたが、屋久島に来たのは別の目的があった。会いたい人が屋久島に住んでいたのだ。
昨年、キャンピングカーで5年、50カ国、12万kmの世界一周旅行に出た4人家族の旅行記『ぼくの学校は世界中』を読んだ時に、まぁ、とにかく感動し、「この家族に会いたい!」と思ったのだ。
私がこの本の書評をブログに書いたところ、それを読んでくれた近所の友達から連絡が来て、「(著者の)雲野さんと知り合いなんだけど会いたい?」、「いま雲野さんは屋久島に住んでるんだけど、一緒に会いに行く?」と言われ、即答した。
「行く!」
で、今回の旅となった。
つながるもんだねー。そんなことがあるんだねー。
情報発信をしていて良かったと、つくづく思う。
なお、その私の友達と雲野さんとは、一緒にサハラ砂漠のマラソンを走ったこともあるという深い仲だった。
ということで、関学の授業が終わった翌日、伊丹空港から屋久島空港へ飛んだ。
著者の雲野さん(奥様)と、著者の旦那さんには、SNSを通して事前に連絡を取り合っていた。著書に感銘を受けたこと、どうしても直接お会いしてお話ししたいこと、などなど。雲野夫妻も「是非お会いした」と我々を歓迎してくれていた。
当日、伊丹空港から屋久島空港への直行便が視界不良で欠航になり、鹿児島経由で屋久島入りすることになったため、予定より数時間遅れて屋久島空港に到着したのだが、なんと、空港で雲野さんが迎えに来てくれていた。いきなり感激した。
結局、3泊4日の滞在中、ずっと雲野夫妻が我々をアテンドしてくれた。本を読んだだけの初対面の人間にそこまでしてくれることに恐縮するが、サハラを一緒に走った友達のお陰である。彼がこの旅のすべてをアレンジしてくれた。頭が地面まで下がる思いだ。稲穂よりお辞儀した。
3日とも夕食を共にしてくれた。初日から唸るような美味しい店を抑えてくれていた。感謝しかない。
雲野夫妻はお酒を飲まない方だが、グラスを交わしながら、色んな話しを聞かせてもらった。雲野さん(旦那さん)が、「我々は地球人なんだ」と何度も言っていたコトバが印象に残る。日本人は世界最強のパスポートを持っていて、どこに行くにも自分で選ぶことができる。だから、YouTubeなどを見て旅行をしたつもりになるのではなく、実際に「地球を歩こう!」と語っていた。自分の五感で感じなければ分からないものがあるのだ。「人生は壮大な実験」なんだから、様々なことにチャレンジすべきだ、ということも語っていた。ホントその通りだと思う。
書籍は、文才のある奥様が自分で原稿を書いたもの。奥様にサインを求めたら、「人生は一度きり やりたいことは『今』やろう!!」というメッセージを添えてくれた。できない理由はいくらでもできるし、準備してからやろうと思うといつまでも準備することになるし、できなくなってしまうこともある。だから、やりたいことは『今』やるべきだ!! 。
奥様に、「私は大学講師をやってるんだけど、私の学生達にも何かメッセージをもらえませんか?」とお願いしたところ、「10代でやる旅行と、50代でやる旅行は違うということを知っておいてほしい」と言ってくれた。これは激しく同意する。10代だからできる旅行があるし、50代ではできない旅行がある(これは、次の授業で学生達に伝えた)。
NYのタイムズスクエアのど真ん中でマイケル・ジャクソンのダンスを披露したという雲野さんのお子さんにも会えた。旅立った時は3歳、5歳くらいだった2人の男児は、もう小学生になっていた。2人とも立派な小学生になっていた。いまはダンスではなく、サッカーにハマっているらしい。
学校にも行かずに世界旅行をしていたことに、ネットから激しい罵倒を受け続けたようだが、このファミリーにはそんな他人の声なんてどうでもよかったようだ。それよりも、いまを生きる。本のタイトルの通り、「ぼくの学校は世界中」なのだ。
雲野さんは、食事以外の時間も、我々をアテンドしてくれて、島内観光にも連れて行ってくれた。
屋久杉トレッキングに行く前日には、ツアーガイドであり、雲野さんの親友であるアキさんの自宅にも連れて行ってくれ、アキさんを紹介してくれた。アキさんは、(昨日も書いたが)私の何倍ものエネルギーで生きている方で、一瞬で惚れた。
アキさんは、15年前に屋久島に移住し、その時に1500坪もの広大な土地を購入し(写真上)、そこに自分の自宅だけでなく、シェアハウスまで、自分の手で作った。さらにいま、もう1棟のシェアハウスを建築中。これも自分で建てている。ガイドで稼ぎ、ガイドがない時は家を作る。めっちゃ楽しそうな生活をされている。
このアキさんの自宅の敷地の中に、なんと雲野ファミリーが世界一周旅行に使っていたキャンピングカーが置かれていた。屋久島まで持ってきたらしい。
中も入らせてもらった。広くはないが、狭過ぎでもない。
ここで5年も生活してたんだなぁー。
トイレもなければ、シャワーもないが、ほとんどの国のガソリンスタンドでトイレもシャワーも自由に使わせてくれるので、困ることはなかったらしい。野糞も慣れるようだ。
屋久島といえば、トビウオ(飛魚)。漁獲量が日本一。
屋久島に来たら、絶対にトビウオの姿揚げを食べたい! と思っていたが、初日から頂くことができた。めちゃくちゃ美味しかった。
鹿児島といえば黒豚。黒豚のしゃぶしゃぶも食べた。死ぬほど美味しかった。屋久島には鹿がいるので、鹿肉も食べた。トビウオ以外の地魚も美味しかった。
紹介してもらった『鱗屋』という民宿で3泊したのだが、ここの朝食は幸福度が跳ね上がった。こんな幸せな朝食があろうか。
味噌汁が最高に美味しかった。おにぎりも美味しかった。美味しいおにぎりって、幸福度が上がる。日本人で良かったと思う瞬間だ。高級ホテルのビュッフェよりも百万倍美味しかった
夜の星空は、噂どおり、めっちゃキレイだった。
屋久島は、外周132km、面積は東京23区くらいある。沖縄本島の半分くらい。つまり、めちゃくちゃデカい。我々が4日間滞在した中で歩いた場所、見た場所は、ほんの一部に過ぎない。けど、屋久島にはもっと素晴らしい場所がまだまだある。また屋久島に来ることを約束した。自分にも、雲野夫妻にも。
「会いたい人に会いに行く」、これ以上の自己投資はないし、これ以上に生きがいを感じることはない。一生の思い出に残る4日間だった。
(※ 写真は許可を得て掲載している)
▼この本は、Kindleでなく、紙で買ってください。
▼雲野さん(旦那さん)の新刊書もでます






















