学ぶよろこび―創造と発見―
梅原 猛
朝日出版社
2011-03-12



自宅を引っ越しする前、引っ越しした後に、何人かの友が自宅に遊びに来てくれた。あらゆるモノを捨て、残ったのは5つの本棚(と、そこに収納される分の本)。その本棚を見た友から「哲学書ばっかりやな!」と言われた。言われるまで自分でも気づかなかったが、「もう読まない」と思う本を捨てていったら、残ったのが哲学・思想に関する本や、古典ばかりになった。やはり、数百年、数千年と読まれている本は、私も読み返したくなる。

残念なのは、良書が必ずしも売れる(増刷される)とは限らないことだ。初版で消えていく本も多い。電子書籍化されないことも多い。そういう本も捨てずに本棚に残している。

-----

その中の一冊、哲学者 梅原猛(1925-2019)の『学ぶよろこび』を読み返した(この本も絶版になった模様。残念)。

梅原猛といえば、若い頃(30代くらい?)から、鈴木大拙、柳宗悦、和辻哲郎、丸山眞男といった名だたる思想家・学者を片っ端から批判しまくったことが海外のメディアにも取り上げられ、国際的にも名が知られるようになったことでも有名。

古典を読んだ時に、何の疑いも持たず、それを礼賛するような態度を、梅原猛は猛烈に批判している。

本書に、哲学とは「巨大な仮説」を提供することと述べられている(P56)。この世に決まった哲学というものがあるわけではなく、「哲学する態度」があるだけである(P162)。それは、自分の頭で思索し、自分の哲学を完成させるという闘いであり、過去の思想をなぞることではなく新たな理論(原理原則)を構築することである。これは、エマニュエル・トッドが、思考とは、その「真理を求めるという戦い」と述べていたことに通ずる。

学問を芸術を並べて論じて、「過去のことに執着するようでは、駄目なんですよ」(P56)と述べている箇所が、本書で一番印象に残っている。

残りの人生、自分の哲学を完成させるという闘いに挑みたい。
楽しみながら。



なお、本書を読むまで、「山川草木悉皆成仏」が梅原猛の造語とは知らなかった。コトバが出ないほどの驚きだった。