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おすすめの本

【学びは自由であるべき】工藤勇一・鴻上尚史『学校ってなんだ!  −日本の教育はなぜ息苦しいのか』 (講談社現代新書)



学校の「当たり前」をやめた。』の著者 工藤勇一氏(元麹町中学校長)と、『同調圧力』の著者 鴻上尚史氏の2人が、「学校」について対談した本が発売された。この2人が対談したらどういう結論になるのか想像できるのだが、興味あるテーマなので読んでみた。

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まず、こんな調査結果を。
世界9カ国の17歳〜19歳、各1000人の若者を対象にした意識調査結果(P98より)。

自分を大人だと思うか

愕然とする結果。
すべての項目について最下位。しかも、いずれの数値も他国の半分程度。
「将来の夢を持っているか」については、日本・韓国以外はほぼ100%がYESと回答しているが、日本は60.1%に過ぎない。「自分を大人だと思うか」については29.1%に過ぎない。

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もう一つ、別の調査結果を。
日本、米国、中国、韓国の4か国の高校生を対象にした意識調査結果(P101より)。

自己評価

「自分はダメな人間だと思うか」にういては、72.5%がYESと回答している。

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こういう結果をみて、「日本はダメだ」「子供はダメだ」で済まされる問題なのか。工藤勇一先生は、「日本の教育の最大の課題はこの調査結果にこそある」(P99)と述べているように、これは日本の教育の問題なのだ。私もそう思う。

日本の教育は、明治以降から富国強兵のための一斉教授型の受け身の授業を続けている(P79、P254参照)。個人の自律や、多様性という考え方はなく、国家や校則(ブラック校則)に従属する人間を育成してきた。人と違うことは許さず、髪の色も、ソックスの色も、言動も、何もかもが人と同じことを求めてきた。協調性が重視され、個性を潰してきた。そんなことを何十年とやってきたから、教師も親も生徒も「教育とはそんなもの」と思い込んでいる。

これが「当事者意識」を低下させ、「自己肯定感」を低下させた。戦後教育の成れの果てである。「自分で考えない」教育をしてきたため、自律せず、自己肯定感が低く、他者に対する優しさもない(P102〜参照)。

ここで、工藤勇一先生が麹町中学校などで行ってきた改革については、他の本にも書かれているが、本書にも詳しく書かれている。私が最も共感したのは、学校教育の最上位目的として、「個人のwell-being」「社会のwell-being」を置いていることだ。社会の多様性(タイバーシティ)を受け入れつつ、個人の自律を促し、社会も子供もwell-being(幸せ)を目指すべきという考えを示し、そのために不要なもの(宿題、定期試験、ブラック校則、担任制、一斉教授型授業など)を廃止した。

人間はみんな違っていいのだ。誰一人として同じ人間なんていないのだから。

しかし、人間はみんな違っていいという教育をすると、当然に対立が起きる(様々な利害を持った人物が集まると対立が起きるのは会社でも同じこと)。ここで、リーダーに求められるのは「対話」である。先日紹介したソニーの平井一夫元社長兼CEOの本や、ダイキンの井上礼之会長の本にも書かれていたように、利害が対立した人たちを束ねるには「対話」をするしかない。対話を通して、全員を当事者に変えていき、「腹落ち」するまで話し合うことによって、他者との違いを受け入れ、合意することができる(P207、P245、P256等参照)。そうやって対立する「個人のwell-being」と「社会のwell-being」を同時に達成させていく。

と、マネジメント論やモチベーション論の教科書に出てきそうな話であるが、それを複数の学校で実践され、結果を出してきた工藤先生はすごいとしかいいようがない。はたして、他の先生方がマネできるのかというと、どうだろうか?

