52ヘルツのクジラたち
町田そのこ
中央公論新社
2020-04-21



52ヘルツという高音で歌うクジラがいる。他のクジラとは声の周波数が違うため、いくら大声をあげていたとしても、ほかの大勢の仲間にはその声は届かない。なのに、このクジラは誰にの届かない歌声をあげ続けており、「世界でもっとも孤独な鯨」と言われている。

声を発しているのに、誰にも届かない。そんな孤独なことはない。

人間の私も「52ヘルツの声をあげる一頭のクジラ」かもしれない。。。


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本年度の「本屋大賞」受賞作である『52ヘルツのクジラたち』を読んだ。第2章くらいまでは単調だったが、それ以降は引き込まれた。後半はページをめくる手が止まらなかった。

本書は、児童虐待や家庭内DVの被害者、さらには、トランスジェンダーといった声をあげられないような人の苦しみや辛さを浮き彫りにする作品。

小さい時に親から虐げられたような経験がある人は非行に走ることがある。これは「私に関心を持ってくれ!」「ひとりにしないでくれ!」という心の叫びともいえる。問題は、声を発することができない人や、声を発することを諦めた人だろう。こういう人は、自分を傷つけたり、死を選んだりする可能性がある。

本書は、そういった加害者、被害者、マイノリティが登場する。「諦めた人」も登場する。虐待や理不尽な行為により一度は奈落の底に突き落とされた彼らが、新たな出会いの中で、困難を乗り越えながら生きる力を取り戻していく姿を描く。

人生はうまくいかないことばかり。深い哀しみや苦悩を抱えて生きている人は多いと思うし、孤独を感じて生きている人も多いと思う。そういった方は、本書を読みながら、自分の人生とシンクロする部分が多いだろうし、涙なしには読めないかもしれない。しかし、「52ヘルツの声」を聴いてくれる人がいることに気付くだろう。世界でもっとも孤独なクジラの鳴き声も、ちゃんと誰かが聴いているように、自分の声も誰かが聴いてくれる。それは、自分が一歩踏み出して、他者の「52ヘルツの声」を聴くことでもある。声なき声に耳を傾け、自分から踏み出していくそこから新しい人生が始まるということを教えてくれる本だと思う。

本を読んで泣いたのは久しぶりだ。また読み返したい。