公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

旅の話

ぷらっと鹿児島

鹿児島中央

広島から鹿児島へ。
はじめて新幹線「さくら」に乗った。そして、初めて鹿児島に来た。
新幹線はガラガラだった。GO TOが停止され、観光客が消えた。


鹿児島は緊急事態宣言対象区域ではないが、飲食店の多くは20時閉店。なので、18時に鹿児島に到着した後、そのまんま地鶏の店に飛び込んだ。

鹿児島_地鶏



鹿児島の繁華街、天文館は20時でこの状況。壊滅。

天文館


鹿児島出身の友達に教えてもらったラーメン屋は運良く開いていた。
めっちゃ美味かった。

天文館_豚とろ


2軒目のラーメンって、いつ以来だろうか。
旅をすれば体重が増えるわけだ。。

ぷらっと長崎 〜3日目 出島とか平和公園とか

出島

↑ 「史跡出島和蘭商館跡」

私は「出島」をバカにしていた。「出島」の周りを埋め立て、周辺に景観を無視した高層ビルが乱立させ、一体どんな都市開発をしてんだ! と。


出島

↑ 出島を外から見ると、こんな感じ。

ひどいよなぁ〜。

アレックス・カー著 『ニッポン景観論』にも書かれているが、日本の「景観」はちょっとひどすぎる。国会議事堂の後ろに建つ高層ビル、宮島の鳥居の向こうに見える宗教法人の建物、日本橋の上の高架、一向に地中化されない電柱・電線、派手な看板・・・といったものを見る度にうんざりする。


出島

↑ 現時点の上空写真。赤い部分が出島のあった場所。

鎖国時代が終わり、明治期に長崎港の港湾工事が行われ、出島周辺は埋め立てられ、出島は内陸化してしまったのだ。そして、出島の周辺にビルが建ち並び、出島の一部に道路が通ることになってしまった。


出島

↑ 江戸時代の出島はこんな感じだった。


出島

↑ 対岸から見るとこんな感じ。



出島

完全に埋もれてしまった出島だが、その後オランダ側の働き方もあり、出島を復元させようという動きが始まる。当時の設計図などはないため、史料、文献、発掘調査などにより情報収集し、歴史的事実を元に忠実に復元していった。約70年前に始まった復元事業は、現在も進行中であり、当時49棟あったといわれる建物のうち25棟が復元している。いまの「出島」は復元物なのだ。

出島の中には、上のようなミニチュアも展示されている。



出島


出島

復元された建物は、外部も内部も、壁紙も食器も、当時を忠実に再現している。家具はオランダまで買い付けに行ったらしい。一部の建物内部は展示場・博物館のようになっており、それらをみると、この出島復元事業が並々ならぬ努力の結果だということが分かる。ここまで長期的な事業を予算化し、継続している長崎市はすごいと思った。まさに考古学だ。実際に「考古館」という建物があり、ここの展示を見ていると、鎖国時代から現在までの歴史から何からすべてが分かる。歴史や考古学に興味がある人はハマると思う。


出島


出島

明治期に出島をなぜ埋め立てたのかはググっても分からなかったが、産業発展に伴い長崎港を大きくするために、出島を内陸化する必要があったのかもしれない。「景観」という点では最悪だと思うし、最初はバカにしていた出島であったが、その後の復元への取り組みは素晴らしいと思った。是非とも復元を完成させて欲しい。

出島自体はとても小さな「島」なので、すぐに見終わると思ったのだが、色々と面白すぎて、かなり長居をしてしまった。

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ツル茶ん

↑ お腹が空いたので、「ツル茶ん」という変わった名前の喫茶店へ。大正14年(1925年)創業の九州最古の喫茶店らしい。長崎のご当地グルメ「トルコライス」が食べられる店ということで。


トルコライス

↑ トンカツ、ピラフ、スパゲティ、サラダが一つの皿にのっているものを「トルコライス」というらしい。内容は店によって若干異なるらしいが、お子様ランチのようなプレート。正直、なぜこれが人気メニューなのかは分からなかった。スパゲッティ(ナポリタン)は甘すぎた。ホントにお子様ランチなんじゃないかと思ったほどに。

なぜ「トルコ」なのか?
ググってみたが、「トルコに同じ料理は無い」(wikipediaより)とのこと。なんじゃそれ。「トルコ風呂」同様に、トルコ人に怒られないのか??

