公認会計士武田雄治のブログ

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旅の話

ぷらっと会計士 金沢 Day1

金沢駅

3ヶ月ぶりの金沢。
駅前の松の木も雪吊り。

サンディエゴの高校に短期留学していた時の日本人の同級生が、最近金沢市内に引っ越しをしたのと、今日が彼女の誕生日ということで、お祝いに来た。


誕生日


サンディエゴの高校に10人以上の日本人がいたと思うが、今でも年賀状のやり取りをしているのは2名だけ。会っているのは金沢の彼女だけ。新居にも招いてもらうとは、妙な縁だと思う。

旦那さんも仕事がOFFだったので、ご家族とウダウダした後に、金沢で有名な魚料理店「いたる本店」で飲んだ。この時期でも満席だった。安定の美味しさだった。

▼ 左上から時計回りで、鯵造り、のどぐろ塩焼き、鯵造りを食べた後に揚げてくれたもの、鮪造り。これ以外にも10品位食べたのではないか。腹十二分目。
金沢いたる本店


彼女に頂いたマスクをつけて、記念撮影。

金沢いたる本店


楽しく幸せな1日だった。

ぷらっと山口 〜Day4 午後(カルストロード→秋吉台→秋芳洞)

秋吉台

萩城下町を散策した後、レンタカーで秋吉台に向かった。
萩から秋吉台までは、(地図で見ると遠く感じるが)40分位で行くことができる。昨日までの気候がウソのように今日は気温が高い。レンタカーの窓を開けながらドライブする。

秋吉台の手前から「秋吉台カルストロード」という絶景の道路に入る。気がつけば、前も後ろも、対向車も、バイクが走っている。ライダーの聖地なのだろうか。

確かに、カルストロードのドライブは気持ちが良い。長野県のビーナスラインも最高だったが、カルストロードも最高。春や夏になると景色が緑に変わり、また違う絶景を楽しむことができるのだろう。


秋吉台

ビーナスラインは76kmあるが、カルストロードは11kmしかない。あっという間に秋吉台に到着。車内からの景色も良かったが、秋吉台の展望台からの景色も最高だった。広大な自然と台地が広がる。地球の上にいるということを実感できる瞬間であり、自分がちっぽけな存在であると思い知らされる瞬間でもある。


秋吉台



時は14時。
宿で朝食を食べたのだが、すでに萩で2万歩近く歩いたため、お腹が空いた。が、飲食店らしきものがない。なので、夏みかんソフトを食べた。夏みかんは萩の名産。

秋吉台


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約3億5000年前、海中のサンゴ礁が時間をかけて石灰岩となり、長い年月をかけて現在のカルスト台地を形成したという。地下には約450もの鍾乳洞があり、日本最大級の鍾乳洞が秋芳洞(あきよしどう)である。

下2枚の写真は、秋芳洞への入り口付近で撮影したもの。洞に入る前から美しい。

秋芳洞


秋芳洞


洞の中は、約1kmの観光コースが敷かれている(総延長は10km以上ある)。往復すると30分位かかるが、とても神秘的・幻想的な光景が続くため、時間の経過を忘れる。

秋芳洞



鍾乳洞には何箇所か行ったことがあるが、秋芳洞はどこを切り取っても「凄い」というコトバしか出てこない。自然の凄さを感じずにはいられない。

秋芳洞



人はなぜ旅をするのだろうか。旅をやり尽くした人が書籍等にまとめたりしている。ただ明確な答えはそこにはない。数多の哲学者が、生きるとは、幸せとは、愛とは…と述べているが、哲学者によって言うことが違う。言うことが違うということは、明確な単一の定義は無いということだ。生きることの意味を語る哲学者もいれば、生きることに意味などないと言い切る哲学者もいる。どちらも正しい。明確な定義がないということは、自分で定義すればいい。