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先日、本書のタイトルと同じ「学校ってなんだ!?」というブログ記事を書いた。ここでも書いたが、戦後から何も変わらないシステムが、これから変わるとは思えない。正しい教育を受けさせたいと思うのであれば、教育を受けさせる「場」を変えるしかないとも書いたが、もう一つ補足すると、大人が変わらないといけないと思う。

それは、「人間はみんな違っていいのだ」という当たり前のことを理解し、子供に自分の価値観を押し付けないということだ。

子供を愛していない親はいないと思うが、そうであれば、親のエゴを捨て、子供のwell-beingを最優先に考えるべきだと思う。

そもそも学びは可能なかぎり自由であるべきだと思うんです。自分の意志で独りで学んだり、学び合ったり、こうした学びの環境があることこそ個別最適だと私は思っています。(P255、工藤氏談)

【親の知らない生きづらい子供達】 石川結貴『スマホ危機 親子の克服術』 (文春新書)




小中学生くらいの子供を持つ父親・母親から聞く話の3位以内に入るのが、子供のスマホ・ゲーム問題。スマホ・ゲームを買い与えたが最後。ルールも守らず、宿題もせず、寝る時間を削ってでもやる。注意をすれば、「うっせー」「うぜー」「くそババー」「てめぇ」「しね」といった言葉を浴びせられる。スマホ・ゲームを取り上げたり、隠したりした日にゃ、暴れるわ、暴力を振るうわ、手も付けられない状況になる。そんな我が子に、ブチ切れるか、見て見ぬ振りをするか、もしくは両方か、という家庭が多い気がする。

親の気持ちはよく分かる。「てめぇ」「しね」などと言われる筋合いはない。ブチ切れて当然。誰に対してその口を叩いてんだ、このクソガキめが! と言ってやれ。

けど、それで問題は解決しない。

子供はいったい何を考えているのか?? それをうまくまとめてくれているのが本書『スマホ危機 親子の克服術』 (文春新書)。著者は、 これまで『スマホ廃人』など家族・教育問題の書籍を多く上梓されているジャーナリスト。

本書を読みながら、小中学生の頃を思い出した。あぁ〜、そういえば、親に隠れてエロ本を読んでたなぁ〜と。自室とか、友達の家とか、学校の裏庭とか…。親に内緒で遊んでいた「居場所」ってものがあった。

時代は変わり、あれから何十年か経ち、今の子供たちの「居場所」はスマホの中になったのだ。そこで、親に隠れてエロ本を読むように、親に隠れてオンラインで誰かとつながっている。私はオンラインゲームをしたことがないので分からないのだが、今のオンラインゲームはゲーム内の友達と一緒に遊べるようになっているらしい。だから、スマホ・ゲームを取り上げられるというのは、これまで安心して遊べた「居場所」が奪われ、仲間が奪われることにほかならない(P195参照)。だから親が許せなくなる。あらゆる暴言、暴力を使ってでも「居場所」を取り戻すのだ。

では、なぜそこに「居場所」を求めるのか。それは、家庭内に「子供なりの生きづらさがあるからだ」(P203)。子供だけでなく、大人だって「承認欲求」というものがある。最近流行りの言葉でいえば「自己肯定感」だろうか(P202)。しかし、家庭内での承認が欠如しているので、不安になる。スマホ・ゲームの世界では、たくさんの人と繋がりながらリア充ぶりをアピールすれば、多くの人から存在を承認される。家庭内でも不安があるからオンラインに承認を求めるが、オンライン上でも(いつ友達との繋がりが消えるか分からないという)不安がつきまとう。だから一層、オンラインの繋がりを求める。親とのルールを破ってでも、寝る時間を削ってでも、スマホ上での繋がりを求めることに必死になる。

このように見ていくと、問題の本質は、大人も子供も同じなのだ。大人も子供も不安があり、大人も子供も承認を求めている。分かりあえないのは、親が「ゲームをするとバカになる」とか「勉強しないと大学にいけない」とか、正論を振りかざすからだ。誰しも正論を振りかざす人間に心を開くことはできない。

これは親子関係に限らず、教師・生徒、上司・部下の関係にも当てはまると思う。相手への存在承認なくして、相手が心を開くことはない。

人を思い通りに動かすことなんてできるはずがない。血の繋がった親子だって同じ。人には人の世界観がある。子供に価値観を押し付けたり、子供の世界観に土足で踏み込んだりする親が多いと思うが、自分がされて嫌なことは子供も嫌に決まってる。

本書は、どうすれば親子の関係を克服できるかの術が書かれてる(第6章)。実際はそう簡単にはいかんやろ…とツッコミを入れたくなる箇所もあるが、まずは親が変わらねばならないという点においては参考になると思う。


