日経の「私の履歴書」の村木厚子さんの連載(2026年3月)がすごい内容だったので、新刊『おどろきの刑事司法』(講談社現代新書)を手に取ってみたのだが、前半数十ページでもう衝撃とショックと絶望感。

村木厚子さんの話だけでなく、袴田巌さん、角川歴彦さん、大川原化工機事件、プレサンス事件の話など、胸が締め付けられる。

本書を読んでいる時に、大川原化工機の元顧問 相嶋静夫さん(享年72)の遺族が、国に約1億6000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こすというニュースが飛び込んできた。相嶋さんは、東京留置所内で身体不良を訴え、受診したところ進行性胃癌と診断され、弁護人は保釈請求を繰り返し行ったが、検察は「罪証隠滅のおそれがある」として保釈に反対し、裁判所は請求を却下したのだ。自力で歩くことすらできない癌を患った人が、どうやって証拠を隠滅するというのか。その後、癌は肝臓に転移し、抗癌剤治療を受ける体力も残されておらず、「被告人」のまま亡くなった(P100〜参照)。罪を認めなければ簡単に保釈されないという「人質司法」により、相嶋さんの命は奪われた。遺族は、訴訟を通じて関わった裁判官37人の責任を追及するという(毎日新聞 2026/3/26配信記事より)。

司法の世界には「人権」というものがないのかと、絶句させられる。驚かされるのは、本書で実名をさらされている裁判官や検察官が一切反省していないことだ。むしろ、正義に則った当然の行為とすら思っている節もある。そして、その人達の名前をググると、いまでも法曹界で働いている人間もいることに再度驚かされた。この人達が本書を読んで、どう感じるのだろうか。

記憶に新しいのは、袴田巌さんが58年あまりの歳月を経て、88歳で無罪を確定したときの、検事総長 畝本直美の発言だ。無罪判決に対してい「到底承服できないもの」「強い不満を抱かざるを得ません」と言い放ち、袴田さんを犯罪者呼ばわりし、反省も謝罪もしていない(P167〜参照)。世界中が唖然としたこの発言は、最高検のサイトに謝罪広告が載るどころか、いまでも「検事総長談話」として全文が掲載されている。

村木厚子さんは、無罪判決後、司法改革のための有識者会議などの場に出て議論をされているが、そこでの法学者たちの発言にも、世間の常識と大きくかけ離れていることに言葉を失う。この世界に、人権が認められ、常識が通じる日が来るのだろうか。

「自分達は間違わない」という無謬性のマインドコントロールに強く縛られている検察、裁判官、警察が、間違えたことを「間違えました」と認めることからすべては始まる、と村木さんは訴える(最終章参照)。刑事司法が健全な方向に向かうことを望むのみだ。

なお、プレサンス事件のように、ある日突然、経営者が逮捕されるということが、この国では起こり得る。たとえ冤罪であっても、経営者が犯罪の嫌疑をかけられると、銀行が融資をストップする可能性があり、企業の存続すら危うくなる(P209参照)。しかし、会社や経営者が刑事事件に巻き込まれた時を想定してる研修を実施したりしている企業は少ない(P212〜参照)。経営トップや法務の方は、そのような備えも必要である。

あと、本書を読んで知ったのだが、何らかの容疑で逮捕または書類送検されると「前歴」になり、裁判で無罪になっても「前歴」は消えない。起訴されて有罪判決が確定すれば「前科」になる。略式起訴されて罰金か科料を科されれた場合でも、有罪判決と変わりないので「前科」となる。もし、痴漢など身に覚えがなくても、検事から「略式起訴で罰金なら誰にも知られずに済むぞ」と言われ、一刻も早く解放されたいという思いから罰金を納めてしまえば「前科」となり、通常の刑罰による前科と同様に消すことはできない、ということは知っておくべきだろう(P203参照)。