アイルトン・セナ

5月1日、アイルトン・セナの27年目の命日。享年34歳というのに改めて驚かされる。
私にとっての永遠の「英雄」。

F1のレースは、各レース約300kmを走る。1周4〜6kmのサーキットが多いため、約50〜70周を周回することになる。1周を約1分半で走る訳だが、単に1周を速く走ればいい訳ではない。アクセスを踏み込みすぎると、燃費が悪くなるし、タイヤが摩耗するし、マシンに負担をかける。ゴール間際で燃費切れになったり、タイヤがバーストしたりして、リタイアする選手は少なくない。

アイルトン・セナは、「音速の貴公子」と称されるほどの速さがありながら、1周あたり0.5秒〜1秒位の余力をもって走ることもあった。1周0.001秒を競うF1の世界で0.5秒〜1秒というのは、脱力レベル。しかし、セナは300km走った後はトップでゴールする。ライバルがどんどんリタイアする中、力を温存してでも完走する。

圧倒的な速さがありながらも、荒々しさがなく、虎視眈々と緻密にレースを組み立てるという「頭の良さ」と「美しさ」もあった。当時、中学生だった武田雄治は、そんなアイルトン・セナに惚れ込んだ。そして、ヘルメットを被っていない時の、アイルトン・セナの「自然体」の姿にも。

アイルトン・セナから、色んなものを学んだ。いまでも心の中にアイルトン・セナがいる。自宅にもアイルトン・セナの写真を飾っている。「頭の良さ」「美しさ」「自然体」。私にとっての英雄は、常にそういう人間だ。

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F1フリークになった影響で、クルマに興味を持ち、18歳で免許を取ってからは六甲山を攻めた。何度もF1のビデオを観て、「セナ足」を真似し、HONDAのインテグラ typeRのマニュアル車で山頂まで駆け抜けた。

死ぬほどビデオを観て研究したので、なんとなく「走り方」を心得ていた。直線でアクセス全開にしカーブでフルブレーキを踏む走り方ではなく、できるだけブレーキを踏まず直線の立ち上がりの速度を上げる方がトータルでは速く走れる。そして、荒々しいステアリングさばきではなく、助手席に生卵を置いて最後まで割らずに走るような滑らかな走りの方が速く走れる。

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その走り方は、我が人生にも活かされている。いまは色々あって仕事を抑えているが、ブレーキを踏んでいない。慣性の法則によりいつでも加速できるように心掛けている。力を温存しているが、最後まで完走する。「頭の良さ」「美しさ」「自然体」、どれひとつ欠けることのない人生を走り抜く。「頭が悪い」「ブサイク」「カッコつけ」という生き方だけは私の美意識に反する。どこまでも自分らしく自然体で生きていきたい。


アイルトン・セナ

(※ 写真はいずれもネットから拝借した)