最近読んだ本より。

本を読む習慣のない大学生が、つまり、読書の本当の喜びを知らない人が、本など読まなくてもいいのではないかと言うのは、たしかに腹が立つが、理解できないわけではない。好きも嫌いも、当の読書をそれほどやっていないわけだから、読書の必要性がよくわからないのも、ある意味無理はない。

私がひどく怒りを覚えるのは、読書をたっぷりしてきた人間が、読書など別に絶対にしなければいけないものでもない、なんて言うのを聞いたときだ。こうした無責任な物言いには、腸(はらわた)が煮えくり返る。ましてや、本でそのような主張が述べられているのを見ると、なおさら腹が立つ。自分自身が本を書けるまでになったプロセスを全く省みないで、易きに流れそうな者に「読書はしなくてもいいんだ」という変な安心感を与える輩の欺瞞性に怒りを覚える。

本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければいけないものだ。こう断言したい。
([出処]斎藤孝著『読書力』 (岩波新書)より)

分かる。分かる。同じく腹が立つ。

サイトに読んだ本の批判をするヤツも腹が立つ。

読書に限ったことではありませんが、それなりに意味・目的をもって取り組んでいる者に対し、何も分かっていない者からテキトーなことを言われると腹が立つものです。読書をしていない者は読書を語るべからず。ビットコインの取引をしていない者はビットコインを語るべからず。

斎藤孝さんをはじめ、多くの読書狂の方々は、オタクの領域に突入されていると思います。藤原正彦さんなんて、『私に言わせれば、朝起きてから眠るまで、一ページも本を読まないという人は、もう人間ではない。ケダモノである。』とまで言っています(『日本人の矜持』より)。言い過ぎだろ(笑)。

読書はしなくてはならないものだと私も思いますが、それは人間だからとか、教養だからといった理由ではなく、情報に飢えているからであり、(松岡正剛氏がいうように)「無知から未知に」「未知から既知に」という知的好奇心によるものではないでしょうか。

肩の力を抜いてもいいし、暇つぶしでもいいと思いますが、本から得られるものは何よりも大きいと私は思います。


読書力 (岩波新書)
齋藤 孝
岩波書店
2002-09-20