「対人関係のトラブルの多くは、人の課題に土足で踏み込むこと、踏み込まれることから起こります。」
(岸見一郎著『哲学人生問答』(講談社)P50より)


心理学者アルフレッド・アドラーは「人間の悩みはすべて対人関係の悩み」だという。大ベストセラーになった『嫌われる勇気』で、このアドラーのコトバを知った時、「そ〜だよなぁ〜」と思った。「対人関係」がなければ、悩みなんてない。

けど、「対人関係」なくして生きてはいけない。だから、本書は、「対人関係」の中に入っていく勇気(嫌われる勇気)を持て、と提言する。

この『嫌われる勇気』の著者である岸見一郎氏の新刊書『哲学人生問答』に、上のコトバが書かれていて、これも「そ〜だよなぁ〜」と思った。

私には私の思考があり、私には私に生き方があり、私には私の哲学がある。私の人生、私の領域にズカズカと土足で踏み込まれることは、どんな相手であれ望まない。トラブルというよりも、ストレスだ。

私の両親は、私に「勉強しなさい」とか「ゲーム止めなさい」とか言ったことはない。一緒にゲームに夢中になったくらいだ。私が「アメリカ行きたい」とか「会計士の勉強したい」と言った時は、「我が子とは思えん」と絶句されたが、認めてくれたし、応援してくれた。親が自分の意見を押し付けてきたことがないが、私の意見は聞いてくれたし、採否も私に任せてくれた。そうやって私は少しずつ「大人」になれたと思う。

アドラー心理学には「課題の分離」というコトバがあるらしい。最終的にそれは誰の「課題」であり、最終的に誰が「責任」を取る問題なのかをはっきりさせなければならない。子どもの「課題」は、親の課題ではない。私の「課題」は、あなたの課題ではない。「課題の分離」をしないからトラブルが起きる。

本書に良い事例が載っていた。「勉強するかどうかは子どもの課題なので、親が踏み込んではいけない」というと、そこは理解してくれる親はいるが、じゃぁ、「親が子どもを自立させなければ!」と思うらしい。著者はいう。「(これの)どこが間違っているかわかりますか」(P138)。

「自立させなければ!」と思う時点で「自立」ではない(著者は「他立」といっている)。勉強嫌いの子どもが多いらしいが、(勉強嫌いなのは当然のことだと思うが)根本的な原因は、親や教育者が「課題の分離」ができていないことにも原因があるんじゃないだろうか。子どもの「課題」は、あなたの課題ではない。「〜しなさい!」といわれて素直に聴く人間ばかりじゃない。

人には人の思考があり、人には人の生き方があり、人には人の哲学がある。
そこに土足で踏み込まれるのはお節介以外のナニモノでもない。

人の思考を尊重し、人の生き方を承認し、人の哲学を傾聴する人間でありたいと思う。