続きです。

先日紹介した平野啓一郎さんの『私とは何か』を読んだ後に、脳科学者 中野信子さんの『サイコパス』を読みました。

『サイコパス』(psychopathy)とは、「精神病質」と訳されるようですが、反社会的な人格をもつ人と思っていいのではないかと思います。本書によると、『サイコパス』は100人に1人くらいの割合で存在するようです。1学年100人だとしたら、その中に1人は『サイコパス』がいるかもしれない。中堅企業だと『サイコパス』が社内に数名いるかもしれない。日本人にも100万人以上の『サイコパス』がいるということになる。そう考えると、恐ろしい数です。

なぜ『サイコパス』が存在するのか、医学的な解明は進んでいるようですが、はっきりとした結論までは書かれていませんでした。まだこれからといった感じのようです。ただ、人類の長い歴史の中で社会から淘汰されず、今でも一定数が生存しているということは、『サイコパス』が生存しなければならない理由が何かあるはず。

ここからは、本書を読んだ私の個人的な感想に過ぎません。
平野啓一郎さんの『私とは何か』を読んだ後に、私が人は誰もが「多重人格」だと思ったのですが、中野信子さんの『サイコパス』を読んだ後に、私は人は誰もが「サイコパス」なのではないかと思いました。平野啓一郎さん風にいえば、私という個人の中に「サイコパス」という「分人」がいる。それが顕在化している人の割合が100人に1人くらいなのではないか。平野啓一郎さんの本には、私という存在は他者との相互作用の中にあり、付き合う人によって違った自分が引き出される、と書かれていて、これには大いに共感できたのですが、耐え難き環境に身を置いた時や、生理的に受け付けない人といなければならない時に、自分の中の「サイコパス」が顕在化したり、時にはパニックを引き起こしたりするのではないでしょうか。医学的根拠は全くありませんが、私の仮説が正しければ、人間は環境や付き合う人を変えなければならない。「消えてしまいたい」というネガティブな分人が顕在化しそうになったら、その場を去るべき。日常的に接している家族、同僚などが実は最大の危険分子かもしれません。



サイコパス (文春新書)
中野 信子
文藝春秋
2016-11-18