物心がつく頃から人と話が合わないと思っていたし、幼稚園の頃から先生を困らせていたらしいし、小学校の頃から通知簿に協調性・社交性がないとか書かれていた。服装から髪型、言動まで人と同じことを強いる中学生時代は、心の底から教育者を軽蔑していたので、教師から虐められ、刑務所のような3年間を過ごした。

高校になって、少しだけアメリカの学校に通い、価値観が激変したと思う。あー、人と違うことは素晴らしいことなんだ、と。国籍も言葉も肌の色も年齢も思想も宗教もバラバラの人達が自分の意見を言い合い、喜怒哀楽を表し、その言動を称賛する。まさか高校の授業中にスタンディングオベーションを見るとは思わなかったが、あの時にスタンディングできずに呆然と座っていた自分を今でも情けないと悔やんでいる。

「人と違って当たり前」「人と違うことは素晴らしい」と、大切なことをサンディエゴで学んだ。

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大人になってからも98%の人と話が合わないが、確固たる意見を持っているのであれば、自分が批判されても尊重する。しかし、自分の意見を持たずに他人を批判する人とは友だちにはなれない。

ネットで「安倍やめろ」「安倍死ね」と書き込む ”アベガー” は、政治の批判ではなく自分の意見を述べたらどうなのか。特定の政治思想を持っているタレントが某社のTVCMに出たことに対し、ネットで不買運動を拡散した人や同調した人は、国籍も言葉も肌の色も年齢も思想も宗教が違うだけで自分の購買活動まで変えるほどに信念がないのか。

そんなことを考えていると、頭の中でブルーハーツのある曲が流れる。「生まれたところや皮膚や目の色で、一体この僕の何が分かるのだろう」という歌詞がある。この歌はそのあと、「運転手さん、そのバスに僕も乗っけてくれないか」と続く。そして「行き先ならどこでもいい」と。この曲がリリースされたのは、私が大人を軽蔑していた中学生の頃だ。アメリカの黒人解放運動に関心を持ち始めた時期と重なる。この歌はさらにこう続く。「こんなはずじゃなかっただろ? 歴史が僕を問い詰める」と。

黒人の公民権を与えた移民の国は難民の受け入れを拒む。

この世は「こんなはずじゃなかっただろ?」ということの繰り返しだ。息が苦しい。


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このコラム、非常に良い。
批判する人は、その対象をよく知らない人。自身の意見を持たない人。

批判する人達

(朝日新聞(2020/8/19)より)


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セミナーの前泊で福岡入り。

早く着いたので、はじめて長浜に行ってきた。ラーメン好きの友達から薦められた「長浜家」へ。これは私の好きな味だった。美味かった。


長浜家

長浜家


今日はラーメン屋を3軒くらいハシゴをしようと思い、替玉を我慢して別の店に向かったが、ビールを飲みたくて入った餃子屋で満腹になってしまい、ラーメンハシゴを断念した。セミナー前は無茶できない。

この世は「こんなはずじゃなかっただろ?」ということの繰り返しだ。胃が苦しい。


鉄なべ