校則


たまたまテレビを付けたら、NHKのクローズアップ現代(クロ現)で『その校則、必要ですか?』という番組がやっていた。見てビックリ仰天。絶句。

・下着の色は白
・ポニーテール禁止
・ツーブロック禁止
・眉毛は剃ってはいけない
・生まれつきの髪の色を証明させる「地毛証明書」の提出
・郊区外へ外出する際は制服を着用
・家庭内でのインターネット接続は20時まで 

などなど、あるわあるわ、気持ち悪い校則の数々。子供たちに「人権」はないのか?? これが「教育」なのか?? 戦中の軍人教育、竹槍教育が70年以上経っても教育現場では残っているような、なんともいえない不快な気分。

さらに私を不快な気分にさせたのは、この厳しすぎる校則を(反対するどころか)肯定的に捉えている保護者が多いという点。この番組に出演されていた名古屋大学の内田良准教授(教育社会学者)によると、保護者が学校に対してキチンと子供を管理するように求めているという。家庭内でのインターネット接続時間まで校則で決めるのは、学校の越権行為であるし、家庭内の問題への介入であるが、保護者はこれを自明視し、教育を学校へ依存している。内田良氏はこれを『学校依存社会』と言っているらしい。なるほど。校則を見直す前に、見直すべきものがある。

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私が中学生の時は、学校と教師と教育制度に対する不条理と闘い、苦しみ続けた3年間だった。厳しい校則に加え、担任が独自に決めたルール、抜き打ちの頭髪検査と持ち物検査、日常的な体罰や暴力といった中、「人権」の「ジ」の字もないような中学3年間を過ごすことになった。学校に行くことがイヤでイヤで仕方なかったが、”皆勤賞” 以外は絶対に許さないという担任の理不尽な怒りや暴力を恐れ、毎日中学校に通い、終礼までひたすら耐えた。私はこの中学を「刑務所」と言っていた(いま思えば、「強制収容所」の方が適している)。私が何か罪を犯した訳でもないのに、「懲役3年の刑に処されたのだ」「3年耐えたら出獄できる」と自分に言い聞かせ、ただ耐えた3年間だった。この3年間で個性やキャラは歪められたし、コンプレックスやトラウマは消えない傷となって今でも残っている。

昔から思っていたが、学校って必要なの?? 何のために行くの?? 何を学べるの?? 行かなくて何か不都合があるの?? 受験ができないから?? いい会社に就職できないから?? それって親のエゴじゃないの?? 子供の立場になって考えたことある?? 家で自習してる方がよくない?? スタディサプリの方が100倍よくない?? 楽しくない学校に6+3+3=12年も通わされてることのマイナス面って考えたことある?? 耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ子供になって欲しいわけ?? 結局、他人と比較してるだけじゃないの?? 言い出したらキリがない。

ある本で知ったのだが、教育関係者がしばしば口にする「個性の尊重」「創造性の重視」「詰め込み教育からの脱却」という課題は、実は34年前(1987年)の教育審議会で議論されている。しかし、34年で何も変わってはいない。なぜか? 「個性の尊重」なんて誰も望んでいないのだ。新卒一括採用がいい例だ。個性がある人よりも、社会のルールに同調できる人を求めている。教育への不満はあれど、結局は、保護者も社会もいまのシステムを変えてもらったら困るのだ。

戦後から何も変わらないシステムが、これから変わるとは思えない。真に子供の個性を尊重し、子供の創造性を重視し、正しい教育を受けさせたいと思うのであれば、(言い換えれば、子供を強制収容所へ送り込むのは避けたいのであれば)教育を受けさせる「場」を変えるしかないと思う。日本にも、日本以外にも、ネット上にも、学べる場所はいくらでもあるんだから。


(※ 上の画像はNHKのサイトから拝借した)