【関連図書】
陰山英男『子どもの幸せを一番に考えるのをやめなさい』 (SB新書)
アグネス・チャン『スタンフォード大に三人の息子を合格させた 50の教育法』(朝日新聞出版)
宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』 (新潮新書)
森信三『家庭教育の心得21―母親のための人間学』(致知出版社)

秋の夜長に

シェラトン都

東京某所でセミナーがあるため、前泊で東京入り。

誰かを誘って飲みに行こうという気分でもなく、本を3冊持参して、定宿に早めにチェックインした。眼下に八芳園。

食事はインルームダイニングで済まそうと思ったのだが、持参した本を読み切ってしまい、恵比寿アトレの有隣堂書店へ行った。以前恵比寿に住んでいたことがあり、その時はよく通った書店だが、それ以来の訪問。随分とレイアウトが変わっていたが、店内は静かで、書店のリコメンドする本の棚が多いのは嬉しい。店内アナウンスがやかましく、ベストセラーだけ平積みしている某大手書店とは大違い。リコメンドの棚から、1冊買って帰った。有隣堂書店へのリスペクトとして。

それにしても久しぶりの恵比寿の街は活気があった。今の大阪では見られない光景だ。飲んでる人もたくさんいた。開店前のある餃子屋を覗くと、店に入れてくれた。フツーに酒類提供をしていたので、ビールと餃子を頼んだ。客は私のみ。アクリル板やシートを使って過剰なほどの感染症対策を施していたので、カウンターに座ってるのにマスターと喋ることもできなかった。残念でならない。ただ、恵比寿で飲むエビスビールは最高に美味かった。誰に何を言われようが、こういうのが好きだ。

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結局、今日4冊の本を読みふけっていたのだが、その中でダントツに面白かったのが、タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太氏の『すべては一杯のコーヒーから』 (新潮文庫)という本。

スターバックスフリークの私に、友達から「これも読め」ともらったもの。

初版は2002年で、タリーズコーヒーが日本に進出した数年後に刊行された本。創業社長の松田公太が27歳の時、友人の結婚式で訪れたシアトルで当時5店舗しかなかったタリーズと出会い、その味に衝撃を受ける。再度シアトルを訪れ、シアトルにあるスペシャリティコーヒー店を飲み歩き、タリーズを日本に持ち込むことを決意する。帰国後、勤めていた三和銀行を辞め、タリーズと独占契約を締結するのだが、そのプロセスがまたすごい。契約に至るまでの努力、行動力たるや、そんじょそこらの起業家がマネできるレベルではない。タリーズとの契約締結後も数々の困難にブチ当たるが、ほとんどの人間が挫折するような困難も彼は乗り越えていく。この想いや情熱がなければ、こんな大きなことは成し遂げられないのだということを痛感する、ドラマのような起業物語。忘れかけていたものを教えてくれた気がする。起業したいと思う人には是非とも読んで欲しい一冊だが、全体を通して、経営とはなんぞや、リーダーとはなんぞや、人生とはなんぞや・・・ということを教えてくれる内容なので、すべてのビジネスパーソンにオススメしたい。



【リーダーシップ】井上礼之『人を知り、心を動かす ーリーダーの仕事を最高に面白くする方法』(プレジデント社)

人を知り、心を動かす-リーダーの仕事を最高に面白くする方法-
ダイキン工業会長 井上礼之
プレジデント社
2021-03-29



空調業界世界No.1企業、ダイキン工業 井上礼之会長の新刊書。

ダイキンは、日本の上場企業の時価総額ランキング12位(8.2兆円、現時点)。大阪本社の会社では、キーエンスに次いで2位

井上礼之会長がダイキンの社長に就任した1994年と現在(2021年)を比較すると、
 ・株価は約30倍
 ・売上高は約6.6倍
 ・営業利益は約83倍
 ・海外生産拠点は約10倍
となっている。

現時点で従業員数は約83,000人、海外従業員比率は8割以上になった。「かつて地味で収益の上がらない『ボロキン』と揶揄されたダイキン工業」(P3)が、世界No.1のグローバルカンパニーになったのだ。

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井上礼之会長は、(珍しいと思うのだが)総務・人事畑から社長になった方。それもあってか、本書を読んで強く感じるのは、「人を通じて事をなす」という経営をされてきたということ。メンバーひとりひとりに関心を持ち、メンバーひとりひとりを成長させ、そのメンバーひとりひとりの成長の総和が組織の成長の基盤となり、上述のような組織の劇的な成長へと結びつけていった、ということがよく分かる内容。もちろん技術力もNo.1なのだと思うが、個々の能力を最大限に発揮させ、その力を束ねて組織の力にし、その力で会社を世界No.1に成長させていったのだろう(P148〜参照)。

