この世に生を授かったのも、日本人として生まれたのも、きっと何か意味があるんだろう。人生に目的はないとしても。歴史をさほど勉強してこなかった私も8月になると歴史モノの本を読み返すし、色々と考えさせられる。

長い人類の歴史を振り返ると、常に国家間・民族間・宗教間で武器や武力を使って領土・権力の奪い合いをしてきた訳だし、常に異人種や異性に対して(性)暴力により他者を支配し、欲望を充たしてきた訳で、人類の歴史そのものが戦争や暴力の歴史なんじゃないかと感じる。20世紀になって科学が発達し、化学兵器や核兵器が出てきて大量殺戮が可能となったが、戦争や暴力自体はサピエンスの時代から行われていたことではないんだろうか。自分の縄張りを犯す者は攻撃の対象であり、それはイエ・ムラ・夫婦といった単位でも同じことだ。

だから、道徳的に戦争や暴力は良くないと分かっていても、進化論的にみれば地球上からなくなることはないと思う。

「わたしはわたし」(=他人は他人)というエゴイズム的な生き方は大いに結構だと思う。私もエゴイストだから。でも、何の罪もない一般人を巻き込む戦争や暴力はすべきではない。科学技術の発達に伴って人間の倫理観も発達しなければ、過去の「過ち」を繰り返すことになる。「戦争を知らない子供達」の世代の我々は、戦争を体験したおじいちゃん、おばあちゃんから原体験を聞くことも大切かもしれないが、それ以上に大切なことを自分のお母さんから何度も何度も教え込まれているんじゃないだろか。

それは、「自分がされて嫌なことは人にするな」というシンプルな教え。

争いはきっとなくならない。けど、不条理なことや理不尽なことはなくなって欲しい。

自分がされて嫌なことを、しないで欲しい。

終戦記念日に、そんなことを考えた。

万人が幸せでありますように。



本日の仕入れ物。

暴力と不平等の人類史: 戦争・革命・崩壊・疫病
ウォルター シャイデル
東洋経済新報社
2019-06-07