私がなぜ旅をするのか。それは欲求であり、飢えだと思う。読書と同様、未知の世界に足を踏み入れたいという欲求であり、飢え。

旅や読書が大事なのではなく、飢えることが大事なのだと私は思う。


秋芳洞


旅、読書、人間関係は、何かを受容する心・姿勢が必要になると思う。そうすれば、何か気づきや発見があるはず。それが人生の楽しみであり、人生に彩りを添える。読んだ本をamazonで批判し、行った旅先をgoogle mapで批難する人は、感受性が欠けた人間に違いないし、人生がつまらないのではないか。旅、本、人は、つまらない人生の対極にあるものだと思う。

人生は所詮フィクション。
何事も楽しんでなんぼ。
そうやって面白い物語を演じるのみ。


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秋芳洞を出て、新山口駅でレンタカーを返し、帰路に向かう。

いったん帰って洗濯し、次は北陸に向かう予定。大切な友の誕生日を祝うために。

ぷらっと山口 〜Day4 午前(萩城下町)

萩城下町

念願の萩に来た。
昔から来てみたかったが、めちゃくちゃ遠い場所と思い込んでいた。思い込みとは怖いもんだ。実は新山口駅から車で1時間の場所なのだ。神戸から2時間半。東京やグアムへ行くのと同じ時間で萩に行ける。


萩城下町

萩も無人だった。今日も地球上で俺ひとり状態。もう慣れた。「こんな時期に旅なんて…」と言われることもあるが、こんな安全に旅ができる日は永久にないかもよ。人がいない。宿も安い。渋滞もない。行列もない。天国じゃないか。東京の電車の方が何万倍も危険だと思う。

萩の城下町の一部(町人地)と、上級武家屋敷がある堀内という場所と、萩城跡の3地区が「萩城下町」として世界遺産に登録されている。町のいたる所で江戸時代の地図が掲げられているが、当時の町割がほぼ残されていることが分かる。長崎のように近代化が進まなかったのが良かったのかもしれない。高いビルもない。

世界遺産の区域を隅から隅まで歩いた。武家屋敷や町家が連なる。白壁や土壁の建物が並び、風情があって良い感じだった。


萩城下町

町人地と上級武家屋敷がある場所の境は堀があり、総門(屋敷の一番外側にある大門)が設けられ、武家地への出入りをここで監視していたらしい。高級住宅街の門衛のようなものか。上と下の写真は、その総門を復元したもの。この総門の内側で今でもフツーに生活をしている人がいるようだが、上級国民的な生活をしているんだろうか。


萩城下町



下の写真は、上級武家屋敷外にある「鍵曲(かいまがり)」といわれる城下町特有の鍵の手のように直角に曲げられた道。あえて見通しを悪くすることが武家地の防衛策だったらしい。こういう道が残ってることもすごいことだと思う。都市開発なんてしたら、真っ先に区画整理をされて潰されるだろうに。

堀内鍵曲



萩城は、天守閣などの構造物は解体され、堀の一部と石垣だけが残る。ここに来て、ようやく観光客2組と遭遇した。1組は日本人とフランス人のカップルだった。久しぶりにフランス語を聞いた。

萩城跡



萩城から見える日本海がキレイだった。夏は海水浴場になるらしい。大河ドラマ「花燃ゆ」のロケ地らしい。

萩城跡展望所



上述の通り、世界遺産の域内で、今でもフツーに生活している人がいる。フツーの民家もある。高校もあれば、中学もある。宿もある。そういう光景も不思議だった。

歩いていると、萩高校というのがあった。下がその正門。めちゃくちゃ風情があって格好良い学校だなぁ〜と思って、思わずシャッターを切った(というかスマホの画面を押した)。
奥にある石には「至誠」の文字。「至誠にして動かざるものは、未だこれあらざるなり」(吉田松陰)。精一杯の誠意で相手に接すれば、それで心を動かされない人はいない。愛だね。

萩高校正門



その隣にあった萩西中学も、思わずシャッターを切った(というかスマホの画面を押した)。
「萩西中 WEST 愛」。いいね、これ。愛だねぇ。
いいこと(E)すてきなこと(S)に、トライ(T)し続けたいね。そういう人生で在りたい。

