公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

おすすめの本

教育の目的は何なのか

2020年11月29日(日) 放送の『情熱大陸』に、"教育YouTuber" の葉一(はいち)という方が取り上げされていた。私はその番組を観るまで葉一さんのことを存じ上げていなかったが、チャンネル登録者121万人(本日時点)という人気講師らしい。

葉一さんは、もともと塾講師だったらしい。経済的理由により塾に通えない人や、塾に通ってるけど講習を申し込めない人が余りにも多いことを目の当たりにして、8年も前からYouTubeを始めたという。無料で授業を配信したことに対して、同業者などから激しいバッシングを喰らったという。しかし、いまでは多くの中高生が彼の動画から学んでいる。

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彼のような教育系YouTuberや、スタディサプリのような受験サプリが登場したのは時代の流れだなぁと思う。いまでは大手予備校に一切通わずに、このようなツールを使って一流大学に合格する人がいるという。私も歴史の復習をするためにスタディサプリの会員になっているが、質の高い授業の数々に驚かさせる。高額の月謝を払って遠くの予備校まで通わなくても、タブレットやスマホがあれば自宅や移動中の数十分で一流の授業を受講できる。大手予備校が校舎を閉鎖していってるのは、少子化だけが原因じゃないのだろう。

ただ、(教育ツールは変わっても)受験システムが変わらないことには違和感しかない。もう学歴社会なんて崩壊しつつあるのに、いつまで詰め込み型の受験教育に熱を入れてるんだろう。これまで続いてきた大学・高校・中学受験というのは、学んだことをアウトプットしているのではなく、インプットの確認に過ぎない。思考力や表現力を問うべきだと思うのに、受験生はひたすらインプット(暗記)を繰り返す。ググれば分かるようなものばかりなのに。そんな暗記力大会が受験戦争と呼ばれ、公教育以外に莫大なお金を払らなければ学歴を手に入れられなくなり、貧しい人が塾・予備校・学歴を諦めるという「機会の格差」が起こっている。希望する人が平等に教育を受けることができないなんて、冷静に考えたらおかしい話だ。

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橘木俊詔著『教育格差の経済学』(NHK出版新書)にも同様のことが書かれていた。本来、教育は「機会の平等」がなければならないが、現状は「教育格差」があり、それが学力の差を生んでいる。その原因のひとつが、(外国人から怪訝な顔をされるという)「塾」といいう存在である(P141)。著者は、「高い学歴を得るために生徒、親、教師、社会が必死になって、塾などに頼るという異常な状況」(P199)であるから、日本は学歴社会をなくすべきだと主張している(同)。

私もこの主張には賛成であり、受験システムも根こそぎかえるべきだと思う。いま、教育格差問題以外にも、子どもの不登校や自殺の急増が問題になっているが、根本的な原因は学歴社会や受験システムを含む教育システムにもあるんじゃないだろうか。教育の目的は何なのかを問わなければならないと思う。





黒川伊保子著『息子のトリセツ』 (扶桑社新書)




妻のトリセツ』 (講談社+α新書)
女の「オチのない話」に対して、男は「共感したフリ」をしとけ。


夫のトリセツ』 (講談社+α新書)
男は「話も聞かずにぼ〜っとしている」だろうが、女はそれを許してあげろ。


家族のトリセツ』 (NHK出版新書)
真面目に「世間の理想」を体現しようとするな。


黒川伊保子さんの「トリセツ」シリーズ、ツボにはまる。
「その通り!」と膝を叩くことばかり書かれている。

『息子のトリセツ』も出版されたので読んでみたが、これも「はは〜ん!」と頷ける内容が多かった。

男性脳は狩り仕様に、女性脳は子育て仕様に、初期設定されている(P24)。だから、男の子は、「遠くを見る」能力に長けており「近くが手薄」になる。自分(主観)より対象(客観)に夢中になる傾向が強く、徐々に自我を確立しながら大人になっていく。女の子は真逆で、対象(客観)より自分(主観)に夢中になる傾向が強く、早くから自我が確立され、徐々に「自我のリストラ」をしながら大人になっていく。(P27〜)

