先日紹介した橘玲著『無理ゲー社会』(小学館新書)の副題、『才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア』の一文がずっと引っ掛かっている。

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先日、twitterでこんなツイートを目にした。

日商簿記検定

「自己満の資格」を取得するために頑張っているのはなんのためのかな? というつぶやき。

確かに、日商簿記1級が実務に使えるのかといえば、使えないものが多いと思う。2級も3級も同様。日商簿記検定自体が「古臭さ」を感じる。だから、実務で使えないものを何で一生懸命勉強しなきゃならんのだ…という気分になるし、上のツイートのように「自己満の資格」と思ってしまうのだろう。

が、しかし、それを言い出したら、公認会計士試験も、TOEICも、あらゆる資格試験に当てはまる。公認会計士試験対策の教科書に載っている特殊商品会計の利益率算定とか、工業簿記の標準原価計算とかABC/ABMとか、実務で使ったことも見たこともない。大学受験をしたことがないから詳しいことは分からんが、あの勉強こそ実社会に役に立つのだろうか…という気もする。

ただ、資格試験の勉強することは、(益はなくても)「意味はある」と思う。資格試験も、大学受験も、MBAも、あらゆる資格やタイトルは、一定水準以上の知識や技能があることを証明しているものにすぎず、実務に使える能力があるかどうかとは全く別モノ。運転免許証を取得したことと、クルマの運転が上手いかどうかは全く別モノであることと同じ。ただ、一定水準以上の知識や技能を得るために何百時間、何千時間と勉強したことには「意味はある」。直接的に実務の役に立たなくても、その知識や技能は人生のどこかで活かされるし、それだけ勉強したということが精神をも鍛えてくれる。

私も、公認会計士試験の勉強をしている時に、こんな勉強をしても実務で使えないだろうと思っていた。しかし、公認会計士試験に合格し実務の世界に入った時に、「使えないのは自分」だということを痛感した。試験に合格したくらいの知識量では、巨大企業の会計監査は太刀打ちできない。合格後数ヶ月でその事実に直面し、打ちのめされて、凹まされ、監査の現場で泣いたこともある。そこからめちゃくちゃ勉強したが、それができたのは、公認会計士試験の受験勉強をしていたからである。あの苦しい受験勉強の経験がなければ、監査法人の仕事を乗り越えられなかったと思う。

どんな勉強であれ、やることに「意味はある」が、ただ勉強すればいいというものでもない。勉強にはひとつの付帯条件がある。勉強したら則行動しろ(=実務に活かせ)。学んだことは活かすべきだし、活かさないものは学ぶ必要もない。

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私の中で明確に定義しているものがある。それは「学ぶのは自由になるため」であり、「生きるのは幸せになるため」というもの。どこかに載ってるコトバではないし、個人的な思考の結果なので、反論も異論もあるだろうが、私はずっとこのように定義している。

別に勉強なんてしなくても生きていくことくらいはできると思う。でも、なんで古今東西、多くの人がペンを握り、本を読むのか。それは、誰しも学びたい欲求があり、情報に飢えているからであるが、それ以上に「不自由な生活を続けたくないから」ではないのか。

最近流行りの「FIRE」に関する本や記事の多くが間違えているということは以前も書いたとおり。もし本当に「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)をしたいのであれば、節約や貯金や引退の術を考える前に、人の10倍くらい勉強すべきだと思う。お金は知識がない人から知識がある人に流れていくのだから。その勉強は、資格試験の勉強でもいいし、その道の第一人者のセミナーに参加することでもいいし、その分野の本を読み漁ることでもいいと思うが、まとまった時間とお金を長期的に投資しなければ、大きなリターンは得られないと思う。いわゆる「1万時間の法則」である。そのことだけに1万時間集中し、「たゆまぬ努力」をすれば、その分野のプロになれるという法則。オリンピックに出るようなスポーツ選手も、皆、小さい時からそれくらいの「たゆまぬ努力」をしてきたに違いない。その努力に有益性なんて関係ない。自己満足でもいい。好きなことにただひたすら打ち込むことが人生に彩りを添える。1万時間とは、1日3時間勉強したとして約10年、1日10時間勉強したて約3年かかる。そこまで何か一つのことに対して「たゆまぬ努力」をすれば、不自由になることもなければ、ディストピアになることもない思うし、望むならば「FIRE」に近づくんじゃないだろうか。

私はこれまで数々の挫折をしてきたし、コンプレックスが消えることもない。そんな私でもユートピアにいる方法はあると思っている。それは何かに打ち込むことだと思う。「才能は遺伝」、「努力はムダ」という学術研究結果もある。そのとおりなのかもしれない。けど、才能がなければディストピアなのだろうか。そうは思えない。この世で起こっていることのほとんどが自己満足の世界なんだから、自分が楽しいと思うことに、熱中・集中・没頭・没入して勉強することがユートピアなんじゃないだろうか。


「こつこつと続けること、益はないが、意味はある」
(鍵山秀三郎)

「10年偉大なり、20年畏るべし、30年歴史に残る。」
(鍵山秀三郎)



人間を磨く言葉
鍵山 秀三郎
PHP研究所
2015-04-17