萩西中WEST愛


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萩城下町から東に1km位の場所に「松陰神社」がある。吉田松陰を祭神とする神社。吉田松陰の出身地がこの辺りらしい。つまり、吉田松陰は上級武家屋敷街の出身ではなく、下級武士の子だった。しかし、そこからの活躍は歴史の教科書の通り。

松下村塾



松下村塾の塾舎が残っている。とても小さい。8畳と10畳半の間が2つあるのみ。松蔭が20代の頃に、この小さな場所から明治維新のリーダー達を育てたのかと思うと、己の浅学非才ぶりに情けなくなる。が、他方で、私も近々引っ越しをすることだし、自宅で松下村塾のような私塾を開くのもアリかと空想した。(黒字社長塾と同様に)月額20万円(前金)で「知のMAP」の提供と「コーチング」を実施し、知的幸福度を高める私塾。空想だけど、依頼が10人を超えたらやろうかな。

松下村塾



松下村塾の隣に「至誠館」という吉田松陰の博物館のようなものがある。そこで面白そうな入門書を買ってみた。まだ途中までしか読んでいないが、幼少期から大勉強家・大読書家であったことが分かる。松蔭も6歳頃(?)から中国古典(孔子)を研究していたのか。私が私塾を開いたら、西洋哲学よりも中国古典を教えたい。なーんて、また妄想が広がる。

吉田松陰


長くなったので、続きは別のエントリーで。

ぷらっと山口 〜Day3(角島大橋→元乃隅神社→萩)

角島大橋


旅を特集した雑誌や、絶景を特集した書籍があれば買ってしまう。山口県では、角島大橋か元乃隅神社(の鳥居)が取り上げられることが多い。

朝から北上し、まずは角島大橋へ向かった。

角島大橋



↓ 入口。この橋も、以前は観光客のクルマが連なっていたらしいが…。

角島大橋



せっかくなので角島大橋を渡って、角島(つのしま)へ行った。
橋を渡っている最中、沖縄の古宇利大橋に似てるなぁと思った。後から知ったが、離島へ架けられた一般道路橋(無料道路)の長さの日本トップは古宇利大橋で、2位が角島大橋らしい。どーでもいい雑学。日本一長い橋はアクアライン。明石海峡大橋は2位。ホンマどーでもいい。

角島は人口約700人、東西約数kmの小さな島。
島には広大な岬があったり、牧場があったり、牧歌的な雰囲気。
なんとなく淡路島の田舎にいるような感じで、とても気に入った。

google mapで衝撃的な食事処を見付けたので、早めのランチに行ってみた。「おおはま」というお店。海鮮丼を頼んだ。こんな海鮮丼、見たことないぞ。チャーシュー麺のような盛り付け。鰻に蟹に山盛りのシラスまで乗っている。大満足。大満腹。また来たい。

角島_おおはま_食事処


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角島を後にして、色々と寄り道もしたが、元乃隅(もとのすみ)神社へ向かった。
絶景特集で見るヤツ。

元乃隅稲荷神社



123基の鳥居が曲がりくねって連なる風景は壮観。

元乃隅稲荷神社



ただ、123基なので、長さは約100m。それほど長い訳ではない。

元乃隅稲荷神社



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ここの来る前に寄った「福徳稲荷神社」は千本鳥居がある。
鳥居をくぐって端から端まで歩いたが、いつまで経っても終わりが見えず、不安になるほど遠かった。映える写真を撮るなら、こっちの神社の方がいいかも。

↓ 寒さに耐えてる顔

福徳稲荷神社


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角島大橋、元乃隅神社を寄った後は、今回の旅の目的地である萩まで来た。
明日は、萩の城下町を散策したい。

今日は夕方に温泉宿にチェックインし、温泉に浸かって、後はぼんやりと過ごした。




ちなみに、下の写真は、「川棚のクスの森」という場所にある一本の木。四方に広がる一本のクスの木が、まるで森のように見えるからこのように名付けられた。今日は色んな絶景を見たが、このクスの木が一番見惚れた。芸術だ! 爆発だ! 岡本太郎だ! 真っ直ぐに生きるのも良いが、このクスの木のような生き方がしたい。


