公認会計士武田雄治のブログ

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おすすめの本

【オススメ本】松岡正剛・佐藤優『読む力 ー現代の羅針盤となる150冊』 (中公新書ラクレ)




私の尊敬する松岡正剛、佐藤優の両氏による(意外にも)初めての対論集。単なるブックガイドとして読むも善し、天才2人の読書遍歴、ひいては思想の原型を覗き見するために読むも善し。

天才2人に共通する点は、思想の原型が「本」であるという認識を持っていること。そして、インプットした知をどのように編集し、アウトプットするのかというルールやこだわりのようなものを持っていること(第1章参照)。

例えば、松岡正剛氏は、佐藤優氏の本『国家論』を読んだ時に、こう思ったようです。
・・・その思想にいつどのように出会い誰を介して咀嚼し自らのものにしていったのかという事実、原点を常に並走させながら、論を進めていく。(略)そうしたバックボーンをきちんと挟んで書ける人は、あまりいないんですね。(P36〜)

私自身も知の編集をする際や、アウトプットをする際に、思想のプロセスを意識するように心掛けていましたが、「原点を常に並走させながら、論を進めていく」という手法は参考にして取り入れたいと思います。

松岡正剛氏は、自らの編集方法について、このように語っています。
僕の編集のやり方は、「伏せて開ける」ということです。あるものを開けたければ、伏せるものを考える。その伏せたところから、新しい概念生成がおこるんです。人類2000年の歴史の中で、諸々の思想や学問が言語化されてきたけれど、それらを全部使っても、開く量はわずかでしかありません。見せたいものは見せられない。
そうではなくて、ルネ・ジラールが「世の初めから隠されていること」と言ったように、歴史の中で伏せられてきたことをもっと考えるべきです。
(略)そういうことをすることが本来の編集だと思っています。(P67)

書評をするにしても、私は一介の読み手であり、研究者のような仕事をしたいと思っていないので、例えば丸山眞男や岡潔の著作でもなんでもいいのですが、ある本を褒めようと思ったときに、この本の中に足りないものはいったい何だろう、丸山眞男の中にないものは何だろうと考える。そこから見なければ、新しい丸山眞男も岡潔も見つからない。そんなふうに仕事をしてきたのです。(P68〜)

「松岡正剛らしい」といえばおこがましい言い方ですが、私が彼を尊敬し「天才」だと言うのは正にこれなのです。あるモノを見る時に、いったん伏せる、いったんカッコで括っておく、他のモノとの関係をみる、引き算をする・・・という視点を持つ。佐藤優氏も同じようなモノの見方をしていることが本書を読むと分かります(例えばP76〜参照)。

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最後に、佐藤優氏が本の世界に引き込まれたキッカケになったという中学校の時の学習塾の先生の話はすごい(第1章参照)。中学生を前に、サルトルよりカミュが好き、ニーチェとマルクスには気を付けろ、わからなくてもとにかく読め、雰囲気だけでも味わってみろ・・・といったことを言ってくれる先生がいたようです。佐藤少年はこの先生の「挑発」に乗ってしまったようですが、私は残念ながらそういう教師には出会わなかったなぁ。本書のような難解なブックガイドが私にとっては「挑発」であり、新たな世界を知るキッカケでもあるわけです。やはり、思想の原型は「本」だと思います。

【オススメ本】伊藤穣一、アンドレー・ウール著『教養としてのテクノロジー(NHK出版新書)




本を買う時・読む時は必ず「目次」を見ます。本書は「ジャケ買い」ならぬ「目次買い」。

▼目次
第1章「AI」は「労働」をどう変えるのか?
第2章「仮想通貨」は「国家」をどう変えるのか?
第3章「ブロックチェーン」は「資本主義」をどう変えるのか?
第4章「人間」はどう変わるか?
第5章「教育」はどう変わるか?
第6章「日本人」はどう変わるべきか?
第7章「日本」はムーブメントを起こせるのか?


