どうしても「許せない」人 (ベスト新書)
加藤 諦三
ベストセラーズ
2008-01-09



感情をもつ人間である以上、「絶対に許せない」「死んでも許せない」ということは、いくらでもある。
(略)
だから、人間である以上、「絶対に許せない」ことがあるのは自然なことだ。
(略)
しかし、つらいことを乗り越えてそのことに向き合うことは重要である(P126)

心理学者 加藤諦三氏の本は何冊か読んできたが、どれも気付きが多く、参考になる。

「許せない人」がいることに対して、「許せ」「忘れろ」と書いている本もあるが、私はしっくりこない。それが簡単に出来るなら悩みなどない。「喜怒哀楽」があれば、「許せない」こともあるのが当然ではないか。本書では、序章から「『許せない』と思うことは心理的に正常である」(P8)と述べている。但し、「許すべき人」と「許してはいけない人」があり、「許してはいけない人」として、人を騙す人などを挙げている(P6)。

著者 加藤諦三氏は、人を騙す人とは、以下のような者だという。

●騙す人は自分のことしか考えていない(P83)
●それでいて自分がひどいことをしているという意識はまったくない(P83)
●自分が騙した人がどれだけ傷つき、苦しみ、滅びていっても、何も感じない(P84)
●人に同情するということは一切ない(P84)
●彼らにとっては他人は人間ではなく、ものなのである(P84)
●(彼らにとっては)蟻を潰しても、大きな動物を殺すほど心は痛まないのと同じこと(P80)
●騙す人は普通の善良な人の感覚がない(P80)
●人を騙す人に幸せな人はいない(P82)

こういう者を「許せない」と思うのは、上述の通り、正常なことである。この時に大切なことは、「許す」ことではなく、「憎しみを乗り越え、命をまっとうすること」である(P89)。憎しみや復讐のために自分の時間・人生を無駄にしてはいかない(P146〜)。憎しみの感情をコントロールできるかできないかで人生は決まる(P173)。

著者は、このように述べている。
自分を騙した人を憎んでいるうちはまだ地獄である
憎しみがなくなって、心が落ち着いたとき、はじめて自分が「地獄にいた」ということが分かる。地獄にいるうちは自分が地獄にいるということが分からない。

そして、それを乗り越えて、はじめて自分を騙した人を心の中で断ち切ることができる
心底「あんな人はどうでもいい」と思える。無理なく「あの人は自分とは関係のない人」と感じる。感情的に離れることができる。
(P8〜)


また、このようにも述べている。
自由とはしたいことをすることではない。
(略)
大いなる自由とは、深く傷つき、生涯復讐の鬼となって生きるだろうと思われていた人が、その憎しみを乗り越えて、今を生きられることをいうのである

人間の自由とは、どこまでその憎しみを乗りこえられたかということである。
自分だけが自分の人生を決めることができる
(P151)

この憎しみを乗り越えるのに大切なことは、それに対する「意味付け」であろう。
(※ これについては、先日、上田紀行著『かけがえのない人間』の書評において、「怒り」について書いた時の話とも通じる)

なぜそのようなことが起こったのか、自分に弱みがあったのではないのか、自分の側にも問題があったのではないか、被害者意識になっているだけではないか、これを学びに代えることはできないのか…といったことと向き合わなければならない(第5章参照)。

ここで、我々が気を付けなければならないことがある。それは、「許せない」という思いが、相手が自画像と合わないことや、相手が自分の要求通りに従わないことによる、神経症的な怒りや、欲求不満的な怒りになっていないかどうか。世の中には、こういった神経症的傾向が強い人がたくさんいる。こういう神経症的な人が「許せない!」と言っているケースがあるが、こういうケースの場合、「許せない」という怒り自体を改めなければならない(P98)。怠ける子どもに叱り付けたり、欲求不満から異性に怒りをぶつけたり、淋しさを回避するために人を支配したり、相手の気持ちも考えずに正論をぶちまけたり・・・といったエゴイスティックなことを自分がやっていないだろうか。こういう場合は、「自分が変わる」ということが必要である(第4章参照)。

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人生は不条理である。思い通りにならないものである。
生きていけば、怒ることもあれば、許せないこともある。

私も、これまでの人生において、どうしても許せない人間が数名いる。人を騙すといったレベルではない酷い裏切り行為、邪悪な行為で私の心の安らぎを奪っていった者がいた。「許せ」と言われて許せる訳がない。

こういう「許せない人」のことを、忘れるのか or 忘れないのか、許すのか or 許さないのか、復讐するのか or 復讐しないのか、裁くのか or 裁かないのか・・・、正しい方法なんてない。大切なことは、仮に自分が破壊的な状況に追い込まれたとしても、精神面まで破壊されないことだ。著者がいうように、悔しさや憎しみや怒りを心の中で乗り越えなければならない

本書は数年前から私の座右の書のひとつであった。「許せない人」により感情が乱されそうになるたびにこの本を開いた。そして、私はこの言葉に何度も救われた。

騙される人は悔しくて眠れぬ夜を過ごすことがあるかもしれないが、心の底から笑うときもある。だが、騙す人は心の底から笑うときがない。(P81)

実際にその通りだと思う。

ひどいことをするヤツはいる。

そういうことをするヤツの気持ちを考えてあげられる「心のゆとり」をもっておきたい。

どんなにひどい虐待を受けても、それが外に現れずに、明るい顔をしている人が、将たる器なのである。(P129)




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