そもそも、人口の99%がイスラム教徒であるトルコに、トンカツはねーだろ!?


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長崎平和公園

最後は平和公園へ。
広島の原爆資料館には何度か行ったことがあるが、長崎の原爆資料館もすごかった。感情がエグり取られた。

B29は小倉をターゲットにしていたが、雲天だったので、第2目標だった長崎に向かう。そこでも天候が悪かったので引き換えそうとしたが、一瞬の雲の切れ目があったので、その瞬間に原爆を投下した。7万人以上の人が亡くなり、7万人以上の人が負傷した。

坂本龍一は「20世紀は殺戮と戦争の世紀」だと言っていた。核兵器のない世界を目指そうと原爆の被害を訴える原爆資料館の一角に恐ろしい展示物があった。今でも幾つかの国が核兵器を持っているし、核実験を行っている。世界中の人を吹き飛ばすほどの水爆を開発する能力を持っているのかもしれない。技術の進歩は恐ろしいもので、広島・長崎の原爆投下以降も核兵器は進化しており、核弾道を運ぶミサイルの命中精度は著しく改良され、威力も巨大化している。さらに驚くほどに小型化されているのだ(戦場での使いやすさを考慮して)。悲劇は長崎を最後にして欲しいが、虚しいことに、世界のどこかの国で核開発を進めている。21世紀は、前の百年の愚行を繰り返さず、殺戮と戦争のない百年であって欲しい。



長崎平和公園

↑ 平和祈念像。めっちゃマッチョ。

ぷらっと長崎 〜2日目午後 グラバー園とかチャンポンとか

長崎

長崎を旅したことがある人から「グラバー園に行くのか?」と言われることが多かった。余りにも色んな人から「グラバー」「グラバー」「グラバー」と言われるので、行っておくべきなのだろう。午前中の軍艦島ツアーが終わったら、その足で「グラバー園」の方向へ歩いていった。


長崎

旅の下調べは、あえて余りしていない。成り行きでいいかと思って。
ただ、長崎空港に向かうスカイマークの機内誌が「坂のまち、長崎」という特集を組んでいて、これは隅々まで熟読した(スカイマークの機内誌は毎号良い記事が多い)。この特集記事に「迷い込むことも坂道の醍醐味」といったことが書かれていた。なるほど。真っ直ぐ「グラバー園」に行っても面白くないので、google mapを見ながら、坂道(階段坂)をあえて歩いた。

長崎

「ドンドン坂」
かなり急勾配。沖縄の首里城周辺を思い出す。雨が降ると石畳の側溝を水がドンドン音をたてて流れることから「ドンドン坂」の名前が付いたらしい。


長崎

「プール坂」
雨が降るとプールのように水があふれるのかと思ったら、そうではなかった。以前、この坂の脇に閉校した小学校のプールがあったから「プール坂」の名前が付いた。


長崎

↑ 「プール坂」の途中で振り向くと、長崎港が見下ろせる。

ひたすら細い坂道(階段坂)が続く。外気はめちゃくちゃ寒かったが、ヒートテックの下は汗だくになる。クルマもバイクも通れないような階段坂の両脇に民家が立ち並ぶ。この人達は日々どうやって生活してるんだろう。もちろん歩くしかないが、近くに商業施設も見当たらない。買い物はどうしてるんだろう。ドミノピザもUber Eatsも来てくれないだろうなぁ。と、どうでもいいことを考えてしまう。


長崎

↑ 長崎は、幕末から明治にかけて造船と石炭産業で日本の産業発展を担ってきた。見下ろすと三菱長崎造船所が見える。軍艦島ツアーに申し込むと、この造船所のドックの側を通ってくれる。