先日紹介した 『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』において、数学者の新井紀子さんはシンギュラリティは到来しない、と断言されていました。他方、『人工知能は資本主義を終焉させるか』において、スパコン開発者の齊藤元章氏は、シンギュラリティは2030年頃に到来する、と断言されていました。前者は「理」、後者は「情」で語っているように私は感じたのですが、実際にシンギュラリティは到来するのか。

本書では、シンギュラリティについて、このように述べています。
シンギュラリティは、技術開発により指数関数的な成長を遂げると信じる思想であり、「科学信奉」に近いものがあります。「科学的に証明されている」というのは、一見すると真っ当に見えるものですが、アカデミック分野においてあまりにも強い「仮説」が認められてしまうと、それを信じ込んでいまい、社会で単純に応用してしまうことが往々にしてあります。(第1章、P28〜)


「AIが我々の仕事を奪うのではないか」との議論が盛んですが、これについて新井紀子さんは「人間の仕事の多くがAIに代替される」と警鐘を鳴らしています。この問題について、伊藤穣一氏は違う視点から述べています。

それは、そもそも「働く」とは何なのか? という視点。「働く」=「お金」ではない。以前、私が『宗教と資本主義』という書籍を紹介した時にも書きましたが、私は金儲けのために働こうという気持ちは今は一切ありませんし、池上彰氏は7つの大学で教えているようですが「これほど経済合理性に反する行為はありません」と言っています。お金に換金できなくても、人は「働く」。つまり、人間から「働く」ことがなくなることはないのです。

伊藤穣一氏は、お金を稼いで生きることが幸せだという「従来型の資本主義」の発想ではなく、「自分の生き方の価値を高めるにはどう働けばいいのか」という新しいセンシビリティ(sensibility、肌感覚)を考えることさらには「人生の意味」(meaning of life)を考えることが重要だと述べております。これはとても共感できます。

日本人は、京都の旅館の女将やレストランの料理人のように、どこか非経済的な「こだわり」を持っている国民性があり、そうした文化を伝統的に持ってきた国であるにもかかわらず、普通の人をみるとこの「こだわり」がない。伊藤氏は、この「こだわり」がない中で、「イノベーションしよう」「変えていこう」という意欲は沸かないため、まず価値観から変えるべきだといいます(第6章参照)。

まさかテクノロジーの本を読んで「人生の意味」を深く考えることになるとは思いませんでした。テクノロジーは、働くことの意味、人生の意味を問う者に大きな富をもたらすのかもしれません。

【オススメ本】鎌田浩毅著『理科系の読書術 ―インプットからアウトプットまでの28のヒント』 (中公新書)




読書が苦手だという人をターゲットに書かれた読書術の本。
著者は京大の地震学者なので『理科系の〜』というタイトルになっていますが、理科系以外の方にもオススメします。

本書は、「難しい本は著者が悪い」(P24)、「読書は我慢大会ではない」(同)、また、本に対する執着や読書に対する強迫観念を持つ必要はないなど、徹底して読書に対する敷居を下げてくれます。

読書が苦行だという人は、「購入した本は全て読破しないといけない」、「読み始めた本は最初の1文字目から最後の文字まで読み通さなければならない」、といった考えを持っているかもしれませんが、その必要はない。

私の場合「全体」を見て「部分」を抜き取るような読書をしますが、本書でも同じような読書術を提唱してくれてます。

例えば、本を読みはじめる前の「コツ」として、以下のようなことが書かれています。
●「目次の読み方は意外と重要」(P22)
●「タイトルサブタイトルの三者は、本文よりもはるかに影響力がある」(P23)

つまり、「読前」に、目次、帯、タイトル、サブタイトルをじっくりと眺め、その本の全体像をまずは掴むこと(私の場合は、内表紙や裏表紙もじっくり眺めます)。この「前儀」に時間を割くことが非常に重要です。そこで「全体」を掴み、目次から「部分」を推測し、この本の中から自分が得るべき情報は何かをある程度特定するのです。著者は「情報は3つだけ取ればいい」といいますが、1つでもあればいいと思います。

