関学 秋学期 第10講目。
昨日、萩から大阪に移動し、関学へ。
今日も授業前にキャンパス内にある日本庭園へ。
毎週この庭園で季節の移ろいを楽しんでいたが、遂に紅葉が真っ赤になった! 美しい!沖縄では見ることができない紅葉!
庭園で2年生の学生と少しお喋り。授業以外の時間も、できるだけ学生との対話の時間に充てたい。
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秋学期が始まって2ヶ月が経った。たった2ヶ月であるが、履修してくれてる学生達に変化が見えてきたことがとても嬉しい。今日も学生達が書いてくれたコメントシートのシェアから授業を始めた。
先生の講義を受けてから、自分の生活に本当に沢山の変化がありました。勉強する時は、そのタイミングを決める前に、机に向かうようになりました。日記を書くことも習慣になりました。沢山の人の話を聞いてみたいと思うようにもなりました。行動することの大切さを学びました。行動することで、やりたいことがさらに増え、さらに1日1日を大切にできるようになりました。自分を見つめるようにもなり、いま自分がいる状況や将来どうしたいかも考えるようになりました。そうすると自ずと両親に勉強させてもらっている有難みを感じるようになりました。
いま私は会計士の勉強をしていますが、死ぬまで何かを学び続けたいという気持ちが強くなりました。会計士に合格してからも、勉強を続けたいです。
毎週沖縄から来て下さり、私の日常生活に対する姿勢、日頃の行動にまで変化を与えて下さり、本当に感謝しています。残りの講義数が少ないですが、よろしくお願い致します。ありがとうございました。
(2年生女性)
こういうコメントを毎回複数の学生から頂く。最高の報酬だ。
質問もたくさん頂く。
【質問】前回の授業で「悪は裁かなくても自爆する」とおっしゃっていましたが、中学生・高校生の時に、要領が良く、人によって態度を変え、自分の都合が良いように人を利用する子がいました。私はその子と距離を置くようにしていたので、その子は私を無視したり仲間外れをしたりしてきました。それなのに、宿題は私のノートを写しにくるなど、都合の良い時だけ私を利用してきました。その子は、そういやって要領良く人を使う子で、人気者でした。
その子のことを思うと、「悪は裁かなくても自爆する」とは必ずしもいえないと思いましたが、先生はどう思われますか?
(3年生女性)
まず、このコメントを読んで、パっとよぎった言葉が3つある。
いずれも中国古典の言葉であるが、以下の3つである。
● 利の元は義なり
●君子は義に喩り、小人は利に喩る
●天網恢恢疎にして漏らさず
特に「天網恢恢疎にして漏らさず」は私の好きな言葉で、事あるごとに思い出す。
利の元は義(正しいことを行うこと)であり、立派な人物(君子)は義(正しいこと)を基準に物事を考えるが、そうでない人間(小人)は利(自分の利益)だけを基準に物事を考える。天の網の目は荒いように見えるが、決して悪を逃すことはない。上の3つはそういう意味だ。
要領良く生きている人間は私の周りにもいる。そういう人間は死ぬまで要領だけで生きていくことになる。そして、そういう人間には何も残らない。利の元は義だから。宿題やテストの時に他人のノートを写して乗り切る人間と、コツコツと勉強して自分のバリューを高める人間と、どちらになりたいのかを自分に問うべきだ。
その子は、要領良く生き、自分よりも良い点数を取り、自分よりも人気者かもしれないが、そういう人間は、「天網恢恢疎にして漏らさず」で、いずれ痛い目にあうよ。「悪は裁かなくても自爆する」のだ。そんな人間になりたくないのであれば、自分が正しいと思う道を信じて進むべきではないだろうか。
【質問】授業の中で、投資の話もして頂き、投資の大切さを学びましたが、投資詐欺もありますよね。先生は、念入りに調べて、リスクを最小限にした上で投資を行っているのでしょうか? これまでお話しを伺っていると、どんなことも割と直感で行動されているようにも感じますが、実際はどうなんでしょうか?
リスクはつきものですが、リスクは覚悟の上で行動しているのですか?
(3年生女性)
おっしゃるとおり、リスクはつきもの。投資するにあたって、リスクをゼロにすることはできない。しかし、リスクを過度に恐れて行動に躊躇していることが最大のリスクだと思う。成功者はもれなく行動が早い(成功者は行動者)。成功しない者は準備しすぎか、準備不足か、どちらかなのだ。
例えば、私が不動産に投資する時は、事前に人口動態、近隣にある駅や商業施設や学校や商業施設の有無、都市計画の有無等、調べられるだけのことは調べる。その土地に詳しい方へのヒアリングもする。現地にも必ず訪問し、外壁、内装、天井、屋上、庭、境界線、近隣等、全てを確認する。そこまで準備した上で、買付けは「一瞬」で行う。やるだけのことをやって、まだ悩む時間が無駄だし、そうやって悩んでいるうちに運は逃げていくのだ。契約書・重要事項説明書等は一言一句確認し、分からない点があれば弁護士に確認する。場合によっては契約書等の文言を売主・仲介業者に変えさせる。こんなことも1日でやる。そこまでやれば、リスクは低減できる。脇が甘いからトラブルがおきる。
投資に限った話ではないが、意思決定や行動が遅い人は損をするのだ。貧乏になるのだ。圧倒的な行動の速さが、全てを凌駕する。
今日はそんな話をしてから授業へ。今日は祝日ということもあり、卒業生が5人も聴講に来てくれた(うち2人は事前の連絡もなくサプライズ聴講)。卒業生が5人も聴講に来てくれる授業なんて、他にないだろう。嬉しいことよ。
昼休みも授業後も卒業生と喋っていた。喋る時間が取れなかった卒業生は、在学生と同様にコメントシートにコメントをびっちり書いて提出してくれた。私と出会えたことへの感謝をしたためてくれていた。私も出会えことに感謝だよ。
授業は2コマ(計3時間20分)だが、在学生・卒業生と喋ってるので6時間位大学にいる。授業内・授業外での対話で、何かに気付いたり、行動するキッカケになったり、夢に近づいたり、自信が持てたり、対人関係が良くなったり、感謝できるようになったり、そういった人生で大切なことをつかんでくれたら、教育者の端くれとして、とても嬉しい。ひとりでもそういう学生がうまれるように、限られた時間ではあるが、精一杯学生と向き合いたい。
そういえば、吉田松陰は松下村塾で、「天下の英才を育するは必ず鯫生(そうせい)より起る」(=天才は私の元から生まれる)と述べたとか。私も同じ気持ちだ。教育を通して天才を作る。