川棚のクスの森

ぷらっと山口 〜Day2(下関→関門トンネル→豊浦→川棚温泉)

朝早めにホテルを出て、新岩国駅から下関駅に向かった。
下関駅で降りたのは初めて。レンタカーを借りて、駅の近くの唐戸市場へ向かった。

唐戸市場



かつては外国人観光客で賑わっていたらしいが、今は日本人観光客もほとんどいなかった。さらに飲食店などからの仕入れも激減しているだろうから、漁師や市場も大きな影響を受けているのかもしれない。そういえば、昨日のふぐ料理屋も、「ふぐの仕入れは例年の半分以下」だと言っていたなぁ。

▼フグマネキン
唐戸市場


市場の中を歩いていると、「お寿司どう!? 大トロ握り200円! 買って!!」と声をかけられる。去年、バンコクの街中を歩いていた時に、「マッサージどう!? 200バーツ! 助けて!!」と声をかけられた光景と被った。どこも悲壮感。

その寿司屋を素通りして、市場内の食堂へ。朝ごはん。生うに定食。まんぷく。

唐戸市場


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唐戸市場の近くに「関門トンネル人道」という人が通れる関門トンネルがある。地下トンネルを780m歩くと福岡県側(北九州市)に行くことが出来る。食後の散歩がてら、福岡県まで歩いた。

▼トンネル内の県境
関門トンネル人道



トンネルを抜けると、そこは、きっとすごいものがあるに違いない。
と勝手に思い込んでいたが、トンネル内だけでなく、トンネルの向こうも、無人だった。またも地球上で俺ひとり状態。

google mapを見ると、トンネルの先に「国内最大級のたこの滑り台」と書かれた場所があったので行ってみた。ここもnobody。後で知ったが、北九州市にはタコの滑り台が11ヶ所もあるらしい。このタコの滑り台の制作費は4000万円とのこと。減損やろ。

国内最大級のたこの滑り台


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福岡県滞在10分。再び下関側に戻り、レンタカーで移動。
下関駅から北に20km位の場所に「毘沙の鼻」という岬がある。ここが本州最西端の地らしい。

寒かった・・・。
本州最西端の地



けど絶景。
本州最西端の地


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「毘沙の鼻」から少し北上した場所にある「川棚温泉」の宿を予約していた。今日は朝が早かったこともあり、移動は短めにしておいた。15時にチェックインし、すぐに温泉に浸かり、あとはぼんやりして過ごした。

「川棚温泉」に泊まったのは「瓦そば」を食べてみたかったから。「川棚温泉」といえば「瓦そば」。「瓦そば」といえば「川棚温泉」。

生まれて初めて食べる味だった(生まれて初めて食べたので、当然か…)。美味しいのか、美味しくないのか正直分からない…。が、瓦の上でパリパリになったそばを汁につけて食べるというのはなかなかおもしろい。おかわりして2人分食べた。さらに、ひつまぶしも。

せっかく山口県に来たので、普段は飲まない獺祭も飲んだ。今日も気持ちよく酔った。


川棚温泉


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限られた日程・時間の中で、分単位、秒単位で旅をすることもある。旅の途中で猛ダッシュで走ることも、結構ある。他方で、今日みたいに、早めにチェックインし、20時間くらい宿に滞在することもある。どちらも好きだ。旅もなりゆき。川の流れのように。


ぷらっと山口 〜Day1(岩国、錦帯橋、ふぐ料理)