そうすれば、最初の1文字目から最後の文字までをなぞるように読めば10時間かかるような本でも、30分、1時間で読めることもあります。「速読」というのは、1分あたりに読める活字の文字数を増やすことではなく、「全体」として一冊の本を一定時間内に読み終えることをいいます(速読については、第3章参照)。

それでも、読み始めたら面白くない本もあります。面白くなければ捨てればいい。
著者は、こんな風に書いてくれてます。
『2:7:1の法則』を読書にも応用するのである。世のなかで2割の書籍にめぐりあえれば、それだけで人生の幸福への切符を手に入れたことになると言えよう。
(略)
7割は、丁寧に取り組めばそれなりのよいものを自分に与えてくれるような本である。
(略)
最後の1割の本は、どうやってもご縁のない本である。人間関係と同様に、そうした本は存在するものなのだ。(P30〜)

10冊の本を読んで2割の本が人生を変えるきっかけとなれば超ラッキーだし、10万円分の本を読んでたった2万円で人生が変われば超絶的にラッキーです。そういう感覚で本と接することが大切だと思います。面白くない本には必ず出会う。そういう本に出会っても、amazonに★1つ付けて酷評するような人にはなりたくない。

そして、著者は、ショーペンハウアーの名著『読書について』を引用して、「読書に溺れる」ことに警告を発しています。つまり、強迫観念をもってインプットばかりするのではなく、「思索する時間」を持つことの大切さを訴えています。これは激しく同意します。
つまり、読書と思索のバランスを上手に取ることによって、人生の達人になれるのだ。(P123)

インプット vs.アウトプット、読書の時間 vs.思索の時間、このバランスを取ることは、私も大切だと思います。

本書の最後には『補章』という章があるのですが、個人的にはこの『補章』が一番オススメ。是非読んで欲しい章。この章では、著者は『フロー型の読書人生』(=ストックからフローへの転換)を薦めています。知識を詰めこみ、蔵書を溜め込むという読書人生ではなく、今すでに自分の中にあるもの使って生きていくことが、人生をよりよく生きていくことになると。「今、ここで(here and now)」を生きる読書に転換してみてはどうだろうかと。読書家の著者がこういう考えにいきついたきっかけが、トランクルームに保存していた「愛蔵」にカビが生え「死蔵」になったことだというのが面白い。ガビが生えた本の中でも、どうしても手放したくない何冊かの本だけを取り出し、あとは処分したそうですが、結局必要な本ってその何冊かに過ぎなかったといいます。

これは読書に限らず、ライフスタイルについてもいえることです。「とりあえず」を捨てていく、今あるもので生きていく。『補章』の最後はこのように締めくくられています。
書籍とは過去の人類が残したすばらしい遺産だが、それでも「今、ここで」にふるいの残ったものだけを自分の未来につなげる。これが本当の意味での読書術の「カスタマイズ」なのである。

すごい。
タイトル間違えてないか(笑)。



 鎌田浩毅教授の書籍はこれまで何冊か読みましたが、その中でも『座右の古典』は何度も読み返しています。


【オススメ本】若松英輔著 『悲しみの秘義』(ナナロク社)





先日読んだ『宗教と資本主義・国家  ―激動する世界と宗教』という本に、批評家の若松英輔さんが登壇されているのですが、この若松英輔さんの話がとても良かったので、若松英輔さんのエッセイ集を読んでみました。

今日の朝起きてから読み始め、読み終えた時には日が暮れてました。
こういう週末も悪くない。
むしろ、こういう本に出会えたという奇跡に感謝したい。

この本は、以前日経新聞夕刊に連載されていたエッセイを書籍化したもののようです。
1つ1つのエッセイが最高に良い。

心を開くとは、他者に迎合することではない。そうしてしまうと相手だけではなく、自己からもどんどん遠ざかってしまう。むしろ、心を開くとは、自らの非力を受け入れ、露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか

変貌の経験とは、自分を捨てることではない。自分でも気が付かなかった未知なる可能性の開花を目撃することである
(P86)


自分が「心を開く」ということは難しい。相手に心を開いてもらうということも難しい。自然と心が閉ざされていくこともある。それが自己の悩みやコンプレックスになったり、相手を傷つけたり、はたまた、別れの原因となったりする。

