受験生

上の写真は、世間が仕事納めに入ろうかという年末にスタバで撮ったもの。
私の前にいる人達も、左右にいる人達も、みんな大学受験生だった。朝からずっと居座っているのだろう。さすがに店員さんが声をかけていたが、受験生達は無視して居座り続けていた。

隣に座っている学生が開いている予備校テキストをちらっと見てみると、赤のマーカーを引き、緑の下敷きを上に載せて、ただひたすら単語、年号を暗記している。相変わらずの「理解なき暗記」。中学・高校の6年間って人生で一番楽しい時期ではないかと思うが、この貴重な時期にこんな有害無益な勉強を強いられている人達が可愛そうでならない。「そんな馬鹿げた事はやめて、恋愛しとけ!」と隣の席の人達に言いたくなる(言わないけど)。

そして今朝、新聞の朝刊に「大学入学共通テスト」の問題・解答が掲載されていたので、一通り見てみたが、いったい何を評価したいのか理解に苦しむ問題ばかり。これまでの「大学入試センター試験」が暗記型学習への偏りを招いたとの批判から、思考力をより重視する「大学入学共通テスト」が今年から始まった。が、いったいこれのどこが思考力を問うているのだろうか。そして、これらのテストに高得点を得ることにいったい何の意味があるのだろうか。高学歴を掴み、人気企業に就職したかといって、生活は安泰とはいえないし、幸せになるわけでもない。そんなことは今の学生も分かっていると思うが、いまだに昭和的な詰め込み教育や学歴偏重の価値観から抜けきれない大人の奴隷になっている子供達がスタバに溢れ、本当にコーヒーが飲みたい大人がスタバを諦める。地獄絵図だ。「高い学歴を得るために生徒、親、教師、社会が必死になって、塾などに頼るという異常な状況」(橘木俊詔著『教育格差の経済学』P199)はいつまで続くのだろうか。

先日、中学・高校の娘を持つ方から、「娘たちにどういう勉強を薦めたらいいのでしょうか? 公認会計士試験の勉強とかさせるべきでしょうか?」と聞かれたのだが、勉強はさせるものじゃないと思う。「まとまったお金を渡して、ひとり旅をさせたらどうですか?」と、真剣に回答しておいた。スタバで真面目に勉強するような子供を叱りつける親であるべきだと思う。親より高いコーヒー飲むんじゃねー! と。