人はなぜ、ウソをついたり、暴力を振るったりという、邪悪・異常な行動を取るのか。

例えば、イタズラ、イジメ、DV、虐待を見ても分かるように、そこには(本人が意識しているにしろしないにしろ)一種の「快感」があるのだ。麻薬のようなものであり、嗜好性があり、一度やり出すと止められなくなる。虚言、暴力、支配、戦争も「悪の快感」を味わっているのである。

同じ人を殺すという行為にしても、やむにやまれず身を守るために行った場合と、殺すこと自体が目的化した場合では、受け止め方が全く違う。我々は概して、「自己目的化」した行為というものに生理的な反発を感じるし、理解出来ない「異常性」を感じる。さらには、強い嫌悪感、許し難い怒りを覚える。当然、そういう相手との関わりは避けるし、信頼もしない。

では、そういう行為がやめられない人間は、相手からの信頼失墜という代償を払ってでも、なぜそういう行為を繰り返すのか。そこには快感という「麻薬的な報酬」があるからであるが、次のような共通する問題(背景)が見え隠れするという。

それは、自分が愛されていないという寂しさであり、欠落したものを抱えているという飢餓感である。それを本来は満たし、癒してくれるはずの相互的かかわりが不足しているのである。その結果、自己目的化した快楽の円環に飢餓感を閉じ込めるために、いくら繰り返しても満たされることのない行動に耽り続けるのである。
(岡田尊司『あなたの中の異常心理』P97より)

こうした悪循環に陥ってしまうと、本人は自己目的化した行為を正当化し続けてしまう。そうやって邪悪・異常な行動は繰り返されていく。イジメや虐待が人殺しになるように。心の暴力が相手に永遠の傷を負わせるように。

では、そのような「異常心理」をもった人間が異常性から克服することはできるのか。前出の本によると、克服するためには、両親、配偶者、恋人、友達などの相互的な関係を愛情で満たされたものにすることだ。自分を愛し、大切にしてくれる存在がいるということを実感することそれによって自分も愛されるに値する存在だと思うこと(この点、先日紹介した『平気でうそをつく人たち』の結論と似ている)。

そうしなければ、さらに人を遠ざけ、自分が愛されない存在となり、孤立し、寂しさが増し、自分の弱さが露呈することになる。


【参考文献】
岡田尊司『あなたの中の異常心理』(幻冬舎新書)