いったい、そうやって同じ悩みを何十年繰り返してきたんだろうか。

若松英輔さんは、『心を開くとは、自らの非力を受け入れ、露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか』という。

言われてみれば、そうだよなぁ〜と思う。

分かる分かる、と今日1日に10回以上、同じ箇所を読み返しました。

打ちのめされました。こういう魂の入ったコトバをさらっと書けるってすごい。

今後何度か読み返すことになる本になると思います。

【オススメ本】『絶景本棚』(本の雑誌社)




数々の絶景本を買ってきましたが、これは最高の絶景!

文字はほとんどない。本棚(背表紙)の写真が百花繚乱。

本棚って、なんでこんなに楽しいんでしょう。

「人生の持ち時間を何に使えばいいか」という問題




先日行ったシンポジウム『宗教と生命』は、『激動する世界と宗教』と題する連続シンポジウムであり、第3回目の開催でした。

第1回目のシンポジウムは2017年8月に開催され、その記録が先日『宗教と資本主義・国家』として書籍化されました(第2回目のシンポジウムの記録は『宗教と暴力』として4月20日発売予定)。

本書でも、私が大尊敬している知の巨人、松岡正剛・池上彰・佐藤優の3名(+2名)が登壇(登場)し、侃侃諤諤の議論がなされております。

『宗教』『資本主義・国家』という難しいテーマではあるものの、松岡正剛氏が、「(このテーマを)私なりにいい換えると『合理と非合理とはいったい何か』という点にあった」(P144)と一言でまとめたのにはちょっぴり感動。本を読みながら唸り声を上げることが時々ありますが、この一文は唸った。詳しい内容を書くと面白くなくなるので・・・省略します。本書をご確認ください。

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今回は書籍を紹介したかった訳ではありません。池上彰氏と佐藤優氏の対談の中で、佐藤優氏がこんなことを言っているのです。

この場で初めて話しますが、私には、個人的な相談をする相手はほとんどいません。この10年ほどの間にサシで相談した相手は、池上さんだけです。何を相談したかというと、「人生の持ち時間を何に使えばいいか」という問題です。池上さんからいただいた非常に重要なアドバイスは「今は教育と研究を両方しているけれど、60歳までにどちらか一つに選んだほうがいいでしょう。選ぶとしたら教育のほうではないでしょうか」というものでした、私の心をよくわかっているなと思っています。(P72)


この「人生の持ち時間を何に使えばいいか」という問題は、究極の人生相談であり、私自身もいつも自分の問うている問題です。

20代・30代は「24時間戦えますか」のCMの如きガムシャラに働いていましたが、40代になってからは労働時間を極限まで減らしました。昨年、働き方を変えると宣言した通りです。50歳でリタイアするというのもこのブログで度々書いてきた通りです。時間はたっぷりあります。さぁ、ここでどうするかです。

そうすると、私の場合、もう一度ガムシャラに働こうとか、カネを稼ごうとか、そういう気分には全くならない。有難い程に色んな仕事のオファーを頂きますが、本業に関係ないものや、下請的なものは全てお断りしていますし、今後もやる予定は一切ない。

1日中アポイントがない、どころか、1週間アポイントがない、なんて時もありますが、じゃぁ何がしたいのか(何をしているのか)といえば、「教育と研究」ということになる。まったくカネにならないことを、ひたすらやっている。

池上彰氏が『私は今、7つの大学で学生に教えているのですが、これほど経済合理性に反する行為はありません』(前掲書P69)と述べています。私も大学院で講師をやっていたことがあるので、これはよく分かります。東京・新大阪間の交通費や宿泊代は自腹だったので、やればやるほど赤字でした。

人間は経済活動で一定の成果を上げるとお金から解放され、お金から解放されると資本主義的な論理とは違うところので活動をするようになるのでしょう(もちろん、そうはない人も沢山います)。ひたすら教会で教えを説くとか、ひたすら聖書やコーランを読む、といった宗教活動も、資本主義的な論理とはかけ離れた活動という意味では同じことかもしれません。