だから、男の子が(というか、大人の男性も同じだと思うが)、ひとつの対象(ゲームなど)に夢中になると他が見えなくなる。狩りに出た男が、獲物にロックオンするのと同じこと。ここで、「宿題しなさい」「早くしなさい」といえば、狩りができなくなる。「しないのは、やる気がないのでも、おもいやりがないからでも、人間性が低いのでもなく、できないからだと肝に銘じること」(P29)。

脱いだものを脱ぎっぱななし、やったものをやりっぱなしという「ぱなし癖」があることも、目の前のことをテキパキできず「ぼんやり」していることも、ここから説明できる。獲物にロックオンすると、近くのことに気が利かないように脳が設定されている。それよりも、遠い世界のことを空想している。これは傍から見ると欠点にしか見えないかもしれないが、長所でもあるのだ。欠点を許し、長所に惚れるしかない。

女性脳は子育て仕様に初期設定されているから、潜在的に失敗を恐れる。コンサバになる。他方、男の子は狩り仕様に初期設定されているから、失敗を恐れない勇敢さを持っている。この男の子の成長にブレーキをかけているのが母親であるということがままある(P171〜)。母親としては、「恐怖のリミッター」を外さなければならないのだ(P175)。

男の子にとって、母親の影響が大きい。今思えば、私の母親は、「ぱなし癖」があり、「ぼんやり」し、空想癖があり、狩りに出た私に、怒ることもなく、潰すこともなく、伸ばしてくれたと思う。伸ばしてくれたというより、成長にブレーキをかけてくれなかった。ただの放置プレーともいえるが…。

子を持つ親の中には、「子供にガミガミ言ってしまう自分がイヤだ」と言う人が少なくないと思うが、そういう方には本書が子育ての参考になると思う。


他人を愛することから始めましょう



雑誌『プレジデント』の表紙が変わったのか。

去年の年末も「孤独」を特集していた。年末に「孤独」を記事にすると売れるのだろうか。

ペラペラと読んでると、デヴィ夫人のインタビュー記事に目が止まった。めっちゃ良いことが書いてある。ベテランの芸能人でも、コロナで仕事を失い、「誰からも求められていない」と孤独に悩んでいる人がいるという。

そう、人間は、人と群れたら孤独を感じない訳じゃないし、ひとりでいるから孤独になる訳じゃない。「人から必要とされていない」と思う時に孤独になる。相手からイジメられたり、裏切られたりすることよりも、無視されたり、関心を持たれないことの方が何倍もツライ。

海外生活が長いデヴィ夫人は、日本のような平和な国で孤独に苦しむ人が増えているのは、日本人が利己主義になって、愛が足りなくなっているからだという。相手に対する尊敬、信頼、思いやりがない。家族愛も隣人愛もない。例えば、海外では親子が別々に住んでいても毎日のように電話をする人が多いが、日本人は連絡を取り合わない。同じ屋根の下の家族ですら、各人がスマホやゲームの画面に向き合っていたりする。愛のない繋がりが孤独を生んでいる。

だから、デヴィ夫人は、「他人を愛することから始めましょう」と提案する。ここでいう愛とは、上述の通り、相手に対して尊敬、信頼、思いやりを持って接するということ。愛があれば、ケンカになることもなければ、孤独に苦しむこともないのだから。

真の友といえる人や、腹を割って話せる人が少くてもいいと思う。LINEやSNSで何百人・何千人とバーチャルな仲間を作ることよりも、たった一人でも、傾聴してくれ、承認してくれ、頼り頼られる関係でいてくれる人の存在の方が大切だと思う。私の場合、この精神的、情緒的な人間関係を何よりも大切にしたい。人と群れることよりも、大切な人を大切にすることの方が何万倍も幸福だと思うので。

