今でもこんな働き方をしているのかどうか分からないが、私が監査法人に勤務している時に、某クライアントの監査時間は朝10時〜翌朝3時だった。クライアント本社の横にあるビジネスホテルに2週間連泊させてもらったので、毎日4時〜9時半まで5時間半の睡眠を取ることは出来た。体力的には問題なかったが、精神的につらい仕事だった。

国内最大規模の上場企業であり、取引量・取引内容ともに通常の常識を超えていた。クライアントから提出される資料がまず理解できない。理解できたとしても、どういう処理をしているのかが分からない。どういう処理をしているかが分かっても、それが正しいかどうかが判断できない。会計基準を見れば、白か黒かは分かるが、グレーなものは判断がいる。そもそも会計基準が想定していない処理は、自分の判断が正しいかも分からない。日本の最先端をいく会社だけに、会計基準設定者も想定していないような特殊な金融取引なんかを平気でやる。当時は会計士1年生で、クライアントからも舐められてたけど、プロフェッショナルという自負もある。「分からない」とはできるだけ言いたくない。けど、どれだけ頭をひねっても、何も知恵が湧かない。時計の針が深夜になり、周りが静まり返っても、ただただ資料を見て、ひとり格闘するのみ。そんな日が続く苦しさ。

そんな時、2歳上の先輩だけがいつも気にかけてくれ、声をかけてくれた。深夜であっても煮詰まった僕をビルの外に連れ出してくれ、近くのカフェでコーヒーを奢ってくれたことは一度や二度ではない。そしていつも励ましてくれた。「お前はできる! 辛いけど頑張れ!諦めるな!苦しいのは今だけだ!」と。スクールウォーズか!

今から思えば、この時、この先輩も20代であったことに驚かされる。私はこれ以降、この先輩が ”人間としての” 目標となっている。自分が指導的立場に立つ時、父親の立場に立つ時、行動を起こす前にワンクッション置き、この先輩ならどういう指導をするかを考える。そしてこの先輩に成り切り、その人を演じる。こういうのを「モデリング」というが、私のモデルはこの先輩だ。

あれから20年近く経ち、その先輩は監査法人のパートナーにまで昇進され、忙しくされているので、なかなかお会いできなかったが、先日久しぶりに食事をすることができた。いまでも当時と同じように ”人間としての” 目標であり、 ”人間として” 尊敬する。何年経ってもその先輩には追い付けない。これからも追いつけないと思うが、死ぬまでその方をモデルとして生きていくと思う。