ここで『合理と非合理とはいったい何か』という話に結び付くわけです。『人生の持ち時間を何に使えばいいか』ということを問うと、合理から非合理、経済活動(資本主義)から精神活動(宗教活動)へと移っていく。合理の中で経済が発展したように、非合理の中で自己が発見・確立するのかな、と漠然と思う訳です。私の愛読書の辰濃和男著『ぼんやりの時間』(岩波新書)には、「ぼんやりは貴い」と書かれています。非合理な時間や、ぼんやりの時間を意識的に持ちたいと考えています。

人工知能は資本主義を終焉させるか




昨日の続きです。

先日行ったシンポジウムにおいて、佐藤優氏が池上彰氏との対談の冒頭で、新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』と共に紹介したのが、齊藤元章・井上智洋共著『人工知能は資本主義を終焉させるか ―経済的特異点と社会的特異点』 (PHP新書) という本。

こちらはオススメというほどの内容ではありませんが、『AI vs. 教科書〜』と書いてあることと”真逆”で面白い。

●シンギュラリティは2030年頃にやってくる
●現実がSFを超える日は近い


さらには、

●人々は基本的に働く必要がなくなり、「不労」が実現する
●お金を使う必要もなくなり、お金からも解放される
●時間からも解放される
●孤独からも解放される


といった話まで。

人の頭脳がダイレクトにつながり共感し合う世界になる、といったことまで述べられています。

『AI vs. 教科書〜』を読んだ直後に読んだので、話が極端すぎるように感じてしまいますが、齊藤元章氏はスパコン開発者であり、スパコンの技術向上のスピードを考えると、こういう未来の到来も予測されるとのこと。『AI vs. 教科書〜』の著者に本書の感想を聞いてみたいものです。

ちなみに、シンポジウムで佐藤優氏が『齊藤元章氏は私の後輩』というので、同志社大学か外務省の出身の方かと思ったら、『小菅ヒルズ(注:小菅拘置所のこと)の住民になられた』と、場内の笑いを取ってました。NEDOの助成金を騙し取って逮捕された方って、この方でしたか。。。

この本は逮捕された約10日前に出版されており、そのためか在庫切れが続いているようです。私はamazonマーケットプレイスで入手しました。


【オススメ本】新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)

AI vs. 教科書が読めない子どもたち
新井 紀子
東洋経済新報社
2018-02-02



先日行ったシンポジウムにおいて、佐藤優氏が池上彰氏との対談の冒頭で紹介した本。

これは必読。

まず冒頭で、著者の新井紀子さんは、こう断言します。
「AIが神になる?」――なりません。
「AIが人類を滅ぼす?」――滅ぼしません。
「シンギュラリティが到来する?」――到来しません。

「AI」「シンギュラリティ」「ディープラーニング」「ビッグデータ」といった巷間で騒がれている言葉が、実態を捉えておらず、言葉が独り歩きして人々の幻想を育んでいるといいます。私も独り歩きしている言葉を真に受けていましたが、「AI」と騒がれているものの多くは、Siriなどの「AI技術」を単に「AI」と呼んでいるだけで、「真の意味でのAI」とは別次元だといいます(第1章参照)。

では、なぜシンギュラリティは到来しないのか?
AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現されなければ、AIが人間に取って代わることはありません。(P2)

で、数学が獲得した表現手段(=コンピューターが使えるもの)は「論理」「確率」「統計」の3つ。つまり、数学が説明できることは、論理的に言えることと、確率・統計で表現できることだけであり、数学が表現できることは非常に限られているのです(P115〜)。私たちの知能の営みを「論理」「確率」「統計」の3つに置き換えることができないため、シンギュラリティが到来することはない。

しかし、(ここからが著者の最も言いたいことですが)
シンギュラリティは来ないし、AIが人間の仕事をすべて奪ってしまうような未来は来ませんが、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っています(P3)

