先日(11/11)、なんとなくTVを付けたら、日テレの『人生が変わる1分間の深イイ話』という番組がアグネス・チャンに密着していた。

「お〜、アグネス・チャン! 久しぶりやん!」と思って見ていたら、これが、タイトル通りの「深イイ話」な内容で、最後まで見惚れてしまった。番組では、アグネス・チャンの子育て論、教育論を紹介していた。

この番組を見て初めて知ったのだが、アグネス・チャンには3人の息子がおり、3人とも名門スタンフォード大学に合格させている。そして、アグネス・チャン自身もスタンフォード大学教育学部の博士号(Ph.D)を取得している。

(※ ちなみに、世界の大学ランキングでスタンフォード大は4位、東京大学は36位)

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番組終了後から、本書『スタンフォード大に三人の息子を合格させた 50の教育法』がamazonのベストセラーランキングTOP100にずっとランクインしていた。番組等で話題になり、突然ランクインした本は、1週間もすればランク外に落ちることが多いと思うが、この本は数週間もの間、TOP100に入っていたのではないだろうか。売れ続ける本は、きっと良い本に違いない。興味が惹かれ、ようやく私も本書を読んでみた。

番組同様、感銘を受けた。自分の子どもが生まれる前に出会っておきたいと思った。

子育て・教育に対する確固たる理念・信念を持ち、決して勉強を押し付けることなく、主体性を発揮できるように注意深く観察し、子ども達に寄り添い、子ども達の存在を絶対的に承認尊重し、子ども達の無限の可能性を信じ、言動を肯定し励まし、自信を持たせ、個性や才能を開花させる

コーチングそのものだと思った。

「お説教」に8時間かけたこともあるというし(P51)、寂しい想いをさせた子どもに会うために3時間走った車をUターンして、再びに会いに戻ったこともあるという(P226)。どんな時も、思いやり・献身・自己犠牲をもって子ども達と接する「無条件の愛」を激しく感じる。これほどの愛をもって人と接する人がいるものかと。

以前、工藤勇一著『学校の「当たり前」をやめた。 』(時事通信社)の書評にて、このようなことを書いた。
「愛情」と「教育」、「躾」と「教育」の境目は難しい。これらを履き違えると、子どもの「自律」を育むことと真逆のことに陥ってしまう。過干渉が教育の目的を骨抜きにする。

私は、子育てや教育の最大の課題は、「愛情」と「教育」の履き違えを大人が気付くことだと思っている。

アグネス・チャンのこの本を読んで、最も共感したのは、(子どもに対してこれほどの愛をもっていながらも)「友達のような親子関係は望みませんでした」「親は親。子は子。」(P54)と、はっきりと境界線を付けている点。親に対する暴言や、人を傷付けるようなことは絶対に許さず、親に対する態度や礼儀には厳しい家庭だったという。

最近は、親を自分と対等の関係であるかのように誤解している子どもがいる一方で、必要なときに、きちんと子どもに注意したりすることのできない親が増えています。
(略)
仲がいいのはいいことですが、子どもに勘違いをさせてはいけません。(P55〜)

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苫野一徳の『』という本に、愛は「情念であると同時に理念である」と書かれていたことを思い出した。愛は、湧き上がってくる「情」であるだけでなく、理念的なものであり、意志しうるものなのだ。子どもに限らず、人を愛するということは、恋に落ちたり、あらゆる欲望を充たすことだけではない。意志をもって誰かを愛するという理性の力が必要となる。苫野氏は、「無条件の愛」とは、誰かを愛するのに条件は必要ないという意味ではなく、ひとたび誰かを愛してはじめて、その愛に条件などないと意志しうるものだ、という。

親は子どもに対して「無条件の愛」を注ぐものだと思うが、そこに教育者としての「理性」や「意志」も絶対に必要だと思う。そこがテキトーになっているから、家庭や学校で様々な問題が生じるんじゃないだろうか。

アグネス・チャンの本を読んで感じたのは、(見た目の美しさに反する)自分への厳格さだった。