12年ぶりに再読した。

昨日紹介したい酒井律子『<いのち>とがん』(岩波新書)は、「生きるとは」「死ぬとは」を考えるきっかけになった。この本を通して、正常細胞やガン細胞といった話を学ぶと、新たな疑問が沸いてきた。「生命とは」なんぞやと。

12年前に読んだ時も、嫉妬するほどに面白いと思ったが、再読しても思うことは同じだった。嫉妬するほどに面白い。生命科学最大の問いである「生命とは」なんぞやという答えを探す分子生物学者の格闘をダイナミックに描く。

ちなみに、本書は、第1回新書大賞を受賞し、65万部を超えるベストセラーに(wikipediaより)。

めちゃくちゃ長い人類の歴史の中で、遺伝子の本体がDNAで、そのDNAの二重らせん構造を解明し、「生命とは、自己複製を行うシステムである」とひとつの答えに到達したのは1950年頃の話。さらに、別の科学者により、生命とは(分子レベルでは)絶え間なく破壊され、入れ替わる「動的な状態」(dynamic state)であるという別の概念を示す(福岡ハカセは、この概念を拡張し「動的均衡」(dynamic equilibrium)という概念を示す)。私たちは、爪や毛髪が絶えず新生し古いものと置き換わるように、身体のありとあらゆる部位(臓器も組織も骨も歯もタンパク質も体脂肪も)は絶え間ない入れ換えが行われている。

よく私たちはしばしば知人と久闊(きゅうかつ)を除するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。(P162〜)


壊れただけを修理するのではなく、すべてを絶え間なく壊し続けながら、もとの平衡を維持している。それが一定の閾値を超えるとある種の異常(病気など)として表れ、修復しきれない時点で死を迎えるが、多少の欠落であればそれを埋め合わせようとうる「滑らかさ」「やわらさか」を持っている(P264、P265参照)。生命は、機械のように部品を抜き取ったり、交換したりすることはできず、「時間」の流れに沿って進むしかない不可逆性があるなかで、動的(dynamic)なバランスを取っている

本書でとても印象に残っているのは、「正常さは、欠陥に対するさまざまな応答と適応の連鎖」(P271)というコトバ。正常とは、異常がないことではない秩序を守るために、絶え間なく壊されながら、持続的に変化しながら、バランスを保つことだ

人生そのものじゃないか。