リーダーは、戦略は二流でもいいが、実行力は一流でなければならない(P158〜)。デジタルの時代だからこそ、face to faceの対話を重視するリーダーの姿勢は共感した(P78)。先日紹介したソニーの平井一夫元社長兼CEOと同じように、井上会長も世界中の拠点を周り、直接現地のメンバーとコミュニケーションを取るようにしてきたという(P81)。中には優秀じゃないメンバーもいるだろうが、「すばらしい料理人は、理想の食材がそろわなくても、目の前に用意された食材で最高の一品を作る」(P151)という一言はノートにひかえておいた。ホンマその通り。

メンバーひとりひとりを大切にすることは、ダイバーシティ(多様性)を尊重ということでもあり、異質な人材をいかに束ねて組織にするかという点も、これからのリーダーに求められる(P54〜)。組織やリーダーの価値観を押し付けたり、帰属意識を求めたりする時代ではなくなっており、異質で多様な人材の能力や発想を企業競争力につなげる時代になってきた。リーダーが夢を語り、理念を語り、メンバーを束ねる力がこれまで以上に必要となると思う(P192〜)。「同じ色の絵の具を混ぜても1つの色しか出ませんが、いろんな色の絵の具を混ぜると、ときにはとんでもない素晴らしい色が出せたりします」(P195)というコトバも気に入った。これもノートにひかえておいた。

1〜2時間もあればさらーっと読めてしまう本で、私も最初は1時間位でさらーっと読んだのだが、その後何度か読み返したら赤線だらけになってしまった。時価総額ランキング12位の会社の現会長の書籍が役に立たないはずがない。得られるものは多かった。

all you need is already within you

all you need is


上の画像はネットから拝借した。いい言葉。


今日はYouTube Liveだった。視聴者からのリクエストにより『これからの稼ぎ方』というテーマで、ウダウダと喋った。アーカイブ配信はこちらより。

『これからの稼ぎ方』を喋るにあたり、Liveの冒頭で、昨日紹介した山口周著『ビジネスの未来』に触れた。触れておいた方が良いと思い。

山口周さんは、右肩上がりの高度経済成長というのは既に終わっており、「高原」に到達したという主張を展開している。最近、一部の経済学者が述べている「脱成長」(=成長を諦めろ)の議論とは異なるが、ここを深掘りすると話が長くなるので、また今度にでも。

もはや経済成長が望めないとなると、日本型雇用とも言われるメンバーシップ型雇用や、終身雇用、年功序列、新卒一括採用が成り立たなくなり、ジョブ型雇用へと移行していくと思っている(既に日本の上場企業でもジョブ型雇用への移行を始めた企業がある)。さらに、ダイバーシティの促進や、リモートワーク、副業OK、時短OK、週休3日OK、地方移住OK…という企業も珍しくなくなってきた。

こういう移行期は、「古いルール」を残しつつ、「新しいルール」を取り入れる。しかし、「古いルール」はいずれ抹殺される運命にある。そうやって「雇用契約」というのが長い時間をかけて消えていくのではないだろうか…というのが私の考え。スキルのある個人が手を組んでいく働き方になっていくだろうし、既にそういう流れだと思う。

では、『これからの稼ぎ方』はどうなるのか。上述のように働き方が変わるという前提で考えれば、個人のスキルやバリューを高めていくべきだと思う。拙著『経理の本分』でも書いたが、私は、自分の価値と労働時間は比例しないと思っているが、自分の価値と年収はいずれ収斂すると思っている(P174〜参照)。どう稼ぐのか(労働するのか、起業するのか、投資するのか…)を考えることも大切だが、自分のバリューを高めることの方が大切だと思う。企業にもイノベーションが必要であるように、個人にもセルフ・イノベーションが必要で、知のアップデートしなければならないと思う。

という話しをLiveで言いたかったんだが、多分言い切れてないので、補足しておいた。

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ちなみに、Liveが終わってから、ワールドビジネスサテライトに20年くらい出演されていたロバート・フェルドマンさんが共著で書いた『盾と矛』という本を読んでいたら、2030年までに1600万人が職を失う「大失業時代」に備え、「学び直し」が必要だというようなことが書いてあった。

