F1鈴鹿GPが開幕したようです。

中学生の頃から全戦欠かさずに観ていたF1も、この数年、観てません。
TV中継を止めたこと、日本人選手がいないこと、日本のメーカーが勝てないこと、ターボエンジンに変わって「爆音」が無くたったこと・・・など理由は色々とありますが、最も大きな理由は「フェア」じゃないこと。

プロスポーツというものは、「フェアな競争」があるから面白く、そこに感動が生まれると思います。しかし、ここ数年のF1は、「フェア」だとは思えません。「権力者」が「出る杭」を打つようなことをするからです。「権力者」とはF1の運営者、「出る杭」とは競争に勝ったものです。出る杭を打つようなアンフェアなジャッジやレギュレーション変更が行われてきたのを見て、プロスポーツとしての面白さがなくなりました。これ程毎年毎年ルールが変更するプロスポーツは、他には無いと思います。

運営者側の思惑は理解できます。F1レースにおいて、1人だけずば抜けて早い選手がブッチギリでレースに勝つよりも、1位と2位の選手、2位と3位の選手がレース終盤まで接戦をする方が、観客は興奮する。だから、ブッチギリの選手(やクルマ)を無くしたい。そこで権力者がレースを操作する。ブッチギリの選手にペナルティを課したり、ブッチギリのクルマを勝てなくするようなレギュレーション変更を行う。繰り返しそういうことが行われると、サーキット場が独裁国家に見えてきて、萎えてくる。

あくまで私感です。



同じことが日本のビジネスや日本の税制にもいえる。「フェアな競争」で勝った者を称えるということがない。稼ごう、金持ちになろう、納税しよう、寄付をしよう、という人をほとんど見ることがない。たくさん稼いでも給料は取らないという経営者が私の周りにも多い。

松下幸之助の座右の書に、石田梅岩の『都鄙問答』という本があります。岩波文庫から口語で発売されていますが、これは難しくて読めません。最近、致知出版社から現代語訳が出ましたが、これは非常に読みやすい。石田梅岩は商人の哲学を説いた人で、利益を追求することは正当なことであり、フェアな商売で利益を得ることは士の禄(武士の俸禄)と同じで当然のことだといいます。逆に儲けなくても良いという考えは商人失格だと。

儲けることが悪だと言わんばかりの制度や風潮があれば、周りを萎えさせ、ヒーローが消えることになると思います。ライブドア事件以降、ビジネス界でアイルトン・セナのようなヒーローが消えたなあと思うのですよね。


ちなみに、私の仕事部屋には、今でもアイルトン・セナの写真を貼ってます。今でも私の中のヒーローです。




都鄙問答 (岩波文庫 青 11-1)
石田 梅岩
岩波書店
2007-02