長崎

「オランダ坂」
出島に住むオランダ人の影響か、開国後も長崎の人々は東洋人以外を「オランダさん」と呼んでいたらしい(ホンマかいな・・・)。で、「オランダさん」が多く通るので「オランダ坂」の名前が付いたとか。ここは道幅は広いが、フェラーリでは通りたくない急勾配。ドミノピザのバイクも登らないんじゃないか・・・。



長崎

↑ 「グラバー園」の近くまで行くと、道が開ける。
なんでもない坂なのだが、左のベンチに座って読書をしているおじさんが気になって写真を撮った。ちなみに、1時間後にこの道に戻ると、まだおじさんは読書をしていた。私が横を通ったことも気付かないくらいに没頭して。いつもここで長崎港を見下ろしながら読書の時間を楽しんでいるんだろう。ステキだ。私の家には本を読んでいる人の写真ばかりを集めた写真集がある(スティーヴ・マッカリー「読む時間」、アンドレ・ケルテス「読む時間」)。これは断捨離の対象外として大切に本棚に置いている。


長崎

↑ 散歩の途中で「角煮まん」なるものを食べる。これもスカイマークの機内誌で紹介されていたもの。美味しいのに小さい。で、450円もする。551蓬莱の豚まん位の大きさにして、値段を半分くらいにしてくれたら・・・。


長崎

↑ ちなみに、長崎はボウリング発祥の地。



長崎

かなり遠回りをして外国人居留地であった「グラバー園」に行ったのだが、「グラバー園」ではほとんど写真を撮っていなかった。敷地内に立ち並ぶ洋館に興味がなかった訳ではないが、館の内部の展示物に見惚れてしまった。

上の写真のような相関図が、意外と役立ったりする。詳述は省くが、開港まもない長崎にグラバーさんがやってきて、三菱を創設する岩崎弥太郎と会ったり、高杉晋作や坂本龍馬と取引をしたり、伊藤博文や井上馨の渡欧に手を貸したりしたらしい。グラバーさんは日本近代化のキーパーソンなのだ。そのグラバーさんの住宅が、なんと、世界遺産に登録されている。色んな人から「グラバー」「グラバー」「グラバー」と言われた理由がここに来て分かった。


長崎

↑ 「グラバー園」の近くにある「大浦天主堂」
禁教令により250年間も神父が不在だったが、その間も信仰をまもってきた潜伏キリシタンがいたらしい。その「信徒発見」の場となったのがこの「大浦天主堂」。内部は写真撮影禁止につき、外から撮った写真のみ。

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長崎

↑ 歩き疲れて、ビールが飲みたいと、歓楽街の「思案橋横丁」へ向かう。
午前も午後もそうだったが、とにかく観光客がいない。そして「思案橋横丁」も無人。驚くほどに店が空いていない。これは想定外。困った。


長崎

↑ 「思案橋横丁」を諦め、別の場所で開いていた居酒屋に入ると、ラッキーなことに鯨料理を出してくれる店だった。鯨盛りと鯨ステーキを注文し、地酒を頂く。美味しかった。


長崎

↑ 普段は1日1食にしているが、旅に来ると1日3食+〆になってしまう(だから太る)。今日もちゃんぽんを食べたくなり、地元で有名らしい店に行く。9時頃に行ったが、私が最初の客だという。

店員3名、私1人。ひたすら愚痴に突き合わされた。コロナの影響で多くの飲食店は開けられない。開けたら食材を仕入れなければならない。でも客が来なかったら全部捨てるよね。人も雇うよね。赤字だよね。じゃ開けられないよね。これで東京に緊急事態宣言が出たら、観光客がさらに減るよね。そうなったら、今度こそ壊滅するよね、と。ずっと同じような話を3度も4度も繰り返し聞かされる。

絶望的な状況はよく分かった。ホントの絶望に追い込まれた時、その人の本性が見えるのかもしれない。この店の店員さんは、愚痴は言うが、めちゃくちゃ笑ってる。私もその笑顔を見ながら、腹を抱えて笑った。何がおかしいんだろうか。とにかく笑った。

