卒業式

小5で明らかに親離れを見せ、小6で体型や声の変化と共に、自分の世界に入っていった。その頃から、目も合わしてこないし、挨拶もしてこない。「なんだかなぁ〜」と思うこともあるが、私も同じ頃、父親に対して同じ態度だったと思う。血は争えない。親離れのタイミングで子離れできない者を「毒親」をいう。私は父親業から身を引き、学校行事も野球の審判も、一切の参加を辞退した。他の家の父親と比較されようが、逃げるなと罵倒されようが、これが私なりの愛情表現である。

卒業式は開催が危ぶまれたが、何とか開催されることになった。ただし、保護者の参列は1名のみにしてくれという。私は「節目」とか「境目」をあやふやにすることがイヤなので、ここは譲りたくなかった。他人様のような子育てはしていないことは認めるが、ここまで息子には最も良い環境の中で不自由なく好きなことをやらせてあげたという自負はある。

式は例年より縮小したのだろう。あっけなく終わった。涙を流す場面もなく。最後に記念撮影だけして、そのまま息子は何も言わずにどこかへ消えた。私は仕事に向かった。

親や教師が教えられることなんて、たかが知れている。あとは自分で気づき、そこから学び、人間として成長していけばよい。傷ついた鱗を揺らしながら冷たい水の中を登っていけ。自分を超えろ。親を超えろ。常識を超えろ。大気圏を超えろ。そして社会に足跡を残せ。

in the human system