司法試験の「伊藤塾」の塾長、伊藤真先生の講演か何かで聴いた話。

伊藤真先生が学生の頃、外国人の友人からこんなことを聞かれた。

友達 「日本国憲法でいちばん大事なことは何だい?

伊藤 「国民主権、基本的人権の尊重、平和主義だよ。」

友達 「3つも要らないよ。いちばん大事なことは何だよ?

伊藤 「いちばん…といわれても、これが『3原則』なんだよ。」

友達 「お前、日本人なのに、日本国憲法でいちばん大事なことも言えないのか?

日本国憲法でいちばん大事なことは、『3原則』だと思っていた人、もしくは、憲法第9条(平和主義)だと思っていた人もいるかもしれない。私もその一人だ。しかし、憲法で最も大事なものは「個人の尊重」(第13条)なのだ。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義は『3原則』であるが、その土台に「個人の尊重」がある。

つまり、「すべて国民は、個人として尊重される」ということが日本国憲法でいちばん大事なことなのだ。

そして、13条を求めた後に、日本国憲法は14条で「法の下の平等」を保障する。ここで「法の下の平等」を保障するということは、「平等」という概念が必要だからだ。人は皆同じだから平等に扱わなければならないのではない。人は皆同じであれば平等権などを保障する必要もない。人は皆違うからこそあえて平等権を保障しているのだ

つまり、日本国憲法は、人は皆違うことを前提に、人と違うことは素晴らしいということを最も大切にしている。

はじめてこれを聞いた時は、目から鱗が落ちた。

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しかしながら、日本の教育システムは、憲法とは真逆のことをやってきた。

以前も書いたが、我々は「人間はみんな同じ」「人間はみんな平等」という教育を受けてきた。しかし、それは大きな誤りだ。本来は「人間はみんな違うものだ」「差があることが当たり前なんだ」という教育をすべきなのだ。

6+3+3=12年間は、「考え方」ではなく「やり方」ばかり教えられ、暗記力と記憶力を試され、偏差値で秤にかけられ、総合評価の良い生徒が「天才」といわれる。ちゃんちゃらおかしな話だと思う。「他人との比較」ばかりの教育システムが、出る杭を打ち、個人の「才能の原型」を潰し、「自分らしさ」を見失せる。

先日のイチロー選手の引退会見で、子どもたちへのメッセージとして「自分が熱中できるもの、夢中になれるものを見付けて欲しい」といったことを言っていたが、子どもだけでなく、大人だって、好きなことに夢中になるべきだと思う。

夢中になれるものを、継続する、習慣にする。それが、その人の「価値」となるのではないか。人々に「感動」を与えるのではないか。

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今のコンサル業を終えたら何をするかは朧気ながら考えているが、何らかのカタチで「教育」に携わるだろうと思う。自らの「才能の原型」と「自分らしさ」を発見し、それを磨いていくことで、自分の未来は思い通りに創造できるということを、子どもたちや若い人に伝えていきたい。それを通して、社会に足跡を残せればと思う。