「嘘」と「隠し事」は嫌いだ。

「嘘」と「隠し事」はいつかバレる。そして誰かを傷付ける。
その傷は、一生消えないこともあり、生涯苦しめられることもある。
私も一生消えない傷を負っている。

そんな話を友達としていた時に薦めてくれたのが本書『平気でうそをつく人たち ―虚偽と邪悪の心理学』という本(原題は『People of the Lie虚偽の人々)』)。

「虚偽と邪悪の心理学」という副題のとおり、「平気でうそをつく人たち」や「邪悪な行動をする人たち」の本質を明かしてくれます。

腑に落ちたのは、「平気でうそをつく人たち」は根底に「弱さ」があるという話(P55〜)。

「平気でうそをつく人たち」は、サイコパス(精神病質者)のような人もいますが、ごくごく普通に見える人もいます。根底には「意志の弱さ」がある。その「意志の弱さ」が「不安」を招き、「不安」から回避する行動を起こす。その行動は(自己防衛のために)他人を犠牲にしたり、他人を攻撃したり、他人を破壊したりといった「邪悪な行動」となることがある。つまり、平然とうそをつき、平気で人を傷つける邪悪な人間は、ある種のナルシズムであり、罪の意識から逃避し、自分の罪を認めようともせず、むしろ、自分にも欺きながら善人であるかのように見られることを強烈に望んでいるのです。

「悪」→「ナルシズム」といえば、エーリッヒ・フロム『悪について』を思い浮かべましたが、やはり本書でもこの本は度々登場します。不安から逃避し他人を傷つけるナルシズムもあれば、他人を支配し人間性を奪う(悪性の)ナルシズムもある。前者は他人をスケープゴートする邪悪性であり、後者は他人を支配下に置く快楽的な邪悪性。逃避か支配か。両方の書籍を読み比べると面白い。

「悪」の本質について学ぼうと読み進めていくと、あることに気が付くはずです。それは邪悪な人を批判的に見ている人間が、実は邪悪な人間の特性であるということ。正義を振りかざす人間こそ、他人を破壊しているということ。

精神科医である著者も、このように書いています。
自分の助言を受け入れようとしなかった患者に悪のラベルをはるということで、私自身が邪悪になっていなかっただろうか、と考えたくもなる。(P193)
邪悪な人間の特性として、他人を道徳的に邪悪であると批判することがあげられる。(P434)

生(live)を反対から読むと邪悪(evil)であるように、生と邪悪はループし、我々の中に同居しているのかもしれません。

この邪悪にどう対処したらいいのかが最後の最後に書かれていますが、これは結構衝撃でした(本書の最終章をご確認ください)。

「悪」については、カントやフロムだけじゃなく、この本も必読です。

人間関係を極めるには、コーチングの技術が必要。コーチングの技術を学ぶには心理学の知識が必要。心理学を学ぶには「悪」を知る必要がある。なぜなら多くの人が邪悪であるから。平気でうそをつくから。興味ある方は是非ご一読ください。超オススメです。