備忘的に。

●思えば昨年(2018年)の年末は、大きく感情が揺れていた。ちょうど1年前、「2018年を振り返る」で書いたように、知人に信じられない嘘を付かれたことが尾を引いていたのもある。経理代行会社を新設分割・移転するにあたり、引継ぎやら何やらに半年くらい忙殺されたのもある(社員に退職してもらうという業務は二度としたくないから、人を雇うビジネスは絶対にやるまいと改めて自分に言い聞かせた)。それ以外にもおかしなことが続いた。色んなことに疲れきって、顔面から笑顔が消えていたと思う。幸せとは、「笑い転げること」と定義している私にとって、昨年(2018年)は幸せとは言えなかったかもしれない。昨年末(2018/12/30)にぷらっと入ったラーメン屋の壁紙に『一笑賢命』と書かれていたコトバを次の年(2019年)の自分への課題にしようとノートに書き留めたくらいだ。一生笑って賢く生きる。いいコトバだと思った。

●では、今年1年『一笑賢命』だったのかといえば、そうでもない。人生は思い通りにならないことばかり。ストレスに晒されることが多かった。「いったい、これは何の試練なんだ…?」と絶望することもあった。どれだけ一人で飲んだだろうか。どれだけ現実から逃げただろうか。「起こることは全て正しい」と誰かが言ったが、そうであるならば、このストレスにどういう「意味付け」をしたらいいのだろうか。「デブとストレスは万病のもと」だと言ってる私が、ヤケ食い(ヤケ飲み)し、ストレスを溜め、コントロールを失ったこともあった。体脂肪率が7%から10%に増えた。いつ大病を患ってもおかしくない、とマジで思った。友から「ちょっと周りに振り回されてるんちゃう? 追い詰められる前に周りとの境界線どっかで引いた方がいいと思うで」(原文ママ)と助言をもらう。これは救われた。「周りとの境界線」を引き始めた。

●年末(先週)にビジネスパートナーと食事した際に、「今年は沢山笑ったねぇ」と言ってくれた。「えっ、そうだったっけ?」と思ったが、この一言は、今年言われて一番嬉しかったコトバかもしれない。思い返せば、確かに、腹を抱えて笑ったこともあった。
 人生いろいろ。つらいことも、悲しいこともあったが、そればかりではない。楽しいことも多かった。忙中閑あり、苦中楽あり、死中活あり。

●プライベート面では、出会いと別れが多い一年だった。新たな出会いも多かったが、懐かしい再会も多かった。数え上げたらキリがない。ひょんなことから、大学1年生の時に付き合っていた2つ年下の女性とも二十数年ぶりに再会した。1mmも変わったところが見当たらないほどに昔のままだった。
 彼女に「あなたは大学生になった時から、将来は公認会計士になると言ってたわよ」と言われた。全く記憶にない。私が公認会計士を志したのは、周囲が就職活動を始めた大学3年生の終わり頃だと思っていた。就職活動に乗り遅れたから、消去法的に公認会計士を志し、大学4年から大原簿記専門学校に通い始めたと思っていたし、書籍やインタビュー記事でもそのように書いていたと思うが、「事実誤認」だったようだ。
 歴史というのはいい加減なもんだと思う。世界史すら都合の良いように歪められるのだから、自分史なんて簡単に歪められる。私は以前「人生はフィクションだ」と書いたことがあるが、一言付け加えるならば、「人生は都合が良いように編集されたフィクションだ」。記憶の断片をたどって、自分が自分らしくあるために、都合の良いストーリーを編んでいく。「想い出」とは縫い物のようなものかもしれない。そう考えると、これからの人生だって、都合が良いように編んでいけばいい。『マチネの終わりに』に書かれていた、「未来は常に過去を変えているんです」というコトバを思い出した。人生は都合が良いように編集していけばいいのだ。

●ちなみに、上で書いた、私に信じられない嘘を付いた知人にも1年ぶりに再会することができた。何があったのか事実を聞くことはできた。その事実も、都合が良いように編集されたものかもしれないが、私が納得できるものだったからそれでいい。謝罪も受けた。人生いろいろだ。お互い深く傷付いた。お陰でお互い哲学者に近づいた。
 怒りというのは、相手に対する期待があるから起こる。相手に期待してなければ、怒りが生じることはない。サマセット・モームの本「これまで見た中で、首尾一貫とした人は誰一人としていなかった」というようなことが書かれていたが、これは至言であると思う。人徳があり深みがあり濁った所が見えない人間でも、浮遊物であり沈殿物でありミジンコである。「完全なる善」の体現者なんてこの世にいない。完璧に道徳的な人間もこの世にはいない。誰しも過ちを犯す。私はこれを「浮遊物理論」と名付けている。倫理に反する言動を肯定する訳ではないが、人は過ちを犯しながら、傷つき、傷つけながら生きていくものだ。