私が帰ると今日は店を閉めるという。ちゃんぽん1杯、ビール2本、1日の売上1700円也。大赤字だが、最後の最後まで手を降って見送ってくれた。こういうのが思い出に残るんだなぁ。

ぷらっと長崎 〜2日目午前 軍艦島上陸

軍艦島

念願の軍艦島へ行った。
ツアーでないと上陸できないので、幾つかあるうちの1つのツアーを前もって(飛行機やホテルより早く)申し込んでいた。が、前日に「高波の為、欠航になりました」と電話が来る。おいおい。急いで他のツアーのサイトを見ると、今日の午前だけ運航するツアーを見付け、飛び込みセーフ。ツイテル。

長崎港から18km離れた場所に位置する、正式名称「端島(はしま)」。「軍艦島」という名称は、閉山後長年放置され、建物が風化し、廃墟となったシルエットが軍艦「土佐」に似ていることから通称として呼ばれるようになった。


軍艦島

上陸すると、まるで戦争映画のセットの中にいるような感覚になるが、戦争の跡地ではない。1974年に閉山してから46年が経ち、その間に台風や高波などの被害も被り、あらゆるものが風化し、木造建築物はほぼ崩壊し、鉄筋構造のアパートや学校などだけが廃墟マンションのように残っている。鉄筋構造物も年々崩壊していっているらしい(だから、上陸しても見学できる場所はほんの一部に限られており、元住民でさえも見学エリア以外は立ち入ることが出来ない)。


軍艦島

↑ 右に見える四角い鳥居のようなカタチをしたものは、石炭を運ぶベルトコンベアーの支柱。精選された石炭がベルトコンベアによって貯炭場に蓄えられ、運搬船に積み込まれ、八幡製鐵所などに運ばれた(そこで鉄が作られ、鉄筋構造の建物や橋が造られ、日本の近代化が加速することになる)。

その奥に見える建物が7階建ての小・中学校(1958年、S33年建設)。軍艦島には、他にも、体育館やプール、病院、映画館、パチンコホールなどもあったらしい。


軍艦島

↑ 軍艦島の炭坑は、三菱鉱業(現 三菱マテリアル)が経営していた。1890年(明治23年)に三菱が10万円(現在の価値で約20億円)で島を買収した。
この赤い建物は「総合事務所」と言われていたものであり、経営の中枢の役割を果たしていたらしい。


軍艦島

↑ 離れて見るとこんな感じ。
 この場所だけは倒壊を防ぐために支えているのが分かる。


軍艦島

今回上陸して、ガイドさんから詳しい説明を聴いて知ったのだが、この小さな島から海面下1000メートル地点まで石炭の採掘作業をしたという。1日8時間勤務✕3交代制=24時間体制での採掘。海底でも気温は30度、湿度95%という悪条件で、仕事が終わると炭で全身が真っ黒になるという過酷な仕事だったらしい。ガス爆発など常に危険と隣り合わせで、実際に死者も多かった。それでも出炭量が増加するにつれ、人口も増え、最盛期には約5300人がこの島に住み着いた(当時の東京都の人口密度の9倍にもなった)。


軍艦島

仕事は過酷であったが、給与は良かったようで、初任給は今の価格に換算すると約50万円だったという。島内の人達はなかなか良い生活をしてたようで、国内のTVの普及率が数%の時代に、島内は100%だった。日本の産業の近代化を担っているという誇りもあったのではないか。


軍艦島

↑ 近代化の片鱗はこの島の建物からも伺える。この建物は1916年(大正5年)に建設された日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造のアパート。奥の建物は地階もある。104年前にこういう建物が建設されていたことに驚いたし、最新の技術がこの島で活かされたことも驚いた。