いい夫婦

11月22日、いい夫婦の日。なんじゃそれ。

1.出会いなんて偶然に過ぎず、永遠の愛なんてものは幻想に過ぎない。
2.性欲は、愛の持続を切り捨てる。
3.我が子は、自分の幸福を犠牲にする小さな偶像。
4.結婚は、相手を自分の持ち物のひとつにまで貶める。
5.愛する人を理解することもできなければ、自分と同一視することもできず、相手はこちらの手の届かない秘密を持っている。
6.ひとつの愛が死んだら、すぐに新しい愛に乗り換えろ。
7.持続する力を持つ愛情と、新しい対象を次々に望む性欲は、相容れない。

ということが、この本に書いてある(冒頭の番号は、章の番号)。

面白い本だった。


愛を知るための七つの講義
マッシモ レカルカーティ
早川書房
2020-06-18

黒川伊保子著『家族のトリセツ』 (NHK出版新書)

家族のトリセツ (NHK出版新書)
黒川 伊保子
NHK出版
2020-10-10



妻のトリセツ』『夫のトリセツ』が面白かったので、新刊書『家族のトリセツ』も読んだ。

本書も面白かった。

「人は、顕在意識では、相手の長所に惚れるが、潜在意識では、相手の弱みを愛おしがる」(P92)

確かにそうかもしれない。先日も書いたが、相手の弱みを容認した上で、互いの存在を承認し合える人間関係を築くことができれば幸せだと思う。

では、家庭内でなぜイライラが起きるのかといえば、相手の弱みや欠点を容認せず、ネガティブな感情を抱くからだ。結婚する前は、相手の弱みも愛おしかっただろうに…。

では、相手の弱みがイライラする「家族ストレスの正体」は何か? それは「世間」を家庭に持ち込むことだ(P52〜)。家族に健全な優等生を求めるところにストレスの根本的原因がある。

そのストレスを解消・解決するための方法は、著者が「心の対話」と言っているもの(P150)。多くの人は、5W1Hから会話を始めるが、これは禁忌。「何してたのよ!?」「どうしてそんなことするのよ!?」「なぜ手伝わないのよ!?」という5W1H型の対話は、相手の弱点を指摘するだけでなく、相手を威嚇したようにも聞こえる(P147)。「言いたい気持ちは、わからないでもないけれど、それを言ったからといって、素直に反省して、優しいことばを返してくれる家族がこの世にいるだろうか」(P147)。いるわけがない。

だから、「心の対話」が必要なのだ。詳細は第3章を読んで欲しいが、相手の弱みや欠点をも包含して、褒めるべきところを褒めたり、感謝すべきところを感謝したり、相手の存在を承認するような「言葉」を発し、「話の呼び水」にする。ここにオチなんていらない。

これは家族だけでなく、対人関係においても必要な術だと思う。

健全な優等生でなんていない。家庭にルールもいらない。
「家族は甘やかしてもいい」(P174)。

家とは、そういう場所じゃないのか。

健全な優等生 vs. 社会不適合者





昨日の続き

結局のところ、人間は「完全なる善」(=あるべき姿)なんて求めるべきではないのだ。長い歴史の中で、「完全なる善」の体現者なんて、きっと一人もいない。濁りのない海水なんてないように、濁りのない人間なんていない。人に道徳を説く人間だって、裏では悪事に手を染めている。

自分にも他人にも「あるべき姿」を求めるから、双方が疲れるし、孤独になるし、思考停止になる。成れの果てに正義中毒者を生み出し、同調圧力、付和雷同、他者監視、全体主義に繋がり、生きづらい環境を作る。精神疾患も自殺も、不登校も離婚も、他人に「健全な優等生」を求めることにも原因があるんじゃないか。

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脳科学者・中野信子さんの本は、これまでかなり読んできたので、最近出た『ペルソナ』も読んでみた。「初の自伝」らしいが、ざっくり言えば、正義中毒者(毒親など)から回避してきた半生が描かれている。

