東京某所。
暑い中を歩いていると、小泉進次郎氏と滝沢クリステル氏が結婚するという噂を聞いた。芸能ニュースなんて全く興味がないが、今回ばかりは直ぐにスマホを開いてヤフトピをチェックした。

何を思うかは人それぞれだと思うが、私は、これを超える「愛」はないと感じた。

結婚への思いについて小泉氏は「政治バカの私が、クリステルさんといると政治という戦場から離れることができて、自分自身がもたれかかっていいようなそういう無防備な自分に、“政治家”小泉進次郎から“人間”小泉進次郎というふうにさせてくれる、そんな存在だった」と説明。結婚の決め手については「理屈じゃないですね、こういうのって。理屈を超えている」と語った。
([出処]AbemaTV/『AbemaNews』より)

一方、クリステルさんは「いつも緊張感を持った毎日なので、彼の素の自分が出せる場を作れるかということが一番大事なことだと思っていた。お付き合いをする中で、そういったところを引き出すことが自分自身、時間を重ねる中でできていったので、新しい面、リラックスした面が見え、ありのままでいられるお互いがいい関係だと思っている」とした。
([出処]同上)

ここ数日、どういう訳だか、「愛」をテーマにした本を乱読していた。色んな人が色んなことを書いている。ということは、定義は一つではない。自分なりの定義付けをしていい。

私にとっての「愛」とは、ひたすら相手を思いやる気持ちだと思ってる。そうでないのは愛ではなく、偽善であり、自分勝手だと思う。だが、偽善が多い。自分勝手が多い。それにより、傷つけ、傷つけられる人も多いんじゃないかと思う。愛の欠如がトラブルを引き起こす。

小泉氏の言う、結婚の決め手が「理屈じゃない」というのは大いに共感できる。ホントにその通りだと思う。滝川クリステル氏のいう「ありのままでいられる関係」にも大いに共感できる。本当の愛とはそういうものだと思うし、そういう相手と出会え、存在を承認してもらえることが本当の幸福だと思う。

人生も理屈じゃない。出会うべき時に、自分がありのままでいられる人と出会うんじゃないかと思う。


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