ただ、ここの「学び直し」とは、自分が持っていないスキルを学ぶことを提唱している(P30〜参照)。しかし、私は、20代、30代ならまだしも、それ以上の歳の人が未知のジャンルに飛び込む努力をするよりも、既知のアップデートをするべきだと思っている。ゼネラリストが勝ち残れない時代に、ゼネラリストを目指してどうするんだ、と思うので。

自分にしかない才能(の原石)は、きっと自分の中にある。それを磨くべきだと思う。


all you need is already within you.


山口周 著『ビジネスの未来』は かなりオススメ




何気なく書店で手に取った本だが、これは目からウロコが落ちた。


まず最初に、こんなデータが載っている。
「先進7カ国のGDP成長率」の推移を10年ごとに平均して時系列にまとめたもの。
ビジネスの未来

1960年代以降、先進国のGDPは明確な下降トレンドにあることが分かる(上のグラフの2010年代は2010年〜2019年の集計であり、コロナの影響は含まれていない)。コロナがあろうとなかろうと、先進国の経済成長率は中長期的にゼロを目指して低下していたのだ(P44)。そもそも、モノを消費せず、環境や自然とのサスティナブルな共生が求められる今、GDP(国内総生産)という指標に何の意味があるかという問題もあるが(P50)。

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もう一つ、こんなデータも。
世界の人口数と人口増加率の推移をグラフにしたもの。
ビジネスの未来

世界の人口数は今後も増加することが予測されているが、「増加率」(上の実線)は1960年代(1967年)にピークを迎え、以来半世紀をかけて明確な下降トレンドにあることが分かる。経済は人口動態に影響を受けるので、今後の経済は成長を見込むことはできず、「定量状態」になると考えられる(P70)。

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本書では他の指標も取り上げているが、都合の良いデータを寄せ集めた訳ではなく、あらゆるものが1960年代がピーク(というか1960年代が異常)であり、「低成長」「停滞」「衰退」といわれる現在の状況の方が「通常」の状況であることが分かる。

著者は、長い近代が終わり、「高原状態」に移行したという自説を展開している(第1章)。
ビジネスの未来



これまでの経済成長を前提とした資本主義社会(文明化社会)は終焉を向かえ、我々は「高原社会」において、どこに向かうべきなのか? 何をすればいいのか? という話が後半(第2章以降)で展開されていく。

これらの話はかなり面白かった。本書のタイトルは「ビジネスの未来」であり、その名の通り今後のビジネスイノベーションのヒントや気付きになるようなことが多く書かれている。が、それは個人としてどう生きるかという話にも影響を受けるため、個人としての生き方のヒントや気付きにもなった。

高度経済成長期の象徴ともいえる名著として、ウェブレン『有閑階級の理論』、ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』が挙げられる。本書でもこの2冊は引用されているが、ここで書かれているような奢侈(贅沢)や顕示的消費(見せびらかし)は、これからの時代にはそぐわない。最近までフェラーリに乗っていた私が言うのもナンだが、もうスーパーカーでガソリンを撒き散らす時代ではない。

これからの時代は「人間性に根ざした衝動」に基づく消費をすべき(P162〜)という著者の見解には多いに賛成する。つまり、奢侈や顕示的消費ではなく、「至高体験」に基づく消費にカネと時間を使うべきなのだ。消費者が変われば、ビジネスの本義も問い直さなければならない(P188〜)。我々は、これからも「古いルール」を前提とした組織の中で、「クソ仕事」(ブルシットジョブ)を続けていくのか? それとも自分の能力や価値観にあった「労働の喜び」を回復していくのか? あらゆるものが劇的に変化した今、そういうことを考える機会だと思うし、本書はそのヒントを与えてくれるに違いない。



有閑階級の理論 増補新訂版 (講談社学術文庫)
ソースティン・ヴェブレン
講談社
2015-07-24


恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)
ヴェルナー・ゾンバルト
講談社
2015-10-23