軍艦島

という訳で、色々と勉強にもなった。楽しいツアーだった。軍艦島上陸記念証明書なるものをもらった。

廃墟を廃墟のまま保存するというのは大変なことらしい。ガイドさんいわく、「来年来た時は景色が変わってるかもしれません」と苦笑い。廃墟が進めば(かつてここで採掘していた社員同様)ガイドさんも職を失う。

行ったことがない人は、早めに行った方がいいかも。

ぷらっと長崎 

稲佐山展望台

ぷらっと長崎に来た。

ホントは昨年7月に長崎に来る予定だったが、九州(熊本)に台風が直撃し、空路・陸路共に欠航となり、行けなかったのだ。。。(で、その時は、行ける所まで陸路で西へ向い、太宰府へ向かった。)

半年ぶりにリベンジすることができた。人生初の長崎入りだが、長崎市内は初めてとは思えなかった。なんとなく懐かしさがあるのはなぜだろうか。どこかの地方都市で見たような光景が至る所にある。

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今回、長崎市内に入って、真っ先に寄ったのが長崎新地中華街にある「江山楼」というお店。「バナナマンのせっかくグルメ大晦日SP」というテレビ番組で、バナナマンの日村さんが食レポをしているのを見て、「ここは生きてる間に絶対に食べたい!!」と思ったのだが、3日後に実現した!

長崎新地中華街に着いたのが夕方だったが、中華街はガラガラだった。けど、「江山楼」は満席だった。TVの効果というより、地元のリピーターが来ているという印象。

長崎新地中華街



日村さんが食べていた「特上ちゃんぽん」(フカヒレがのってる長崎ちゃんぽん)を頼む。日村さんが立ち上がって叫ぶほどに美味しいという意味が、一口目のスープの味から分かった。麺も具もスープも最高。マジで美味かった。こんな美味しいちゃんぽんは初めて。スープもすべて飲み干した。ここはまた来たいと思った。

江山楼フカヒレちゃんぽん


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店を出ると日が暮れていた。

一度、「世界三大夜景」(香港、モナコ、長崎)といわれる夜景を見ておきたいと、稲佐山へ向かう。循環無料バスが走っているのは助かる(要予約)。

稲佐山ロープーウェイ



バスもガラガラ。

稲佐山ロープーウェイ



ロープーウェイを登って、展望台からの景色は、冒頭の写真のとおり。スマホではこれが限界だが、実際はもっとキレイ。

ただ、こんなこと言っちゃーなんだけど、神戸の六甲山頂や、芦屋の芦有ドライブウェイからの眺めの方がキレイだぜ。


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下山してから、市内をプラプラ。

定休日が日曜という飲み屋が多い上に、年始ということもあり、開いている飲み屋がなさ過ぎて、よなよな数千歩は歩いたぞ…。


眼鏡橋


有名な「眼鏡橋」。川面に映す姿がメガネに見えるから「眼鏡橋」。日本最古のアーチ型石橋らしい。1634年に架けられたという。皇居のお壕にかかる二重橋は、この眼鏡橋がモデルなのよ。

眼鏡橋


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歩けど歩けど開いてる飲み屋が見つからず、ホテルの近くで明け方まで開いてる「思案橋ラーメン」という店へ。このお店、長崎出身の福山雅治の行きつけの店らしい。それだからか、店内には著名人のサインがずらりと並んでいた。かなりの有名人ばかり。

壁には、福山雅治の年賀状と思われるものが貼られている。2010年以降、毎年ある。2021年のものもあった。すべての文面が「お前と賀正」と書いている。なんのことやろ…と思って、ググったら、色んな人にこの年賀状が届いているんだね。

思案橋ラーメン


福山雅治は「爆弾ちゃんぽん」ってのを頼むらしく、周りの客もそれを頼んでいたが、1日に2杯もちゃんぽんを食べるほど若くない…。とりあえずビールを飲んで、餃子、炒飯、おでんを頂く。美味しい。次来る時は「爆弾ちゃんぽん」を頼もう。

