HBDタケダさん


今日は誕生日だった。
昨夜から今日にかけて、ホントに多くの方からお祝いのメッセージを頂いた。小学校、中学校、高校の同級生からもメッセージが届いたのは素直に嬉しかった。毎年お祝いのメッセージをくれる人もいる。つくづく幸せ者だと思った。

これまで何度か書いてきたことではあるが、私はこれまで人間関係がうまくいかず、傷だらけになってきた。傷というものは癒やすことができても、消えることはない。傷を負いたくないという防衛反応があるから、人間関係を避けて生きてきた。私は、岡田尊司のいうところの『人間アレルギー』であることを自認している。生きづらさも、孤独感も、心を濁らせるネガティブな感情も、元をたどれば「人間アレルギー」に由来する。

若い頃(?)はそういうことに悩んだこともあったが、最近は「どーでもいい」と思ってきた。理由のひとつは、歳を重ねるごとに「死」に近づくという紛れもない事実を意識するようになったこと。もうひとつの理由の方が大きいが、所詮、誰しも「別個の人格」だと思うから。どれほど身近な人であろうが、どれほどの献身的な努力をしようが、他者のことを完全に分かりあえることなんてない。

「死」というものは、生まれてから老いていくというプロセスの最終地点にくるものではなく、ある日突然やってくる。今読み返している中島義道『哲学の教科書』にも、「今日寝ても、明日の朝に目が覚めるとは限らない」というくだりがあるが、人生はいつ終わるか分からないから、その時その時(いまここ )を全力で楽しまなければならないと思う。「No Fun, No Life!」を掲げているのは、本当にそう思うから。

38億年の人生の歴史を365日とすると、80年はたったの0.6秒、100年はたったの0.8秒に過ぎない。我々はこの世に生を授かったが、多くの人が人類の歴史の0.8秒という一瞬しか時を刻むことが出来ない。そう考えると、悩むことすらアホらしくなってくる。

そして、0.8秒という歴史の中に自分の足跡を残そうと考えた時に、他人の価値観に迎合して生きていくよりも、自分の中心軸をブラさずに生きていくことが大事だと思うし、自分の哲学を完成させるための絶え間なき闘いに挑むべきだと思う。

茨木のり子の詩ではないが、倚りかかるとすれば、それは椅子の背もたれだけ。他のモノには倚りかかりたくはない。しかし、いつも一人で生きていける訳でもない。いつも誕生日のたびに、多くの方からお祝いのメッセージやプレゼントを頂けることは、素直に嬉しいし、「感謝」の意味を噛みしめる。振り返れば、ほどよい距離感で私を支えてくれ、時には背中を押してくれ、時には手を引いてくれる人がいる。そういう人たちを大切にしなければならないと、毎年誕生日のたびに思う。


以下、沢木耕太郎『深夜特急』第5巻P182〜より抜粋。

(古代スパルタの廃墟で会った老人と)
・・・彼はアメリカ人で、ニューヨークの大学で教鞭をとっていたが、16年前に引退してギリシャに渡り、以来ずっとここに住んでいるということだった。そして、この国もインフレになっているがまだまだ少ない金で暮らせるということや、アメリカではできない静かな生活がおくれて気に入っていることなどを話してくれた。

異国に暮らして不自由なことはないのですか。私が訊ねると、彼は自信に満ちた口調で言った。何も不自由はしていない。なぜなら私にはテレビも必要ないし、新刊書も必要ないからだ。ただ、昔読んだ古い本を読み返していればそれでいい・・・・・・。

(略)
ふと、古代スパルタの廃墟で会った老人の顔が浮かんできた。(略)彼もまた人だけは必要としていたのではなかったか
そのとき私は、自分が胸のうちで、彼もまた、と呟いていたことに気がついたそう、彼もまた、と・・・・・・