自己憐憫の涙は拭いて、あなたはあなたの道を歩むことです

辛口サイショーの人生案内DX
最相葉月
ミシマ社
2021-08-24



読売新聞のコラム『編集手帳』を担当されていた竹内政明さんの文章が読みたくて、読売新聞を定期購読していた時期があったが、同氏が引退されてから購読を止めた。竹内政明さんの担当された『編集手帳』は書籍化もされており、いまでも時々読み返すが、唸るような文章が多い。

その読売新聞の中で、もう一つ、欠かさずに目を通していたのが、100年以上前から連載が続いている名コーナー『人生案内』。読者からの質問に何名かの回答者が順番に答えていくというコーナーだが、最相葉月さん、出口治明さんの回答がずば抜けて良かった。その幾つかはモレスキンに貼り付けて、これも時々読み返している。

その最相葉月さんの回答を集めたものがミシマ社から発売された(2015年に第1弾が発売されており、今回が第2弾)。超辛口な回答が痛快すぎる。マジおもろい。

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本書は、これまで『人生案内』に掲載された86本を編集したもの。全てに目を通すと、人の悩みのほとんどが「人間関係」の悩みであることが分かる。それも、身近な人への「過干渉」「無関心」が原因であることが多い。他人の言動に首を突っ込みたくなることも人間の性であれば、他人の大切なことを心で見てあげられないのも人間の性なのだろうか。他人の領域に土足で踏み込むが、結局は自分のことしか考えていない。それが親しき仲をも苦しめる。夫の不満をいう妻(P10)、成人になった息子を支援したがる母(P16)、成人になった娘の行動をGPSで監視する母(P134)などなど、身近にいる自立できない人が、自分の人生を狂わせる。サイショーさんは、加害者側には「自立しろ」、被害者側には「一刻も早く家を出ろ」と助言するが、私も1000%同意する(P63、P135参照)。自分の人生を歩むべし。

もう一つ、「私はこんなに悲しい想いをしている」「私はこんなにつらい想いをしている」といった質問者が多いと感じる。同情して欲しいのか、解決して欲しいのか。おそらく前者だろう。我慢、我慢、我慢を何十年としてきたら、もういい歳になってしまった。これからどうやって生きていけばいいのでしょうか……みたいな。我慢を美徳と勘違いしている人が多いなぁ〜と感じるし、変えられる運命を変えられない宿命と勘違いしている人も多いなぁ〜と感じる。人生はいくらでも変えられるし、挽回できるのに。

人生は後悔と自責の連続です。みんなことさら話題にしないだけ。自己憐憫の涙は拭いて、あなたはあなたの道を歩むことです(P155)

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なお、私がモレスキンに貼り付けているのは、P150、P154、P156の3つ。回答が辛辣だが素晴らしいので全文を掲載したいくらいだが、著作権がどうのこうのと言われそうなので、本書でチェックして頂ければと。


最相葉月


甘口もあるでよ。

最相葉月は母校(関西学院大学)の先輩でもあるでよ。

【個人中心の時代】トッド・ローズ他『Dark Horse −「好きなことだけで生きる人」が成功する時代』 (三笠書房)

Dark Horse 「好きなことだけで生きる人」が成功する時代 (三笠書房 電子書籍)
トッド・ローズ、オギ・オーガス
三笠書房
2021-08-20



ハーバードの個性学入門』という非常に面白い本があるのだが、この本の著者が新しい本を出した。タイトルは『Dark Horse』(ダークホース)。「好きなことだけで生きる人」と訳されている。



原則や法則って永遠不滅なものだけど、いわゆる「成功法則」って賞味期限切れじゃないか?

だって、富や地位や名誉があることが成功じゃないよね?

他人より優れてるかってことより、自分の個性を活かし、個人の才能を開花させ、「充足感」があることのほうが成功じゃねーか!?