思案橋ラーメン

旅は人生を変え、体型も変える。
旅の恥はかき捨て、食事の自制心もかき捨てる。

ぷらっと岡山

岡山後楽園


1年半ぶりの岡山。
岡山駅に着くと、真っ先に日本三名園の一つ「後楽園」へ。
もう何度来たんだろうか。庭園にいると落ち着く。無になれる。
寒すぎて、ベンチに腰を掛けてぼんやりする気にはなれなかったけれど…。


岡山城

隣の岡山城も立ち寄る。無人だった。


岡山ランドリー

岡山城から岡山駅に向かって歩いていると、すごいビルを発見。
「HOW TO WORK BETTER(より良く働く方法)」の10箇条。
なんじゃこれ。。


岡山ランドリー

インキュベーション施設か何かの建物かと思ったら、株式会社岡山ランドリーという企業の建物だった。

この「HOW TO WORK BETTER」が、株式会社岡山ランドリーの行動指針だとしたら、この岡山ランドリーの社長って、かなりイカす人に違いない。

と思ってググってみたら、全く関係なかった。ペーター・フィッシュリとダヴィッド・ヴァイスというスイスの2人組による「現代アート」らしい。岡山芸術交流という現代アートの国際展がこの辺りで開催されたとか。

念の為、建物の反対側も見てみたが、そちらには何も書かれていなかった。。。




岡山_西川イルミ

JR岡山駅の近くで、イルミネーション。駅の東側にある西川(にしがわ)にて。



今回、どうしても会いたい人がいて岡山に来た。その人からも会って報告したいことがあると言われていた。詳述は省くが、嬉しい報告をしてくれた。私が、ある時、ある事をしたことにより、その人の人生が肯定的に変化し、叶えられないと思った夢が叶ったという。人生を変えてくれた私にそれを伝えたかったと。

私の影響力よりも、ご本人の信念や良心、行動力が大きかったのだろうと思うが、人は短期間で劇的に人生を変えることが出来るということを、またひとり、証明してくれた。

人生は劇的にしか変わらない。
揺るがない意志と、圧倒的な行動力があれば、誰でも人生を変えることは出来る。

改めて、そう思った1日であった。



ぷらっと京都 南禅寺

南禅寺

京都2日目。

呆れるほどにサービスの悪いホテルを早々とチェックアウトした(そのホテルの話はYouTubeの「終わりの会」で喋ったので省く)。今日は特に予定がなかったが、せっかく京都にいるので、ホテルの近くの南禅寺に行ってみた。

朝早かったからか、ほとんど観光客はいなかった。


南禅寺

ここはまだ紅葉が残っていた。


南禅寺

南禅寺境内を通過する水路閣。琵琶湖から京都市内に向けて水を運んでいるらしい。境内を通過するため、周辺の景観に配慮して設計されたというが、境内でも異様な存在感だった。


南禅寺

水路閣の上は、いまでも水が流れていた。

南禅寺をぷらぷらした後、周辺の庭園や美術館なども行こうと思ったが、コロナの影響で事前予約制のところばかり。予約してまで行きたい場所でもないので、行くのをやめた。

今日も「GO TO クーポン」が余っていたので、岡崎の蔦屋書店で書籍をまとめ買い。無理矢理の消費。

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午後には自宅に帰り、有馬温泉で買った有馬麦酒を飲む。よく見ると、製造は伊丹市の小西酒造だった(製造委託しているらしい)。“温泉の湯上がりにゴクゴクと飲めるビールを”と開発されたらしいが、確かにゴクゴクと飲める。一瞬で飲みきった。


有馬ビール


今週は移動が多く体力が消耗し切ったが、濃密で楽しかった。

ぷらっと有馬温泉からの京都 上賀茂へ

有馬温泉

薄暗い朝6時台から露天風呂へ。
7時過ぎに外が明るくなってきた。

ちゃんとした温泉に浸かったのは9月に岐阜・長野へ行った時以来。気持ち良かった。文庫本を持ち込んで、貸切の露天風呂でのんびりと読書。

同級生ファミリーと一緒に朝食を食べた後、みんなで有馬温泉街をぷらっと散策。「GO TO クーポン」が余っていたので、有馬ビールや炭酸煎餅だけでなく、靴やら傘やら、有馬と何ら関係ないものも色々と購入。そうやって旅や出張に出るたびに、消費を促され、それに乗せられ、無理矢理なにかを購入する。そうやって経済が回わればいいが、税金を納める人や店が増えるとは思えない。既にこの国は歳入の数倍ものコロナ経済対策の予算を割き、年100兆円もの新規国債を発行している。この国は孫正義より大胆だ。レバレッジなき借金を増やし続けるんだから。