1月や4月は、12月決算や3月決算の上場企業の超繁忙期。
私は会計監査の仕事をしていないし、この時期はセミナー開催もなし、アポが入ることもない。

ということで、ほぼ踏み入れたことがない県、山口県に行くことにした。

初日の目的地は、ふぐを食べに岩国へ。
新幹線で広島駅で途中下車し、今日も昼飲み。牡蠣3つが付いて1500円也。駅ビルで飲める。


広島_牡蠣



岩国駅は、広島駅から在来線で約1時間。
夕食の時間まで少し時間があるので、岩国城へ。

岩国城



天守閣からの眺めがとても良い。
眼下に錦帯橋。遠くには瀬戸内海まで見渡せる。

岩国城_錦帯橋




ズームして撮影

岩国城_錦帯橋



近くでも撮影。お馴染みの日本三大名橋。名建築物。

錦帯橋



錦帯橋を渡ると、武田雄治を歓迎する2本のレインボー。

錦帯橋



橋の上は無人だったし、自撮りしてみた。

錦帯橋



自撮り写真を秘書にLINEで送ったら、「無人になるのを狙って撮ったやつ?」と返信が来たが、そうではない。ホントに無人なのだ。どこに行っても、地球上で俺ひとり状態。

錦帯橋



錦帯橋周辺のお店も、空いている店は1つもなかった。アイスクリーム屋さんが有名と聞いて、楽しみにしていたのだが・・・。

錦帯橋



ちなみに、タクシーすらも捕まらなかった。
行きはよいよい、帰りは怖い。
どーやって帰ろうか…と思っていたら、たまたまバスが通ったので飛び乗った。


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ということで、本日のメインイベント。
ふぐ料理。フルコース。


河豚_白子

左上から、ふぐ刺し、ふぐの口唇の唐揚げ、白子の茶碗蒸し、ふぐの鍋。日本語でうまく表現できないレベルの美味しさだった。これ以外も含め10品くらいをペロンと頂いた。大満足。

岩国には「獺祭」の旭酒造以外にも5つの蔵元があり、どれも非常に美味しい。店の人が、「岩国でもウチの店でしか飲めない」とかいう激レアな日本酒を含め、5つの蔵元の日本酒をドンドンと出してくれたので、その勢いでグビグビと飲んだ。最高に美味しい日本酒を久しぶりに飲んだ気がする。気持ちよく酔った。

ぷらっと鹿児島 〜Day3(大隅半島編 雄川の滝〜桜島)

雄川の滝

昨日は鹿児島の左側(西側)の薩摩半島を満喫したので、今日はフェリーで右側(東側)の大隅半島へ移動した。向かったのは雄川(おがわ)という川の上流にある「雄川の滝」

落差46mの滝と、エメラルドグリーンの滝つぼ。こんな美しい光景は、そうそう見ることは出来ない。



雄川の滝


ここの滝つぼに来るには、近くの駐車場から約1.2kmの遊歩道を歩かなければならないが、この遊歩道からの景色も美しい。まるで軽井沢。歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まり。夏だったら、川に浸かっただろう。水の透明度も軽井沢並み。


雄川の滝



▼ この竹林も軽井沢を思い出させる。

雄川の滝



▼ 滝つぼの上流から見下ろせる場所もある。上から見ると遊歩道が整備されているのが分かる。

雄川の滝

地元の観光客に聞くと、昔はこの遊歩道がなく、約1.2kmの険しい道を歩かなければならなかったらしい。国か県が予算を付けて遊歩道と展望台を整備したという。アクセスしやすくなってという点では良かったのかもしれないが、自然のまんまではなくなった。それは、はじめて訪れた私も悲しい点であった。人の手を入れすぎて、自然と同化できない点は残念だった。ただ、上述の通り、こんな景色はそうそう見ることができない。昨年訪ねた岐阜の「小坂の滝」と共に、超オススメ。


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「雄川の滝」を北上して、「神川大滝公園」という滝の名所も訪れた。
ここも素晴らしい景色だった。
素晴らしい場所なのに観光客ゼロ。
地球上に俺ひとり。そういうのにも慣れた。
絶景を独り占め。


神川大滝



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滝巡りをして、さらに北上する。
時はすでにランチタイムを過ぎ、お腹が空いたのだが、どこにも飲食店がない。国道を50kmくらい走ったが、結局、飲食店は1軒も見当たらなかった。その間に、何軒の郵便局とENEOSを見たことか。