っていう内容。

キーワードは「充足感」(fulfillment)

「好きなことだけで生きる人」の共通項を調査・研究したら、その結論は、「充足感」の追求だったという(P39)。

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確かに、高度経済成長時代(本書では「標準化時代」と呼んでいる)は、「出世の階段」が用意されており、その階段を登り、富と地位を獲得することが成功だった(P30参照)。しかし、今はその前提は崩壊している。定年まで働けるという保障はない。年収が上がり続けるという保障もない。退職金や年金がもらえるかどうかも分からない。そもそも、会社が存続するのかどうかも分からない。実際に、滅私奉公で仕事に人生を注いできたにもかかわらず、不幸な人生を送っている人が周りにどれだけいることか。

今は、何かを犠牲にしたり、我慢をしたりしながら、将来の見返りを求めるようなことは(きっと)誰もしない。今の人達が求めるのは、将来の成功ではなく、今の「充足感」であり、その追求が自らを成功に導くことになる(P37〜参照)。

ここまでは、ふむふむと納得できる話だと思う。

私は、別の切り口から本書を読んだ。

本書は、個人に向けた自己啓発本だと思うが、組織のマネジメント本として読んでも有益だと思う。今の若い人たちは、仕事に対しても「充足感」を求めている。言い換えれば「仕事から得られる喜び」といえると思う。人は根源的に仕事から喜びを得たいという欲求があるだろうし、自分の才能を活かしたいという欲求や、何かを与える人(ギバー、Giver)になりたいという欲求があると思う。その「仕事から得られる喜び」が、従業員のやる気とパフォーマンスを最大限引き出すことになると思う。しかし、今の組織のマネジメントは、彼らに「充足感」や「仕事から得られる喜び」を与えられているのだろうか。従業員の動機付けや人材開発・人材育成が課題の会社は多いと思うが、彼らの個性や能力を無視し、予め用意されたプログラムを与えているだけ、ということはないだろうか。そして、人事考課も、彼らの個性や能力を無視し、予め用意された評価基準で評価しているだけ、ということはないだろうか。個人が「充足感」を追求する時代に、組織の論理はもう通用しないのではないだろうか。

会社という経済主体の中に従業員という構成要素がいるという時代は終わり、会社というバーチャルな空間に個人という経済主体が存在するという時代になった、といえば大袈裟に聞こえるかもしれないが、私は既に「個人中心」の時代になったと思っており、マネジメント層こそがコペルニクス的発想の転換をしなければならないのではないかと思っている。

【生きづらさ】 橘玲『無理ゲー社会』(小学館新書)




発売日(2021/7/29)にkindleで読んだのだが、濃い内容なので、紙の本でも買って読み返した。kindleでは1日で読んだが、紙の本では1週間かけて熟読した。本書はじっくり読むに値する本かも。

本書の副題は、『才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア』

どういうことか。

これを書き始めたら1万字は必要になる。1週間はかかる。

結論からいえば、いまの社会で生きることは、「無理ゲー」(攻略が不可能なゲーム)を一人で攻略するようなものだという話し。かつて人と同じことをすることが評価される教育を受けてきた日本人は、いつしか「自分らしく生きる」ことが素晴らしいという価値観へ変わってきた(=リベラル化してきた)。しかし、「自分らしく生きる」という潮流は、他者とのつながりが希薄化し、人間関係が偏在化する(そして、友達が消滅する)。さらに、豊かさが経済格差を生み、人間関係の偏在化が性愛格差まで生み、「高所得/低所得」「モテ/非モテ」の分断がおきた。で、「上級国民/下流国民」というコトバまで生まれた。

本書で問うているのは、「自分らしく生きられない人は、どうやって生きたらいいのか?」「努力しても頑張れない人は、どうやって生きたらいいのか?」である。

この問いに、著者は様々か角度からファクトを引っ張って論じており、一つ一つを紹介したいくらい面白いのだが、それをするとホントに1万文字が必要になるから、本書で確認して欲しい。ちなみに、個人的に引き込まれたのは、(橘玲氏の他の著書でも書かれているが)才能は遺伝するという話と(第4章)、ヒトの欲望は止められない(=脱成長はできない)という話(第7章)。

「自分らしく生きる」という欲望は止められないから、「はけ口」として、資本主義への批判が語られたり、格差の批判になったり、「誰でもいいから殺したい」という凶悪犯罪が生まれたりする。本書を読んでいる時にも、小田急線の車内で男が乗客10人を刺すという事件が起こった。36歳・独身・職業不詳のこの男は「幸せな女性を見ると殺してやりたいと思っていた」などと供述していた。

「自分らしく生きる」という欲望が、生きづらさを増していくという「無理ゲー」を生んでいる。絶望する若者が生まれるのも無理はない。ますます人間関係が希薄化する時代にどうやって生き延びていくべきだろうか。あれこれ考えされられる。