愚かな政策かもしれないが、裏を返せば、空前絶後のビッグボーナスでもある。恩恵は当然に受ける。友達ファミリーと一緒だったおかげで、普段は選ばないようなものを買うことができた。旧友といると無になれる。ちょっとした散策や、何気ない会話が楽しかった。友も断捨離をしているらしい。私も古いものだけでなく、あらゆるものを全部捨てようと思った。執着こそ捨てたい。

友達ファミリーは来週引っ越しだという。よくそんな時期に私の家に来てくれ、有馬温泉旅行に付き合ってくれたもんだ。引っ越しが落ち着いたらまた会う約束をして、有馬温泉でお別れした。2日間、楽しかった。

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午後から京都で予定があったので、私はそのまま京都へ移動。

クライアントと打ち合わせをした後、ビジネスパートナーと京料理のお店へ。グルメな彼が京都で一番美味しい京料理店というだけあって、確かに私が生涯で食べた京料理で一番美味しかった。

今日は、朝ごはん3杯食べたのに、夜もごはん3杯食べた。中学生か…。

まぁ、それほど美味しかったということで。



IMG_0128



今日は、朝も夜も一生の思い出になった。

ぷらっと有馬温泉

a有馬温泉

先月金沢で会ったサンディエゴの高校の同級生のファミリーが、今日、300kmも離れた私の自宅まで来てくれた。あの時の同級生と今でもつながっていることが奇跡だと思うが、その友達が家まで来てくれるとは、なんとも不思議な縁だと思う。

せっかく来て頂いたので、今日は私の自宅の近くにある有馬温泉で泊まることに。

六甲山の裏側に位置する有馬は、まだ紅葉が残っていた。


有馬温泉

平日だけど、そこそこの観光客。


有馬温泉

酒まんじゅうと炭酸せんべいを食べる。


有馬温泉

旅館では、貸切露天風呂。
最高。


食事も美味しかった。
旧友と交わす酒も美味かった。

有馬温泉


シャインマスカット。


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今日もYouTubeに【終わりの会】をアップしました。

【公認会計士武田雄治の終わりの会】2020/12/10 良好な人間関係を選択しよう!

有馬温泉の宿から収録してみました。

イチョウ散策

祖父江イチョウ散策

名古屋2日目。

今日はアポも何もない1日だったので、名古屋城か徳川園か徳川美術館でも散策しようかとも思ったが、旅友Tさんが3日前に行ったという愛知県稲沢市祖父江町という所へ行ってきた。稲沢市も祖父江町も初めて聞いたし、名古屋の友達に聞いても「どこ??」という反応だったので、あまり有名な場所じゃないのかもしれんが、この時期、イチョウが映える場所らしい。

山崎駅という単線の小さな駅を降りると、たしかに一面イチョウだった。匂いもすごかった。市の観光協会が作ったサイトの散策マップが全く役に立たず、google mapを頼りに街中を散策することに。どこを旅する時でもgoogle mapが一番役立つ。

祖父江イチョウ散策



旅友Tさんに、この界隈のオススメの店を聞いたら、近くの一宮市にある「なまずや」というなまず・うなぎのお店を教えてくれた。地元で有名な店らしい。

なまずや_一宮


「なまず蒲焼・・・時価」は予約制なので食べることが出来なかった。
なので、うなぎ丼を注文。
ここのうなぎ丼は美味かった。
7000円の二段重にしても良かったなぁ・・・。

なまずや_一宮


人の旅をなぞるのもいいね。


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