これは良い本! 面白かった。

プレーヤーにも、指導者にも、野球に関心ない人にも、大人にも子供にも、オススメ。

サブタイトルにもあるように、「一流と二流の違いとは」について書かれており、一流の人間になるための「原理原則」がまとまっている。

野村監督は、南海ホークスにブルペン捕手として入団したが、1年目のオフに解雇通知を受けている。試合で使ってもらって成績を残せなかったなら仕方ないが、使ってもらっていないのに解雇されるのは受け入れられず、必死の思いで頼み込んで解雇を免れた。そこから手が豆だらけになるほど素振りをし、一軍レギュラーの座を確保するが、稲尾和久にはいともたやすくひねられ続けた。そこで、稲尾の投球を撮影し、血眼になって研究する。そうすると、振りかぶった時、グラブの合間から見えるボールの面積が投球によって変化することに気付く。そこから一挙に打率をアップさせる。稲尾は、不思議そうにマウンドで首をひねっていたという(P26〜)。これが野村監督の「データ野球」(ID野球)の始まりなのだ。天才型ではなく、努力型。他者と劣る点があれば、努力により埋めていく(P57参照)。そうして、戦後初の三冠王を獲得する名選手となる。

指導者となってからも、緻密な努力を重ねてきた方だが、いわゆる「コーチ」というものがどういう役割なのかを考えた上で指導・監督している点は特に共感した。「技術についてハナから手取り足取り面倒をみることは、けっして愛情ではない」(P196)と言い切り、人間の意欲を引き出すことが「コーチ」であり、指導者の役割だと言う。技術よりも人間形成を重視している点も共感できる。本書の中でたびたび「人間的成長なくして技術的進歩はない」といったコトバが出てくるが、プロの世界においても一流と二流の違いはここにあると思う。

私は野球観戦が好きなので、かつては甲子園球場に何度も足を運んだし、全試合が観たいがためにケーブルテレビにも加入した。だが、最近は甲子園球場に行くことも、TVを観ることもなくなってしまった。応援が下品でダサいというのもあるが、プロ野球選手の見た目(茶髪、髭、ネックレス、ピアス、ガム)が気持ち悪い。野村監督も「野球選手がそのような行為に及ぶことを私は許さない」(P197)と言っている。いい年した大人が、子どもたちの前で、何たる態度で仕事をしてるんだと絶望的な気持ちになる。技術や実績では一流とされても、精神的に未成熟であれば、一流とはいえない。本書は、社会に足跡を残す一流の人間になるためにはどう在るべきかを教えてくれる。プロ野球選手を目指す息子にも読ませたいと思う。