【幸せとは】『世界でいちばん幸せな男 −101歳、アウシュヴィッツ生存者が語る美しい人生の見つけ方』




アウシュヴィッツ強制収容所に収容された体験記は、『夜と霧』『これが人間か』『溺れるものと救われるもの』など多くの本が出版されている。映画でも『シンドラーのリスト』『戦場のピアニスト』など数え上げたらキリがない。映画も事実を忠実に再現したものだろう。目を覆いたくなるような映像の数々は、私の脳裏に焼き付いて離れない。善良な市民はいかにして残虐者になったのかという本も数多く出版されており(『責任と判断』『普通の人びと』等)、私自身の関心事の一つでもある。

ということで、蔦屋書店で本書が平積みされているのを見て、中身も見ずに買ってしまった。

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著者は、1920年ドイツ生まれのユダヤ人。

1933年にヒトラーが権力を握ると、ユダヤ人という理由だけで学校を退学させられる。教育を受けるため、隠偽証書類と偽名を使い、ユダヤ人ということを隠して、自宅から列車で9時間も離れた場所の学校に入学する。13歳で家族の元を離れ、そこから5年間、身元を偽り続ける。それは、孤独でつらいものだったいう(第1章)。そりゃそうだろ。

無事に学校を卒業するが、両親の結婚記念日にふたりを驚かせようと、こっそり故郷に帰った所でナチスに捕まる。捕まった時には、なぜ拘束されるのか、これから何が起こるか、全く分からなかったらしい。しかし、そこから非人道的なムゴイ拷問の生活を3年も受けることになる。家族も友達も殺される。

「なにもかもが非現実的で恐ろしかった。なにが起こっているのか理解できなかったし、いまだにまったく理解できない。これからも決して理解できないだろう。」(第3章)


本書を読み進めながら、余りにも残虐な収容所の実態を知り、「死んだ方がマシじゃねーか」と思わざるを得なかった。衣食住すらままならない場所で、一切の尊厳や自由を奪われ、いつ撃ち殺されてもおかしくない状況の中で、まともに生きていけるだろうか。

著者も命を絶つことを選んだことがある。被収容者の間で「フェンスに行く」という言葉が生まれたらしい。それはアウシュヴィッツ収容所を囲むフェンスまで走っていき、電気が流れている有刺鉄線をつかんで自殺することを意味する。著者はフェンスに行こうとした。しかし、収容所で親友になったクルトという男が、著者をフェンスに行かせなかった。彼が生き残れたのは、クルトという親友がいたからだったのだ。

話は少し飛ばすが、著者は終戦近くに奇跡的に脱出することに成功し、米兵に救出された。体重は20kg台まで落ち、しばらく入院し、ドイツから逃れ、ベルギーに向かう。そこでまた奇跡が起こる。親友のクルトと再会するのだ(そんなことがあるのか!?)。

ここからまた話を少し飛ばすが、著者もクルトも、素晴らしい女性と出会い結婚する。著者は子供にも恵まれる。

しかし、3年にも及ぶ収容所生活は、心に深い傷を残したに違いない。結婚しても心を閉ざし、幽霊のような存在だったという。自分の感情と向き合うことから逃げていたのだ。そんな彼を、妻と子供、親友の存在が救っていく。

何年か経って著者は気付くのだ。被害者意識からは何も始まらない。自由を感じることもない。幸せは自分が作るものであり、自由を感じるには苦しみという重荷を下ろすことだと。そして、すべてを分かち合える友を大切にすることだと。

世の中には様々な不条理がある。傷付くこともたくさんある。そこで口をつぐんで、逃げることは簡単だし、楽だと思う。著者もそう思っていたという。しかし、もっと早くに心を開いていればどうなっただろうか。

本書の最後のコトバが染みる。

「野原にはなにもないが、なにかを育てようと努力すれば庭ができる。それが人生だ。なにかを与えれば、なにかが返ってくる。なにも与えなければ、なにも返ってこない。一輪の花を咲かせるのは奇跡だ。しかし一輪の花を咲かせられれば、もっと多くの花を咲かせられる。一輪の花は、それだけでは終わらない。大きな庭の始まりなのだ。」(第15章)

あの有名な曲じゃないけれど、世界にひとつだけの花を、一生懸命咲かせればいいのかもしれないね。

心を開いて、すべてを分かち合える友を大切に。

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