決められたルールに従って作業すればよいという仕事はAIに代替され、「50%のホワイトカラーが20年、いやもっと短い期間で減る」(P77)という途轍もないことが起こるといいます。しかも、困ったことは、AIによって新しい産業が生まれたとしても、「AIで仕事をなくした失業者を吸収することができない可能性がある」(P272)のです。著者は「AI恐慌」とでも呼ぶべき、世界的な大恐慌がやってくると予想しています(P273)。

ここまででも衝撃的な内容ですが、もっと衝撃的なのが違う箇所にあります。。

我々の仕事がAIに代替されないためにはどうしたらいいのかといえば、AIに代替されない「人間らしい」(P276)仕事をしていくしかありませんが、実は、中高生の読解力があまりにも低く、半数以上の学生が教科書の内容を理解することすら出来ていないと・・・。数々のエビデンスが載っておりそれらのデータは驚愕でしたが、本書に掲載されているある簡単な読解力テストに某新聞社の論説委員から経産省の官僚までが間違えた、というのには声を上げて驚きました。

詰め込み教育の成れの果てでしょうか。

ただの計算機に過ぎないAIに代替されない人間が、今の社会の何割を占めているのか(P165)

このままでは本当に「AI恐慌」が来る。それを防ぐためには何をすべきなのか。非常に大きな問題提起を投げてくれた一冊です。子どもをもつ方には特にオススメしたい一冊です。


【オススメ本】佐藤正午著『鳩の撃退法』(小学館文庫)

鳩の撃退法


これは最高に面白い小説でした!

読んで直ぐに帯の意味が分かります。
こんなの書ける人、ホンマすごい。

内容はネタバレになるので伏せますが、『見聞きした”現実”の出来事を”小説”に書いている』という小説家が主人公のお話し。リアルとフィクション、現実と虚構、あっちとこっち、を行ったり来たりし途中で「訳分からん!」と思わせるのですが、でもリアルと思っている話もフィクションな訳で、何か試されてるような感覚にもなりましたが、最後には”現実”を分からせるという手法は衝撃。

久しぶりにこんな小説を読みました。オススメです。




鳩の撃退法 上 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館
2018-01-04


鳩の撃退法 下 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館
2018-01-04


【オススメ本】岡田尊司著『人間アレルギー ―なぜ「あの人」を嫌いになるのか』 (新潮文庫)




精神科医の岡田尊司(おかだ・たかし)さんという方が書かれた『生きるための哲学』 (河出文庫)という本は、私が繰り返し読む本のひとつです。この本と出会って、私は残りの人生を「自分の哲学を完成させる」という壮絶な闘いに割くことを決めました。

その岡田尊司さんの『人間アレルギー』という本が文庫化されたので、読んで見ました。なかなかすごいタイトルです。

本書は、こんな一節から始まります。
人は一人では生きられないという。だが、それは一面の真実でしかない。

その「一面」をとって、人は「みんなと仲良くしなさい」とか「協調性が大切だ」とか言いますが、果たしてそうでしょうか。私は小さい時から現時点に至るまで納得できないコトバです。嫌いな人間がいる。許せない人間がいる。受け付けない人間がいる。価値観が合わない人間がいる。それが普通だと思います。なのに、許せない人などと仲良くなること、和解すること、打ち解けることが「善」で、そうしないことが「悪」というような論調が私には納得できません。本来、精神的に受け付けない人間がいたら「回避」するのが動物的な正しい行動ではないかと思うのですが、そこを「接近」しなければならないと思うところに心理的・肉体的な不調・不快・疲労、精神的な苦痛・恐怖感が起こり、場合によっては病気になったり、自分や他者を傷つけたりするのではないでしょうか。

この、あまりにも人間的な問題をどう克服すべきなのかを示したのが本書。

人間の人間に対する過剰な異物認識と心理的な拒絶反応――それを私は「人間アレルギー」と呼びたい。
(略)
27年にわたる私の臨床経験に照らしていうならば、1人の人に対して人間アレルギーを起こしやすい人は、別の人に対しても同じことが起きやすい。つまり、相手をいくら変えたところで、会社をいくら変わったところで、また同じことが起きてしまう。周囲の人間を変えようとしても無駄なのである。本当に改善すべきは、その人自身が抱えた人間アレルギーなのだから

