先月、沖縄のひめゆり平和祈念資料館へ行った後、橘玲さんの「『リベラル』がうさんくさいのには理由がある」を読み返しました。

本書の冒頭(Part 0)に、沖縄戦に絡んだ「沖縄『集団自決』裁判」のことが詳細に書かれています。これは、内容もさることながら、橘玲さんの取材力、論理力、文章力に驚愕させられました(再読しても驚愕でした)。こういう文章が書ける作家になりたいとホンキで思っていますが、一生追いつかないと思います。(これを書くのに沖縄を2度訪れ、『集団自決』に関する記事・文献を3カ月かけて目を通したといいますが、それだけでこれだけの文章が書けるということも驚きでした。)

沖縄戦(1945年)において、集団自決が「軍による強制」によってなされたと教科書にも書かれています。大江健三郎は1970年に『沖縄ノート』を発刊し、軍命を出したとされる赤松元大尉を厳しく批判。赤松元大尉の弟らは、名誉毀損による損害賠償、出版差し止め、謝罪広告の掲載を求め、大江健三郎と岩波書店を訴えたのです。高名なノーベル文学賞受賞者が被告となったこともあり、この裁判は大きな注目を集めました。

裁判所は原告の請求を退けましたが、これは「軍による強制」があったと認めたわけではなく、「記述に真実性の証明もなく、名誉も毀損している」けれど、「公益性と真実相当性があり」、名誉棄損罪は成立しないというもの(P75)。

被告(大江健三郎ら)にとっては「勝訴」と喜べない裁判であったわけですが、大江氏は記者会見で「悪いのは書籍を誤読した原告だ」という趣旨のことを述べるのです(P79参照)。

橘玲氏は、日本の「リベラル」は、「日本独自の奇怪な思想」(P7)であり、大江氏の会見についても「傲慢なエリート主義が透けて見える」(P79)と批判的です。

「リベラル」はどこで間違えたのか? 「リベラル」がうさんくさいのはなぜなのか? 「リベラル」と折り合えないのはなぜなのか? ・・・本書は、慰安婦問題(朝日新聞問題)、中韓問題、軽減税率などを日常の話題になっているものも題材にしながら著者の意見が述べられています。Part 0以外は雑誌の連載を編集したものなので、気軽に読めますが、一つ一つはじっくり考えさせられる内容です。荒唐無稽で空想的な日本人にならぬよう、こういった「思想」の本もじっくりと読んでおくべきだと思いました。

ちなみに、本書は、『バカが多いのには理由がある』、『不愉快なことには理由がある』に続く3部作の3作目。世の中は、バカが多く、不愉快で、うさんくさい…ということですね。