夏期集中講座(2日間の集中講座)。今年で4回目の開催となる。今年も、大学時代のゼミの同級生 三宅由佳さんとのW講師。
2日間で、新規事業を構想し、ビジョンシナリオを描き、ビジネスモデルを構築し、ビジネスプランを作り、プレゼンができるところまでもっていくという特別講義。この講義の中で、マーケティングとか、イノベーションとは、ブランディングとは、ターゲティングとは、といったことも学ぶ。2日目の最後には、全履修者が感動のスピーチをしてくれる。我ながら唯一無二の講義だと思う。
2日目の夜は、三宅さんと打ち上げ。二人で食事をするのは久しぶりだ。大学生の時の同級生と、この歳になっても一緒に会えて、食事ができて、仕事もできるというのは幸せだ。
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ここからは、一部の方に向けて、ご報告があります。
本日の講義をもって、関学を辞めることにしました。来期の授業のオファーを頂いてましたが、すべての授業を辞めることにしました。
それなりの情熱を持ってやってきましたが、「テンションもモチベーションも一気に失せることがあった」とだけ言っておきます。
作家の林真理子さんは日大の理事長に就任して年収が半分になったようですね。なんでそんな犠牲を負ってまで母校での仕事を引き受けたのでしょうか。母校愛でしょうか。母校への貢献でしょうか。母校への恩返しでしょうか。その林真理子さんの新刊書を読んでたら、「自分の経験したことや知恵を伝えよう、などということは考えない方がいい」と書かれていました。あの林真理子さんをもってしても、そう思われるのかと驚きました。私みたいな人間が、母校への貢献とか、恩師への恩返しとか、考えること自体が間違えだったのでしょうね。
沖縄から大阪まで毎週通っていましたが、チケット代もホテル代も、もちろん食費も出ませんでしたので、すべてポケットマネーです。飛行機は、台風だけでなく、風や霧で突然欠航になることがありますから、必ず前乗りしていました。飛行機の時間の関係で、授業後も1泊しました。つまり、1日の授業のために2泊3日を関西で過ごしてきました。この3日間は外食せざるを得ないため食費もかかります。1回の授業ごとに10万円ほどのポケットマネーを出していたでしょう。今年の春学期は12コマあったので、120万円ほどのポケットマネーを出していたと思います。春学期・秋学期の両方の授業を受け持っていた時は、各学期で15コマの授業があったので、年間300万のポケットマネーを出していました。「そんなことはおかしい」、「正当な対価は支給すべきだ」と私の味方になってくれる教授が学校に言い寄ってくれたりしたのですが、うんざりするような理由をつけて跳ね除けられました。悲しき出来事です。冷静に考えれば、いくら母校だからとはいえ、正当な対価ももらえない仕事をすべきではありません。ましてや、プロフェッショナルとしてやってはいけないことです。私が間違えていました。
せっかく授業のために2泊3日で関西入りするのだから、授業中だけでなく、授業前も、ランチタイムも、授業後も、学生からの要望があれば、時間を割いて学生達ととことん向き合いました。それこそ、朝から夜遅くまで。「そこまでやらなくても…」と思った人も少なくないと思いますが、それが私に与えられた務めだと思いましたので、とことん向き合って、対話してきました。「授業外で時間を作ってほしい」という依頼が多く、数カ月も待ってもらった学生もいます。しかし、時間がかかっても、依頼があれば時間を作りました。その中には、私の授業を受けて人生が変わったという人や、私の授業がキッカケで進路が決まった(進路が変わった)という人も何人もいて、それはホントに心から嬉しいことでした。会計士を志した人もかなりいます。ぜひ合格をつかむまで努力を続けてほしいと思います。
在学生や卒業生が私に会うためだけに沖縄まで来てくれたことはとても嬉しいことで、もちろん、そういう在学生や卒業生とは沖縄でも対話をしてきました。多くの学生達に愛されてきたと思います。有り難いことです。
「来期の授業も必ず履修します!」と言ってくれた学生達、「有給を取って授業に潜りにいきます!」と言ってくれた卒業生達、「ゲストスピーカーとして呼んでください!」と言ってくれた社会人の方々、たくさんの方々が授業を楽しみにしてくれていましたが、それらは実現できなくなりました。
とはいえ、教育を辞めようとは思いません。教育が私の天職だと思っていますし、「ひとりの教育者の存在が、多くの学生達の人生を変える」と思っていますので、またこれからも縁ある人と向き合っていきたいと思います。来期以降、別の大学で教えているかもしれません。そのときは、是非潜りにきてください。









































