奇跡のバックホーム (幻冬舎単行本)
横田慎太郎
幻冬舎
2021-05-11



横田慎太郎。元プロ野球選手の父を持ち、2013年(18歳)にドラフト2位で阪神タイガースに入団。2016年(3年目、21歳)で開幕スタメン入りを果たすが、2017年(4年目、22歳)で脳腫瘍が発覚する。2度の手術を行い、半年に及ぶ闘病生活を経て復帰を目指したが、一度失われた視力が完全に戻らず、2019年(24歳)に現役引退を表明。

引退表明の4日後、育成選手では異例の「引退試合」が行われる。阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグにおけるチームのシーズン最終戦に、8回ツーアウトからセンターの守備に付く。3年ぶりの試合出場。横田慎太郎の引退試合のために、鹿児島から家族が駆けつけ、甲子園から鳥谷敬選手ら一軍選手が駆けつけた。

なぜ8回ツーアウトというイニングの途中で守備についたのかといえば、平田勝男2軍監督が、横田慎太郎が守備につく時に必ずダッシュする姿が好きだったから。平田監督がそれを最後にファンに見せたかったという粋な計らい。

相手チームは、ボールが十分に見えない横田慎太郎のところには打たず、ライトかレフトに打つように配慮したらしい。しかし、そんなにうまくはいかない。打者が打った球は、いきなりセンターに飛んできて、センターオーバーの2塁打となる。

そして、次の打者もセンターへヒットを打つ。横田慎太郎はこの時もボールが見えていなかったが、ワンバウンドでボールを拾い上げると、そのままバックホーム。ノーバウンドでキャッチャーミットにおさまり、2塁ランナーを刺し、アウトに。

この瞬間、横田本人も鳥肌が立ったという。

試合はおろか、練習でもノーバウンドで返球したことがなかったのに、プロ生活6年目の最後の最後に、生涯ベストプレーを見せることができたのだ。

「野球の神様」が舞い降りた伝説の試合は、ニュースでも大きく取り上げられた。

そして、「奇跡のバックホーム」はファンの記憶にこびりつくことになった。


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試合後、さらに感動が待ち受ける。

引退セレモニーが開催されたのだ。育成選手の横田の背番号は「124」だったが、引退セレモニーにために(1軍で活躍していた時の)背番号「24」のユニフォームが用意されていたのだ。

横田は涙が止まらなかった。

さらに、セレモニーが始まると、スコアボードには、かつてスタメンに名を連ねた2016年開幕戦のオーダーが映し出された。「1番高山、2番横田・・・」と。

すべての人からの愛を感じる。

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鹿児島実業高時代から誰よりも練習し、前2軍監督の掛布監督からも将来のホームランバッターと期待された選手だったが、人生は何が起こるか想定外なものだ。誰よりも野球が好きだった青年が、ボールが見えないということになろうとは。悔しかったに違いない。

24歳という若さで現役を引退し、地元の鹿児島に戻ったらしい。阪神球団のアカデミー(少年向けベースボールスクール)のコーチのオファーも断り、あれ以来ボールも握っていないという。野球人としての人生に区切りを付け、新しい人生を踏み出すという決意なのだろう。

「6年間のプロ野球生活でもっとも思い出に残っているのはどんなことですか?」という引退会見で、横田慎太郎は「病気をしてからの3年間です」と答えている。試合にも出れず、手術、抗癌剤治療、リハビリ…と、もっとも苦しい時期であったのに。


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人生、どんなことが起こるか分からないけど、それも人生なのだ。思い通りにならないのが人生。それでも、前を向いて「生きる」しかない。それが人生の新たな1ページを作り、振り返れば思い出になるかもしれないし、周りの人に影響を与えるかもしれないし、社会に足跡を残すことになるかもしれない。我々ファンにとって、横田慎太郎を忘れることがないように。

「どんなにつらいこと、苦しいことがあっても、たとえ小さな目標でもいいから、それを見失わず、がんばってほしい。」(P189)と本書の最後に書かれているが、この一文が本書のメッセージだと思う。

ご両親、球団、チームメンバー、ファン、そういった人の支えもあったから横田慎太郎も6年間の人生に彩りを添えることができた。大切な人を大切にして、依りそって生きていくことの大切さも教えてくれる本だった。