「健全な優等生」でない者は、「社会不適合者」といわれることがある。著者も自身のことを「社会不適合者」だと認めている(P75)。「社会不適合者」は、「健全な優等生」を求める人たち(親、教育者、職場など)との関係をこじらせてしまう。

では、「社会不適合者」は、「健全な優等生」を目指すべきなのか。道徳を説いてくる人間を叩きのめせば幸せになれるのか。いずれも違う。

私も「社会不適合者」だと思っているから共感できる箇所は多くあった。特に「自分をどれだけ大事にできるか、そのやり方を大人になってからでも学ぶべき」(P52)という点は大いに共感する。

自分を大事にするために、「言いたいことを伝える」ということが自分の身を守る武器になるし(P68〜)、世間や他人が提示した選択肢とは異なる「第三の生き方」を選ぶことも大切である(P52〜)。著者が、結婚しても子どもを持たず、アカデミズムに属しているのにバラエティー番組に出演している訳が、本書を読んで理解できた。

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「完全なる善」の体現者なんていないのだから、他人(家族、生徒、部下など)に世間の理想を体現しようなんて思うべきではない。もし自分がそのような「ハラスメント」を受けたとしても、憎しみや恨みといった負の感情の呪縛に苦しまず、「愛して欲しかった」というような感情を伝えるべきなのだろう。

とはいえ、簡単に感情のコントロールができるなら、悩みなんてないんだろうけど…。

自分自身も含め誰もが濁りも弱点も持っている。人生に深みを求めるべきではない。人間を無色透明にしてくれる存在なんてありえない。人間なんて所詮、沈殿物か浮遊物に過ぎない。それを容認した上で、互いの存在を承認し合える人間関係を築くことができれば幸せだと思う。それがたった一人の相手だとしても。

孤独な修道士

改訂新版 人間 この未知なるもの (単行本)
アレキシス・カレル
三笠書房
2020-08-19



言われてみると、確かにそうかも、な話。

私達の先祖は、「人間の科学」(=生死、病気、医学、医薬、治療、心理など)を知る前から、宗教や哲学、精神世界や神秘性について研究してきた。最近になって、「人間の科学」が知られるようになり、生物学、生化学、病理学、解剖学などが生まれたが、人間が複雑すぎることや、高度に専門化されたことなどの理由により、研究が分化(=分業)されてしまい、人間を全体として捉えて理解することが、専門家でも不可能に近くなってきている。だから、研究によって生み出されたものが、人間に適合していないものだったり、自然の摂理を無視したものだったりする(なるほど、それは巷の食品・日用品を見ても分かる)。

第1章からこんな話。面白い。

そのため、分化したものを総合化することが必要なのだが、総合化する作業は、異なる分野の知識を使いこなせる知力や強靭な忍耐が必要となり、そういう人はほとんどいない(第2章参照)。

しかし、それを達成することは不可能ではない。たゆまずに約25年間学び続けることができる者は、知の総合化を成し遂げることはできる(第8章参照)。しかし、「この仕事に身を捧げる少数の有能な人々は、一般の生活形態(おそらくは結婚も家庭をも)を放棄しなくてはなるまい」(P310)。「孤独な修道士のように生きなければならないだろう」(P310)。

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「ホントは何がしたいのか」と自分に問うまでもなく、知の総合化がしたい。寝食忘れる程に打ち込める仕事は、会計を深めることではなく、知を横断することだ。私の人生第2幕は、「孤独な修道士」のような生き方になってもいい(既にそうなっているか…)。25年をかかっても、師が残された未完の「知のMAP」を完成させたい。

Joy at Work

Joy at Work 片づけでときめく働き方を手に入れる
近藤麻理恵、スコット・ソネンシェイン
河出書房新社
2020-09-16



「こんまりメソッド」のビジネス版を読んだ。

デジタルデータも、仕事も、時間も、人脈も、思い出も、「それはときめくのか?」を判断基準に、ときめかないものは捨てるべし。

10年前のベストセラーと同じく、首尾一貫した主張をされている。

仕事も、人間関係も、そこに「ときめき」があるのかどうか。今していること(持っているもの)に「ときめき」がないとしても、それは過去のあなたが選んだもの。未来に「ときめき」が欲しいのであれば、いま、あなたが選ばなければならない。