2時間くらい北上し、桜島まで辿り着いた。1月18日に桜島で噴火があったというので、立ち入ることも出来ないのではないかと思ったが、何のことはない。いたってフツーに人々は生活していた。地図で見ると小さな島に見えるが、東西約12km、南北約10 kmのかなりデカい島だった。噴火したからといって、島全体が灰に埋もるわけではなさそう。島民からすれば、また遠くで煙が出てる〜ってな感じなのかもしれない。

桜島


桜島からフェリーの乗って、鹿児島市内に戻った。
2日かけて、薩摩半島と大隅半島をぐるっと回った。

あと数日、ゆっくりと鹿児島で過ごすつもりだったし、霧島温泉に行くことも考えたが、とりあえず行きたいと思っていたところは行き尽くしたので、帰路につくことにした。旅行も腹八分目くらいで終えていいと思う。次は誰かと来たいと思う場所がある方が幸せだと思うので。

ぷらっと鹿児島 〜Day2(薩摩半島編 知覧〜指宿温泉)

 知覧特攻平和会館

今回 鹿児島に来た目的は、「知覧特攻平和会館」だった。以前から来たいと思っていたが、なんせ遠い。かつて陸軍の飛行場があった場所なので、都心部から遠く離れている。今回、ようやく念願の場所に来ることができた。

入館すると、いきなり海底から引き揚げられた戦闘機が無残な姿で迎えてくれる。館内で撮影できたのは、この戦闘機くらい。あとは撮影禁止だったが、すべてを写真に収めて、ここで紹介したいくらいだった。

広島、長崎、沖縄ひめゆりの各資料館と同様、知覧も展示の数々に言葉を失った。

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第二次世界大戦の終戦間際に、米軍が沖縄に上陸した。この時、日本軍は米軍に勝てるだけの体力が残っていなかった。そこで日本軍は、人類史上類のない作戦に出る。爆装した飛行機もろとも敵艦に体当たり攻撃するという「特攻」の戦略に出たのだ。「特攻」に出たのは17歳〜32歳の青年。恋人、婚約者がいる青年もいれば、子供が3人いる父もいた。大半の人は、ご両親がまだ生きていただろう。しかし彼らは、「皇国の安泰を得る為に」と、敵艦に突っ込んでいき、若くして散っていった。陸軍の特攻戦死者は1,036名。そのうち(沖縄から近い)知覧飛行場から出撃した戦死者は439名と多い。

この「知覧特攻平和会館」には、その特攻戦死者の遺影、遺品、遺書など約5000点を展示している。既にここを訪れたことがある友からは、「ハンカチ1枚じゃ足りない。バスタオルを持参して行け」と言われていた。私はハンカチすらも持ってくるのを忘れてしまった・・・。こみ上げてくるものを抑えるのに必死だった。


 知覧特攻平和会館


会館の外に、「三角兵舎」といわれる、特攻隊員たちが出撃するまでの起居していた宿舎が復元されている。特攻隊員は知覧に来てから数日後には「特攻」に出撃したらしい。出撃命令は約12時間前に発せられたという。その12時間で青年達は、両親などに遺書を書いた。その遺書には、特攻は「日本男子の本懐」であるとか、「立派に死ぬ事が軍人の本分」であるとか、国民や社会の「期待にこたえる」ことが喜びであるとか、「人世(人生)悔いなし」とか、とても20歳前後の青年が書いたとは思えないような文が並んでいる。そして、多くの遺書には、皇国のために敵艦を必ず沈めるという文と共に、両親・兄弟・姉妹への感謝の言葉が綴られている。特に、母親に宛てた手紙が多いように感じた。悲しまないでくれ、元気でいてくれ、と。涙なしには読めない。

館内の展示物の中には、出撃前の隊員の写真も多く飾られていた。なぜか、多くの写真が笑顔だった。そういう写真を選んだのか、ホントに笑顔だったのかは分からない。数時間後に死ぬという正気を失った状況では人は笑うしかないのか、それとも恐怖や不安を隠すために笑っているのか。この中に10代の若者がいるかと思うと胸が締め付けられる。

