この世の始まりは、138億年ほど前の「ビッグバン」から始まったと言われるが、それを見た者は誰もいない。しかし、138億光年(1光年は光が1年間に進む距離)先が見える望遠鏡があれば、ビッグバン直後の情景が見えるかもしれない。

実は、そんな望遠鏡が近い将来、完成するらしい(第1章)。

最初に10ページで、かなりワクワクさせられる。

我々が見ている夜空には、様々な熱力学が働き(物理学)、化学反応が起きている(化学)。生物が誕生したのは(今のところ)もっと後の話だといわれている。つまり、生物学は、天文学・物理学・化学に比べると、「新参者の学問」(P22)ということになる。

しかし、この新参者の生物学者は、数マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1mm)の細菌や、数十ナノメートル(1ナノメートルは100万分の1mm)のウイルスなど、肉眼で見えない世界のメカニズムを解明してきた。さらに、恐竜をはじめ多様な生物が進化し、変異し、絶滅してきた歴史や、そこから生き残った生物の進化の歴史も解明してきた(第2章参照)。

つまり人間は、138億光年先の世界から、ナノメートルの世界までの進化の歴史や実態などを把握することが出来てきたのだ。しかし、地球に存在する多様な生物が「なぜ死ぬのか」については、明確に答えられる人は少ないだろう。本書は、生物学者の著者が、その問いに答えている。その生物学的な論理展開は第3章〜第5章を参照されたい。「生き物は利己的に偶然生まれ、公共的に死んでいく(P216)ものなのだ。

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本書の最後に、ヒトの未来について書かれている。

著者の知り合いで、普段は温厚で優しい方が、メールでは過激なことをズバっと言う人がいるという(P205)。そういう人は私の周りにも多い。そういった「ネット人格」が、本人とは逸脱した人格を形成していく。数年のうちに、AIやメタバース(仮想空間)がヒトを支配し、ヒトが従属する世界が来ると思うが、そうなるとヒトはどうなるのか。ここで、とても印象に残る一節があった。

「何より私が問題だと考えるのは、AIは死なないということです」(P211)

ここに、もし人間が死なないとしたら我々はどうなるのか、というヒントがあるのではないだろうか。

おそらくヒトが(AIと同じように)死なないのであれば、社会や集団の中で進化をすることもなかったのではないだろうか。思考することも、学習することもなかったのではないだろうか。複雑な言葉を使ったり、豊かな表情をジェスチャーを交えてコミュニケーションをすることもなかったのではないだろうか。大切な人と価値観や喜怒哀楽を共有することもないだろう。

AIは、ある意味でヒトよりも合理的な答えを出すようにプログラムされている(P214)。ヒトが人らしくあり続けるために、ヒトが作ったAIは、進化を続け、私達よりもヒトを理解できるかもしれない。その結果、本当に優れたAIは、自分で自分を殺す(破壊する)かもしれない(P215)。

生物は死ななければならないのだ。

死は恐怖であり、悲しいことかもしれないが、そう思うのは、美味しい料理を一緒に食べて「美味しいね」と共感できる人がいるからなのだ。つまり、死の恐怖は、常に幸福感を与えてくれたヒトとの絆を喪失する恐怖なのである(P204参照)。

逆説的にいえば、そういう幸福感を与えてくれるヒトを大切にすることが「生きる意味」なのかもしれない。

なんという壮大で感動的な話か!

人生は有限、人生は二度なし。
いまを大切に生きよう。
大切な人を大切にしよう。