「手放すなら感謝をして。続けるなら覚悟をもって。」(第11章)

「何の仕事をしているか」より、「どんな感情で仕事をしているか」の方が大切だと書かれていいるが、同様に「どんな人間関係を築いているか」より、「どんな感情で人と向き合っているか」の方が大切だと思う。本当に自分にとって大切な人はどういう人なのか。向き合うべき人はどういう人なのか。心を開ける人はどういう人なのか。そこに「ときめき」はあるのか。そこに時間を注いでいるのか。

本書を読んで感じたのは、「捨てる」という行為は、自分と向き合うことだということ。自分自身が「ときめき」を感じる仕事をし、「ときめき」を感じる人と付き合い、「ときめき」を感じる活動に時間を注ぐ。そうやって、自分自身が「ときめき」のエネルギーを出すだけでも、社会に貢献している(第11章参照)。

先日紹介した中野善壽著『ぜんぶ、すてれば』という本にも書かれていたが、「高め合える関係でなくなったら、離れた方がお互いのため」だと思う。自分を高めてくれる人は誰か、自分の良い所を最大限引き出してくれる人は誰か、信頼して心を開けることができる人は誰か…、そういったことを改めて向き合うキッカケとなった本であった。

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妹が結婚したらしく、行きつけの店でお祝い。ブログ初登場(許可を得ている)。

幸あれ。ときめきあれ。
Good Luck and Spark Joy !



妹夫婦



奴隷のしつけ方

奴隷のしつけ方
ジェリー・トナー マルクス・シドニウス・ファルクス
太田出版
2016-04-08


同じ書店を週1くらいのペースで定点観測すると、棚の変化を楽しめる。紀伊國屋書店は新刊とベストセラーを売る書店というイメージがあるが、ジュンク堂書店は書店員さんが売りたい本を売っているイメージがある。書店員のこだわりのようなものを棚から感じることができる。書店で本を買うことの醍醐味でもあると思う。

『奴隷のしつけ方』というすごいタイトルの本が文庫化された時、行きつけの丸善&ジュンク堂書店梅田店が本書を大量に平積みしたのだが、その翌週辺りから同書店のベストセラーランキング(文庫)の1位となり、しばらくの間、ランキング上位を維持していた。まさに書店と書店員が売りまくった本といえる。

そういう本は、めちゃくちゃ面白いか、(個人的な関心と合わず)読むに値しないか、どちらかだ。本書はめちゃくちゃおもしろかった。古代ヨーロッパは、ごく普通に「奴隷」が飼われていた。本書は、社会文化史専攻の著者が、『奴隷のしつけ方』を「マジメに」論じたもの。

多くの奴隷が生まれながらにして奴隷ではないように、多くの主人は生まれながらにして主人ではない(P21参照)。奴隷という身分は本性によるものではなく(P119参照)、鞭を振り回せばいいというものではない(P66参照)。部下を雇うにはマネジメント能力が必要であるように、奴隷を飼うにも「しつけ方」が必要なのだ。奴隷に対して理不尽であれば、信頼関係は生まれず、奴隷は主人の目を盗んで逃げていく。しかし、振る舞いが適正であれば、奴隷からも尊敬され、骨身を惜しまず働いてくれる(P64参照)。

2000年が経ち、制度が変わっても、人間はあまり変わっていないと感じる。奴隷のように人を扱う者もいれば、すぐにキレて暴力を振るう者もいる。不品行、不道徳に働く者、ウソ、隠し事、ごまかし、怠慢を平然と行う者もいる。多くの人間は、主人のように振る舞いながらも、エゴイストの塊であり、奴隷であり、精神的に不自由なのだ

結局のところ、人間関係は、愛と思いやりなのだと思う。
愛と思いやりが欠如すれば、あらゆるものがうまくいかない。

理不尽に慣れてはいけない。
どんな身分であろうと、どんな肌の色であろうと、LであろうとGであろうと、意志と精神は自由であるべきだと思う。

やりたいことをやり尽くせ!

