シンガポール フラトン


日本経済新聞朝刊一面のコラム「春秋」(2018/5/12付)において、(米朝首脳会談の舞台に選ばれた)シンガポールのことを「人工的で清潔で、街全体がテーマパークのような不思議な国」と形容していました。

私が初めてシンガポールに行ったのは5年前のこと。その時から、これまで見たことのないような「街全体がテーマパークのような不思議な国」の魅力に取りつかれました。移住したいと思う3つの国のうちの1つです。

私がシンガポールに行く時に必ず携帯している 白石隆著 『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中公新書)によると、シンガポールの建国は1819年であり、「1811年にはシンガポールはまだ人口数百人の小さな漁村にすぎなかった」(P4)といいます。シンガポールの「建設者」と知られるラッフルズが38歳の時にシンガポールが建国され、ラッフルズの提案通りに「自由貿易帝国」を作り上げる。そして、小さな漁村にすぎなかった街が、200年後には世界の貿易、金融、経済のハブとなり、いまだにその発展は衰えることを知らない。

当然、そんな街に足を踏み入れると、地鳴りがするような活気を肌で感じ、「生きている」という活力をもらいます。世知辛く、息苦しい所に身を置いているのがアホらしく思うほどに。

「とは言っても東南アジアだよな」という面もあるけど、自由のシンボルとしての側面もある。5年前にとんでもない成功者やとんでもない富裕者を目の当たりにして、自分の中で何かが崩れ、何かが弾け、一瞬にして価値観が変わり、魂に火が灯りました。

その時、宿泊していたマリーナ・ベイ・サンズのベッド脇に備えてあったメモパッドに、当時の自分からすると”非現実的”と一蹴されるような夢・願望を書きなぐり、ひとつの決断をして帰国しました。

結局、そこに書いたことは、すべて2年で実現させました。夢・願望に実現には、数年のスパンが必要ではあるものの、自ら選択し、決断し、行動したものは、着実に、確実に達成できるということを証明してきました。

今回のシンガポール滞在中にも、自分の人生の大きなミッションを一つ達成させました。

先日、このブログで「自分の人生もフィクションではないか」と書きました。自分の人生は、自分で自由に書き変えることができるのです。今無いものを嘆くヒマがあったら、自分がどう在りたいのかを考えるべき。一国家が「テーマパークのような不思議な国」と形容されるように、自分の人生を「テーマパークのような不思議な人生」にしてしまってもいいじゃないか。

人生100年時代なんて言われますけど、38億年の人類の歴史を365日とすると、100年なんて0.8秒に過ぎません。「あ」っという間に死んでいく人生。「テーマパークのような不思議な国」の夜景をぼんやりと眺めながら、本当はどうしたいのか自分に問い続けるべきだ、と改めて感じました。


人間を別にすれば、あらゆる動物たちは

生きていることの主たる仕事が、

生を楽しむことだということを知っている。


 ― サミュエル・バトラー(イギリスの作家、1835-1902)


(写真は、宿泊先の”The Fullerton Hotel” の Roof Top Barより)