先日、巷では「成功者」といわれる人たち数名と食事をした。集まった人たちの総資産は100億を下らない。会話は「教育」の話になった。それぞれが登ってきた道は皆違うが、ここにいる人たちは学生時代に優等生だった訳ではない。高卒の人もいた。むしろ「学校教育(義務教育)は無駄だった」と思っている人ばかりだった。

私はブログでも度々書いてきたが、日本の義務教育は教育ではないと思っているし、日本の教育者を信頼していない(すべての教育者関係者がダメだとは思わんが、総じて教育者としての資質などないと思っている)。封建的で横並びで、出る杭を伸ばすのではなく、個性を叩きのめす。特に、私の中学3年間は、最低な教育者のもと、まるで囚人にされたかのような苦痛の毎日を送っていた。運動場に二宮金次郎像がある学校に通っていたのだが、事あるごとに「講話」のようなものを読まされる。大人も子供も考えることを放棄し、道徳を他人任せにしている。そして、体罰、暴力が平然と行われる。「これのどこが教育なのか」と、中学生の頃から教育者を見下していた(だから教育者から徹底的にイジめられた)。

知人の薦めで、堀江貴文さんの『将来の夢なんか、いま叶えろ。 』という本を読んだ。この本も日本の学校教育(義務教育)を痛烈に批判しており、共感することばかりであった。

本来の教育とは、自分自身の決断のもとに行動する意思を養うものである(P37)。千代田区立麹町中学校の工藤勇一先生が、教育とは「自律」する力を身に付けさせていくことだ、と述べているのと同じだろう。私も、それが教育だと思う。しかし、いまの教育現場では反対のことが行われている。家庭でも学校でも、あらゆることに対して「○○してはダメ」と禁止事項を並べ、子どものやる気・没頭力を奪い取り成績も個性も「オールB」の子どもを作り上げる。戦前戦後から、子どもを偏差値・学歴で人を評価してきたが、そんなものはホリエモンに言わせれば「オワコン」(終わったコンテンツ)なのだ。

ホリエモンはかつて『すべての教育は「洗脳」である』という著書も上梓されており、ここで「旧態依然とした学校教育の中で、日本人は洗脳されて」おり、「自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳」が現場で堂々と行われていると書かれている。今でも状況は変わっていないだろう。洗脳されているから、それがおかしいと気付かない。ひとつのことに没頭することは「悪」で、「オールB」が評価されるシステムなので、本当にやりたいことも出来ないし、主体性も発揮できない。

ホリエモンは、子どもたちの可能性を引き出すため、通信制高校のサポート校「ゼロ高等学院」(ゼロ高)と学校を立ち上げたらしい。本書の後半も「ゼロ高」の話が書かれており、ゼロ高生7名が登場する。この7名を見て、主体性を発揮するというのは彼らのような人のことだと思ったし、自己実現はこの先にあるのだと思う。

今日の食事会で集まったメンバーは、全員が一般世間から見るとアウトローな人ばかりだし、変態ばかりであるが、なにかひとつのことに10年、20年とたゆまぬ努力をしてきた人ばかりでもある。偏差値や学歴や職歴なんかじゃなく、そういった努力の結果として高め続けた自分のバリューが人生の結果を作っていった。

古い価値観を捨て、「オワコン」を捨て、自分の才能の原石を磨き上げる努力をしなければ、そんじょそこらのジェネラリストで終わってしまうと思う。そういう価値観のパラダイムシフトを起こす必要があるし、そういう教育が必要だと思うし、そういう教育に携わりたいと思う。

「夢中になって、楽しい気持ちに罪悪感を感じることなく、遊び尽くせ!」(P230)

「やりたいことをやり尽くす。それが本当の勉強だ!」(P249)