流浪の月 (創元文芸文庫)
凪良 ゆう
東京創元社
2022-02-26



これはすごい作品。
2020年本屋大賞受賞作。
もう文庫化された。

夏の夜明けは早く、東の空には炎のような薔薇色が立ち上がっている。けれど夜の領域にはうっすらと白い月がまだ残っている

もうすぐ消える、まるでわたし自身のように感じた。
(P144)

人生は、もうすぐ消える月のごとし。

人には、コンプレックスや、トラウマ、心に負った傷など、それぞれの事情があり、それは家族であっても打ち明けられないこともある。いや、身近な人だからこそ、そういったことは打ち明けられないものかもしれない。

誰もレールに沿って生きていないのに、人にはレールに沿って生きることを求める。自分の痛みには弱いのに、他人へは容赦なく痛めつける。人間は、そういう生き物なのだ。

本書『流浪の月』には、コンプレックスを抱えた青年、性的悪戯をされた少女など、事情を抱えながらも、自分の思いを言葉で伝えられない人や、発した言葉が伝わらない人が登場する。私もコンプレックスを抱えて生きてきた人間なので、彼らの悲鳴が痛いほど分かった。

本書において、「事実と真実はちがう」という文が2箇所出てくる(文庫版P256、P344)。著者が言いたかったのはここだろう。みんな、自分の好き勝手に解釈しているだけで、「事実」なんてどこにもない(P229)。事実と真実の間には、月と地球ほどの隔たりがあるのだ(P281)。だから、どんなに言葉を伝えても、絶望的に分かり合えないこともある。

本書の中で、「世の中に『本物の愛』なんてどれくらいある?」(P157)と主人公が自問する箇所がある。本物の愛、無償の愛と思われている夫婦、親子、婚約者などとの関係も、それは自分が愛と定め、そこに殉じようと心に決めているだけではないのか。「本物なんてそうそう世の中に転がっていない」(同)。

だから、様々な事情を抱えた人は、人を避ける。そして、黒々とした絶望を抱えながら生きていく。しかし、それを解放してくれるのもまた人である。そういう手を差し伸べてくれる人こそ、(本物の愛ではないかもしれないが)本物の人間関係ではないだろうか。そういう人を大切にしたい。