先日、巷では「成功者」といわれる人たち数名と食事をした。集まった人たちの総資産は100億を下らない。会話は「教育」の話になった。それぞれが登ってきた道は皆違うが、ここにいる人たちは学生時代に優等生だった訳ではない。高卒の人もいた。むしろ「学校教育(義務教育)は無駄だった」と思っている人ばかりだった。

私はブログでも度々書いてきたが、日本の義務教育は教育ではないと思っているし、日本の教育者を信頼していない(すべての教育者関係者がダメだとは思わんが、総じて教育者としての資質などないと思っている)。封建的で横並びで、出る杭を伸ばすのではなく、個性を叩きのめす。特に、私の中学3年間は、最低な教育者のもと、まるで囚人にされたかのような苦痛の毎日を送っていた。運動場に二宮金次郎像がある学校に通っていたのだが、事あるごとに「講話」のようなものを読まされる。大人も子供も考えることを放棄し、道徳を他人任せにしている。そして、体罰、暴力が平然と行われる。「これのどこが教育なのか」と、中学生の頃から教育者を見下していた(だから教育者から徹底的にイジめられた)。

知人の薦めで、堀江貴文さんの『将来の夢なんか、いま叶えろ。 』という本を読んだ。この本も日本の学校教育(義務教育)を痛烈に批判しており、共感することばかりであった。

本来の教育とは、自分自身の決断のもとに行動する意思を養うものである(P37)。千代田区立麹町中学校の工藤勇一先生が、教育とは「自律」する力を身に付けさせていくことだ、と述べているのと同じだろう。私も、それが教育だと思う。しかし、いまの教育現場では反対のことが行われている。家庭でも学校でも、あらゆることに対して「○○してはダメ」と禁止事項を並べ、子どものやる気・没頭力を奪い取り成績も個性も「オールB」の子どもを作り上げる。戦前戦後から、子どもを偏差値・学歴で人を評価してきたが、そんなものはホリエモンに言わせれば「オワコン」(終わったコンテンツ)なのだ。

ホリエモンはかつて『すべての教育は「洗脳」である』という著書も上梓されており、ここで「旧態依然とした学校教育の中で、日本人は洗脳されて」おり、「自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳」が現場で堂々と行われていると書かれている。今でも状況は変わっていないだろう。洗脳されているから、それがおかしいと気付かない。ひとつのことに没頭することは「悪」で、「オールB」が評価されるシステムなので、本当にやりたいことも出来ないし、主体性も発揮できない。

ホリエモンは、子どもたちの可能性を引き出すため、通信制高校のサポート校「ゼロ高等学院」(ゼロ高)と学校を立ち上げたらしい。本書の後半も「ゼロ高」の話が書かれており、ゼロ高生7名が登場する。この7名を見て、主体性を発揮するというのは彼らのような人のことだと思ったし、自己実現はこの先にあるのだと思う。

今日の食事会で集まったメンバーは、全員が一般世間から見るとアウトローな人ばかりだし、変態ばかりであるが、なにかひとつのことに10年、20年とたゆまぬ努力をしてきた人ばかりでもある。偏差値や学歴や職歴なんかじゃなく、そういった努力の結果として高め続けた自分のバリューが人生の結果を作っていった。

古い価値観を捨て、「オワコン」を捨て、自分の才能の原石を磨き上げる努力をしなければ、そんじょそこらのジェネラリストで終わってしまうと思う。そういう価値観のパラダイムシフトを起こす必要があるし、そういう教育が必要だと思うし、そういう教育に携わりたいと思う。

「夢中になって、楽しい気持ちに罪悪感を感じることなく、遊び尽くせ!」(P230)

「やりたいことをやり尽くす。それが本当の勉強だ!」(P249)










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