私の留守中に、父がぷらっと孫の顔を見にやって来ることがある。その時に、手土産(?)として、読み終えた本を持ってくる。それが、単に、「捨てるのも何だし」と持ってきたものなのか、私に薦めたいから持ってきたものなのかは分からない。そういう本が私の本棚に何冊か眠っている。

先日、加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み終えた後に、「そういえば、本棚に特攻兵の本があったような…」と思い、取り出してきたのが本書『不死身の特攻兵』。父の友人の兄が特攻兵だった。

この本も、先日紹介した『独ソ戦』同様に、衝撃的な内容だった。

太平洋戦争で生き残った特攻兵にインタビューして編まれた内容。今の日本がどれほど平和かということを思い知らせる。

爆撃機に爆弾をくくりつけ、敵に体当たりするという特攻隊(特別攻撃隊)に多くの青年が駆り出される(はじめは「特殊任務」と言われ、体当たりの任務とは聞かされてなかったようだ。P42〜参照)。上官の命令には絶対服従である。その上官から「必ず死んでこい!」と特攻を命じられる。いくら国のためとはいえ、自分の命を捧げることができるだろうか。青年たちも苦悩する。生きて帰ってきたら「なぜ死なないんだ!」「この臆病者!」「特攻隊の恥さらしだ!」と激昂される。そうやって何度も何度も同じ命令をされ続け、罵られ続ける。自暴自棄になり特攻して死んでいく者もいる(P141〜参照)。そこまでする必要があるのか…という思いを持つ者も当然にいるが、命令に背くことは出来ない。これが「戦争のリアル」である。

このような「カミカゼ」を支えたものは何なのか。当時の青年は、祖国のために積極的に喜んで自分から「志願した」のだと書かれた文献もあり、それは戦後ベストセラーになり、翻訳もされた。それが、いまでも「カミカゼ」の根強いイメージとなっている。しかし、著者は、他の文献や特攻兵へのインタビューを通し、それは事実ではない(=嘘)だと述べている(第4章参照)。絶対服従の中、「本当は死にたくないんだけどなぁ〜」なんて言える雰囲気でもないのは容易に想像がつく。遺書ですら上官を経るというから(P219参照)、当然に「志願した」ように書くだろう。そういった遺書も後の書籍等のエビデンスになっている。

特攻への志願の度合は、実戦経験・技術的熟練度の高い者や高学歴者ほど「批判的」であり、年齢も学歴も低い者ほど「積極的」であったらしい(P226)。そういう人ほど、マインドコントロール(洗脳)しやすいというのだ(P221参照)。

驚いたのは、戦争賛成派の新聞の部数は大きく伸びる一方で、戦争反対派の新聞の部数はどんどん落ちるというデータ(P256)。日露戦争に反対していた新聞は発禁が続いて、最後には廃刊になったという。メディアが世論を熱狂に導き、戦争を煽ったともいえるのではないだろうか。

特攻隊の経験がある方が、あるインタビューを受けた際に、「死ぬことについて恐怖はなかったのか」と聞かれて、次のように回答している。
「ほんとうに死を恐れない人間がいるだろうか。特攻出撃までの日々は、苦悩そのものとのもう一つの闘いで、体験した者のみが知る複雑な悲痛な心境であった。私は本音を言えば死にたくなかったし、怖くなかったと言えばうそになる。しかし、軍人である。命令は鉄の定めだ。悲しい運命とただ諦めるより仕方なかった」(P285)

しかし、このインタビューに対しては、たちまち非難が乱れ飛び交ったという。「死ぬのが怖かったとは何事か!」「取り消せ!」などと(P286)。

ポツダム宣言を受け入れ無条件降伏した後、浦賀港に戻った特攻兵は、浦賀の一般市民から石を投げられた、という記述もある。「日本が負けたのは、貴様らのせいだぞ!」などと罵られたらしい(P158〜)。私は、ここの記述も胸を痛めたが、これが当時の「世間」空気なのだろう。この空気感は今もなお続いているように思う。どんな死であっても、死は痛ましいもので、命は尊いものなのに。

著者には『「空気」と「世間」』(講談社現代新書)という本も出されている。こちらはまだ読んでいないし、どんな内容か存じ上げなていないが、著者が関心を持っている分野が、そこにあるのだろう。本書『不死身の特攻兵』で著者が伝えたかったことは、「9回出撃して、9回生きて帰ってきた佐々木友次さんをたくさんの日本人に知ってほしい」(はじめにより)ことだと書かれているが、それを通して、この日本人の「空気」「世間」の疑問を解きたかったのではないか(本書の最終ページを見ても、そう思う)。

これ以上書くと、私も一般市民から石を投げられるかもしれないので、この辺で。