●仕事面では、新刊書「『経理』の本文」を年内に上梓できたことが最大の成果か。売れすぎて、増刷・流通が追い付かないということを初めて経験した。毎日のように感想のメールやSNSへの投稿がある。経理部全員分を購入してくれた上場企業の経理部長もいた。出版記念セミナーには全国から多くの方がご来場頂き、サイン会には長蛇の列が出来た。三浦瑠麗さんのサイン会に行った時のような、有名人にでもなったような、妙な気分だったが、この時ばかりは『一笑賢命』にサインをし、限られた時間であったが、ご来場者とお話しをさせて頂いた。楽しい1日として記憶に残った。

●仕事の話を続けると、以前「第10期の決算日を迎えて」というエントリーで書いた通り、今期(2019年度)、過去最高売上、過去最高利益を更新したが、独立15年、法人化10年の年ということもあり「ひとつの区切り」にしたい。長期契約をしているクライアントもあるし、社外役員もやってるので、完全に休養する訳にはいかないが、来年度から売上を求めることはやめる。少し休みたい。ビジネスパートナーから、「毎年、年末になると『来年は休みたい』と言ってますよ」と言われたが、来年こそ休む。
 「休むのは老後でいいじゃないか」「働けるうちに働けよ」といわれることもある。肉体的な問題ではなく、精神的な問題なのだ。はっきり言う。私とクライアントとの良好な関係を、クライアントの監査法人に潰されることに嫌気が差した。ただそれだけ。今年に限ったことではない。独立してから15年間、ずーーっと監査法人に潰されてきた。同じ業界の人間として許せない。徳の欠片もないことを平然としているから、業界全体に不信感や懐疑心が消えんのだ。監査法人と対峙するような仕事はまっぴらごめんだ。クライアントの期待を超え、クライアントの経理部を変え、それを通して社会に足跡を残したいという志が消えることはないから、これからもクライアントから要望があればそれには応えていきたいが、倫理観の欠如したミジンコ未満の人たちと関わるようなことは私の生き方に反する。これからはブラック・ジャックのように生きていく。「私が武田だ」という生き方を貫いていく。

●最後に。今年、十数年ぶりに上田紀行著『生きる意味』を読み返した。この中で、今は「モノの時代」ではないし、数字や効率性を追い求める時代でもない、「人生の質」(Quality Of Life)を追い求めるべきである、というようなことが書かれていた。寿命を伸ばすために延命措置を取りながらベッドでの生活を何年も送るより、寿命が短くても健康でQualityが高い生き方をする方が良いじゃないか、という内容は、私にとってパラダイムシフトだった。何のために数字を追い求めているのだろうか。それよりも、愛のままにわがままに生きていくべきじゃないだろうか。2020年は、そういう年にしていきたい。

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独り言はこれくらいにしておきます。

今年はこのB面ブログのアクセス数が増えました。
「いつもブログを見てますよ」と声をかけてくれる人は以前から多かったのですが、「B面ブログを見てます」「B面ブログの方が好きです」と言ってくれる人が増えてきました。私の暇つぶしに貴重な時間を割いて頂き、本当にありがとうございます。アクセス数が増えることは、気持ち悪くもありますが(笑)、嬉しく思っております。本年もこんなB面ブログをご覧頂き感謝申し上げます。

来年もすべての皆様が笑顔の1年となりますように。
皆様に心からの感謝を込めて、今年最後の投稿とさせて頂きます。
それでは、また明日 (^^)

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●今年行って良かったホテル:
 The Okura Tokyo
 シェラトン都ホテル東京
 シェラトン グランド ダナン リゾート
 The St. Regis Osaka
 The St. Regis Bangkok
●今年行って良かった飲食店:
 東京帝国ホテル「ラ・セゾン」
 丸の内「イル ギオットーネ」
 銀座「FALO」
 三越前「ラ・ボンヌターブ」
 内神田「利三郎」
 赤坂「金舌」
 バンコク「SanehJaan」
●今年行って良かった観光地
 ホイアン(ベトナム)
 姫路城
 名古屋城
 八芳園