その視点をもてば、人間の苦悩の多くが人間アレルギーに由来するとともに、また、多くの人生が、人間アレルギーとの戦いに費やされていることに気づくだろう。生きづらさも、孤独も、心を濁らせるネガティブな感情も、元をたどれば人間アレルギーに由来する。それゆえ、人とのつながりに違和感や苦痛を覚え、生きづらさを抱えている人が、良好な社会適応をはかり、幸福に生きようとすれば、人間アレルギーについての理解が不可欠である。(P5〜)

我々の苦悩の多くは「人間アレルギー」。
アレルギーなのだから、花粉症なんかと同じで、過敏に反応(=アレルギー反応)しているのあり、克服することもできる。

ただ、著者は「残念ながら」をいう枕詞を付けて、医学の限界を述べる。今日の医学は「症状診断」(=表面に表れている症状によって病名を付けて分類する方法)を取っていることから、「真の病因」が分かりにくく、曖昧にしているといいます。例えば、「社会不安障害」「適応障害」「パーソナリティ障害」「気分変調症」・・・といった病状を診断され、薬剤が処方される。まるで薬剤を処方するために病名が付けられているかのように。根本的原因は「人間アレルギー」であるにも関わらず・・・。

本書では、著者自身のクリニックの臨床例や、歴史上の人物のケースの事例など、非常に多くの「人間アレルギー」の事例を取り上げ、それぞれの克服法を述べてくれております。事例の中には自分ことを言われているようでドキっとさせられたものも多くありました。

それらを通して、最後に著者の結論が述べられていますが、私にとってはその結論よりも、苦悩の根本的原因は「人間アレルギー」であり苦悩の克服には「人間アレルギー」を知ることである、ということを知ることができたことの方が大きい。花粉(異物)を完全に排除しようと思ってもできません。異物を排除しようとしたり、攻撃しようとしたりするのではなく、その異物を心の中でどう認識し、処理するのか。私が本書を読んで感じたのは、(やっぱり)許せない人や嫌いな人がいてもいいじゃないかということです。許せない人間がいることについては、許すか許さないかという問題ではなく、それに対して過敏な反応を示さないこと。未来に影響させないこと。それが大切なのではないかと思いました。

だから、本書で引用されている多くの著書の中で、私はサマセット・モームの書籍の一節が非常に共感できるのです。
「心の底まで相手を知り尽くし、知り尽くされようと、力の限り寄り添おうとする。だが、少しずつ、そんなことは土台不可能で、どんなに熱意を込めて相手を愛そうと、どんなに親密に相手とつながろうと、しょせん、相手は見知らぬ他人でしかないということを知るようになる。もっとも献身的な夫や妻でさえ、互いをわかることはない。それゆえ自分の殻にこもり、黙り込み、誰にも、一番愛している人にさえ見せることのない自分だけの世界を作るようになる。理解してくれる人はないと悟ったがゆえに」
(サマセット・モーム『作家の手帳』より、本書P186)

完璧な人間関係を目指して疲れ果てる必要なんてない。自分にとって大切な人を(たとえそれが一人しかいなくても、会ったことがないひとであっても、故人であっても)大切にしていくことの方が大切。「人間アレルギー」を持っていることに負い目を感じる必要もないし、コンプレックスを抱く必要もない。

著者の言いたいこととは異なるかもしれませんが、私は本書からそのように感じました。


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プロフィール
武田雄治



公認会計士 武田雄治


●武田公認会計士事務所 代表
●中小企業支援の「黒字社長塾」代表
●中小企業のコスト削減・業務効率化支援の「バックオフィスサービス株式会社」取締役
●海外展開・クロスボーダーM&Aの「OneAsia」アライアンスメンバー
●起業支援の「一般社団法人スタートアップエンジン」理事



■武田雄治本人によるコンサルティング、セミナー、執筆、取材等のご依頼は、武田公認会計士事務所のホームページよりお願いします。
■業者様からの営業はお断りしております
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