この特攻は、なんと終戦(1945年8月15日)の直前まで続けられたという。失わなくてもいい命がどれだけあったのだろうか。ただ、彼らの決意によって、失わなくて済んだ命もあったに違いない。ここに来る前日、知覧に何度も来たことがある友から、杉並区の山田宏区長(当時)の成人式でのスピーチ『英霊の遺書』を教えてもらった。興味がある方は、8分14秒、お付き合いください。


 知覧特攻平和会館


館外には、先日観た映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』で使用された戦闘機『隼』が展示されていた。


 知覧特攻平和会館


どーでもいい話だが、この『隼』のすぐ近くに、『ラーメン隼』がある。
ここで味噌ラーメンを食べた。
2日連続のラーメン。
旅をすれば体重が増えるわけだ。。


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池田湖


「知覧特攻平和会館」の後、薩摩半島を南に下り、「池田湖」という湖へ。


池田湖

菜の花畑が続く、インスタ映えスポットらしい。
秘書から、菜の花の中に入って「映える写真」を撮るように司令を受けたが、大量の蜂(おそらく数千匹)がブンブンと飛んでおり、そんな小さな敵艦に体当たりする勇気もない私は離れた場所からズームで写真を撮るのが精一杯。

戦争より怖いのは人間だが、人間は蜂の大群には勝てない。


池田湖


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さらに薩摩半島を南に下り、JRの日本最南端の駅、西大山駅へ。
奥に開聞岳という標高924mの日本百名山の一つが見える。絶景。

日本最南端の駅_西大山駅



私が駅に到着するや、1日数本しかない電車がやってきた。ラッキー。

日本最南端の駅_西大山駅



ちなみに、場所はここ。
日本最南端といっても、終着駅ではない。

日本最南端の駅_西大山駅



駅の周辺には、観光客を狙ったような土産物屋が1軒だけあった。
知覧の名産「知覧茶」を使ったソフトクリームを食べた。

日本最南端の駅_西大山駅


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他にも色々と寄ったのだが、長くなるのでこの辺で。

夜は指宿(いぶすき)温泉の宿に泊まって、温泉に浸かり、芋焼酎を久々に飲み、ひとりで酔っ払い、21時に就寝した。。。

今日は鹿児島の左側(西側)の薩摩半島を満喫した。
明日は鹿児島の右側(東側)の大隅半島へ向かう。

ぷらっと鹿児島

鹿児島中央

広島から鹿児島へ。
はじめて新幹線「さくら」に乗った。そして、初めて鹿児島に来た。
新幹線はガラガラだった。GO TOが停止され、観光客が消えた。


鹿児島は緊急事態宣言対象区域ではないが、飲食店の多くは20時閉店。なので、18時に鹿児島に到着した後、そのまんま地鶏の店に飛び込んだ。

鹿児島_地鶏



鹿児島の繁華街、天文館は20時でこの状況。壊滅。

天文館


鹿児島出身の友達に教えてもらったラーメン屋は運良く開いていた。
めっちゃ美味かった。

天文館_豚とろ


2軒目のラーメンって、いつ以来だろうか。
旅をすれば体重が増えるわけだ。。

ぷらっと長崎 〜3日目 出島とか平和公園とか

出島

↑ 「史跡出島和蘭商館跡」

私は「出島」をバカにしていた。「出島」の周りを埋め立て、周辺に景観を無視した高層ビルが乱立させ、一体どんな都市開発をしてんだ! と。


出島

↑ 出島を外から見ると、こんな感じ。

ひどいよなぁ〜。

アレックス・カー著 『ニッポン景観論』にも書かれているが、日本の「景観」はちょっとひどすぎる。国会議事堂の後ろに建つ高層ビル、宮島の鳥居の向こうに見える宗教法人の建物、日本橋の上の高架、一向に地中化されない電柱・電線、派手な看板・・・といったものを見る度にうんざりする。


出島

↑ 現時点の上空写真。赤い部分が出島のあった場所。

鎖国時代が終わり、明治期に長崎港の港湾工事が行われ、出島周辺は埋め立てられ、出島は内陸化してしまったのだ。そして、出島の周辺にビルが建ち並び、出島の一部に道路が通ることになってしまった。


