先日の「コロナで目標を失った人」というエントリーの中で、「人生は思い通りにならないもの」だということを書いた。

新居を購入した直後に転勤を命じられたとか、赴任先でロックダウンに遭ったとか、自宅が火事になったとか、婚約者が結婚してたとか、突然ガンを宣告されたとか、天災で亡くなったとか…身近にも不条理・理不尽を味わった人が多くいる。私も、今も過去も、散々な不条理に遭っている。

しかし、人生は所詮そんなもんだ。環境や社会の変化は予測不能であり、人生は不条理で理不尽なものだから、抗わず、逆らわず、川の流れに身を委ねて生きるのみ。

こういうことを何十回とこのブログに書いてきたので、時々「悲観的なんじゃないか?」と言われることがあるが、そうだろうか。自分の人生を、自分らしく、幸せに、楽しく生き切るために、意識的に、積極的に、そういう生き方・考えを選択している。どうにもならないことをくよくよ考えるよりも、幸せなことを考えている方が何倍も楽しいから。

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私は還暦はまだ先だが、出口治明さんの『還暦からの底力』という本を読んだら、出口さんも同じようなことを書いていた。

・・・将来何が起こるかは誰にもわからないので、川の流れに身を任せるのが一番素晴らしい人生だと常々思っています

だから、川の流れに身を任せて流されていくなかでたどり着いたその場所で、自分ができることにベストを尽くすことぐらいしかできません。
(P80)

出口さんにとって、ライフネット生命を立ち上げたことも、APU(立命館アジア太平洋大学)の学長に就任したことも、「川の流れ」であるという。

流れに逆らわず、チャンスや幸運な出会いが来た時に、瞬時にそれをつかむことができるかどうか、これが大切である。チャンスも出会いもなければ、しばらく流れておけばいい。

本書に、人生は喜怒哀楽は絶対値で捉えるべきで、「人生の楽しみは、喜怒哀楽の総量である」(P236〜、翻訳家小田島雄志さんの言葉)というようなことが書かれているが、これは共感できる。思い通りにならない時は、怒ることもあるし、哀しむこともある。しかし、怒りや哀しみが人生のマイナスではない。嬉しいことや楽しいことしかない人生は良いかもしれないが、味気ない。色んなことがあっての人生だと思う。絶望するような不条理な出来事も、人生というフィクションの1つの章であり、そこからまた想定外の展開が起こっていくのだ。その繰り返しで、最後には東野圭吾を超えるような物語が出来るかもしれない。だから、喜怒哀楽すべてひっくるめて、目の前のことを楽しめばいいと思う。

人生は楽しくてなんぼです。(「おわりに」より)。

まさに、No Fun,No Life ! だと思う。