私も自由にやっている方だと思いますが、私の友達の会計士は「真の自由人」だと思います。

3月期決算会社の決算繁忙期(4月頃〜6月頃)のみ働いて、残りの何か月か海外旅行に出かけます。以前、1年かけて世界一周旅行に行ってましたが、それでも未だ入国していない国が多くあるようです。昨日、また旅立ちました。とりあえず行ったことのない近くの国に入国し、そこから先の予定は行ってから考えるといいます。いつ帰ってくるかも決めていないと。

これほど自由な人間は、私の周りにはいません。

彼とはこれまで何度も旅行したことがありますが、旅の道中も徹底して自由。その時その時、足が向いた方向にただ歩く。何時間でもただ歩く。気になる所があれば立ち止まり、そしてまた歩く。日が暮れるまでただ歩く。特に何を喋る訳でもない。まるで駱駝のように黙々と地球の上を歩いていく。そこからお互い何かを感じ取っている。

体力の限界を超えるくらい旅行中はよく歩く。けど、これが旅行だと思います。観光名所の間をバスに乗って移動するだけの旅行では何も分からない。



私も、行き先も決めず、帰国日も決めず、今すぐにでも旅立ちたいが、彼ほど自由になれない。



真の自由とは、経済的に自由であることだという人もいます。
確かに、経済的自由であることは、真の自由であるために必要だと思います。
しかし、経済的自由であれば、必ず真の自由であれるかというと、それは違う。

私が「真の自由人」になれないのは、心配事があるからです。
彼が「真の自由人」であるのは、心配事がないからです。
経済的自由とは、お金の心配がないというだけのことです。

真の自由とは、彼の言葉を借りれば、未来の自由と幸福を願うのではなく、現在に自由で幸福であろうとすることです。未来に期待も失望もせず、今この瞬間をあるがままに経験することです。

私はまだその領域には達していません。
しかし、彼から学ぶことは非常に大きい。
人間的な、あまりにも人間的なことを。