出島

↑ 江戸時代の出島はこんな感じだった。


出島

↑ 対岸から見るとこんな感じ。



出島

完全に埋もれてしまった出島だが、その後オランダ側の働き方もあり、出島を復元させようという動きが始まる。当時の設計図などはないため、史料、文献、発掘調査などにより情報収集し、歴史的事実を元に忠実に復元していった。約70年前に始まった復元事業は、現在も進行中であり、当時49棟あったといわれる建物のうち25棟が復元している。いまの「出島」は復元物なのだ。

出島の中には、上のようなミニチュアも展示されている。



出島


出島

復元された建物は、外部も内部も、壁紙も食器も、当時を忠実に再現している。家具はオランダまで買い付けに行ったらしい。一部の建物内部は展示場・博物館のようになっており、それらをみると、この出島復元事業が並々ならぬ努力の結果だということが分かる。ここまで長期的な事業を予算化し、継続している長崎市はすごいと思った。まさに考古学だ。実際に「考古館」という建物があり、ここの展示を見ていると、鎖国時代から現在までの歴史から何からすべてが分かる。歴史や考古学に興味がある人はハマると思う。


出島


出島

明治期に出島をなぜ埋め立てたのかはググっても分からなかったが、産業発展に伴い長崎港を大きくするために、出島を内陸化する必要があったのかもしれない。「景観」という点では最悪だと思うし、最初はバカにしていた出島であったが、その後の復元への取り組みは素晴らしいと思った。是非とも復元を完成させて欲しい。

出島自体はとても小さな「島」なので、すぐに見終わると思ったのだが、色々と面白すぎて、かなり長居をしてしまった。

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ツル茶ん

↑ お腹が空いたので、「ツル茶ん」という変わった名前の喫茶店へ。大正14年(1925年)創業の九州最古の喫茶店らしい。長崎のご当地グルメ「トルコライス」が食べられる店ということで。


トルコライス

↑ トンカツ、ピラフ、スパゲティ、サラダが一つの皿にのっているものを「トルコライス」というらしい。内容は店によって若干異なるらしいが、お子様ランチのようなプレート。正直、なぜこれが人気メニューなのかは分からなかった。スパゲッティ(ナポリタン)は甘すぎた。ホントにお子様ランチなんじゃないかと思ったほどに。

なぜ「トルコ」なのか?
ググってみたが、「トルコに同じ料理は無い」(wikipediaより)とのこと。なんじゃそれ。「トルコ風呂」同様に、トルコ人に怒られないのか??

そもそも、人口の99%がイスラム教徒であるトルコに、トンカツはねーだろ!?


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長崎平和公園

最後は平和公園へ。
広島の原爆資料館には何度か行ったことがあるが、長崎の原爆資料館もすごかった。感情がエグり取られた。

B29は小倉をターゲットにしていたが、雲天だったので、第2目標だった長崎に向かう。そこでも天候が悪かったので引き換えそうとしたが、一瞬の雲の切れ目があったので、その瞬間に原爆を投下した。7万人以上の人が亡くなり、7万人以上の人が負傷した。

坂本龍一は「20世紀は殺戮と戦争の世紀」だと言っていた。核兵器のない世界を目指そうと原爆の被害を訴える原爆資料館の一角に恐ろしい展示物があった。今でも幾つかの国が核兵器を持っているし、核実験を行っている。世界中の人を吹き飛ばすほどの水爆を開発する能力を持っているのかもしれない。技術の進歩は恐ろしいもので、広島・長崎の原爆投下以降も核兵器は進化しており、核弾道を運ぶミサイルの命中精度は著しく改良され、威力も巨大化している。さらに驚くほどに小型化されているのだ(戦場での使いやすさを考慮して)。悲劇は長崎を最後にして欲しいが、虚しいことに、世界のどこかの国で核開発を進めている。21世紀は、前の百年の愚行を繰り返さず、殺戮と戦争のない百年であって欲しい。



長崎平和公園

↑ 平和祈念像。めっちゃマッチョ。

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