私が師と仰いでいる人が2人のうちの1人、池田教授が今年4月に逝去された。家族葬で執り行われ、コロナで弔問もできないままだった。ようやく色々な状況が落ち着き、昨日、滋賀県にある池田教授のご自宅へ伺うことができた。

15年ものお付き合いをさせて頂いたが、ご自宅への訪問も、ご家族に会うことも初めてだった。奥様と娘さんと少しお話しすることができた。ガンが進行し危うい状況になっていたが、痛いとも、しんどいとも一切言わず、仕事への復帰を意気込んでいたという。「(仕事ができなくなったことは)無念だったと思います」と奥様。

「仕事のことは家で一切喋らない人なので、外でどのような仕事をしていたのか全く分からず・・・」と奥様も娘さんもおっしゃるので、池田教授がこれまでどれほど多くの経営者に影響を与え、そして、私の人生にどれほどの影響を与えたか、というようなことを簡単にお伝えした。池田教授には感謝しかない、ということも。驚かれていたが、喜んでおられたと思う。職人は家族の前では多くは語らないのだろう。容易に想像できる。

ご自宅のワークスペースも見せて頂いた。亡くなってからも一切触っていないというデスクの上には、読みかけの書籍が積み上がり、ペンケースはファスナーが開いたままだった。本棚には思想、哲学、歴史関連の本が多かった。松岡正剛の本も大量に収められていた。私がそういう本を読むキッカケを与えてくれたのも池田教授だったと思う。

「ノートもご自由に、ご覧下さい」と言って頂いたので、初めて教授の知的生産の過程を覗かせて頂いた。壮絶な知的編集の跡が残ったノートだった。大量の書籍・雑誌の切り貼り、付箋、スケッチ、落書き・・・それを編みながら、自分なりの解を求めていることを楽しんでいるような、そんなノートだった。

池田教授が残したもの、池田教授から学んだものは、これから私が世の中に広めていく、ということを奥様に約束し、ご自宅を後にした。この日の出来事は一生忘れない。

-----


天狼院書店_京都


池田教授との出会いが私の人生を変えたことは間違いない。自分の無知を知り、未知の分野の本も大量に読むようになった。

池田教授のご自宅の帰りに、どうしても寄りたい場所があり、京都四条に行った。「人生を変える書店」を自ら名乗る「天狼院書店」へ。未知の世界との出会いを求めに。

何冊かの本を買った。



祇園


書店のある祇園はガラガラだった。
外国人観光客も舞妓さんもいない。
まだ閉まっている店も多かった。

-----


鴨川_川床

夜は、鴨川沿いの川床で「偲ぶ会」が開かれた。
これまで池田教授が残してきたものを、どのようなカタチで社会に残し、世の中に広めていこうかという話になった。具体的にはこれから知恵を絞らなければならないが、私にその役割の一翼を担うことができるのであれば幸せなことだ。

最後に、池田教授の秘書から、オフィスに残っていたという教授のノート、資料などを頂いた。まさか、池田教授のノートを頂けるとは思ってもいなかった。これは嬉しすぎる贈り物。形見として大切にしたい。


LDSS_note