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総ルビ入りの本を読むのは何年ぶりだろうか。
小学生を対象に書かれた本ですが、期待以上の素晴らしい一冊。

収録されている「ほんとうにあった 戦争と平和の話」は、

 ●タリバンに撃たれた少女 マララ (ノーベル平和賞受賞)
 ●「アンネの日記」のアンネ・フランク(ユダヤ人収容所で死亡)
 ●ユダヤ人亡命者の命を救った杉原千畝(外交官)
 ●「原爆の子の像」のモデル 佐々木禎子(被爆後 白血病で死亡)
 ●戦争を取材したジャーナリスト山本美香(シリアで銃撃を受け死亡) 
 ●太平洋戦争集結から27年経って発見された 横井庄一(旧日本軍兵士)
 ●民支援に奮闘した 緒方貞子(女性初、アジア人初の国連難民高等弁務官)


など14話。

戦争という「不条理」に向かって立ち上がり、行動を起こし、世界を動かす姿は感動です。

パキスタン生まれのマララが、タリバンの「不条理」に立ち向かったのは11歳の時。タリバンの実情を日記のカタチでネットに公開します。世界中がタリバンを批判することになり、タリバンはマララに殺害予告を発表。そして、15歳の時にタリバンに頭部を撃たれるという悲劇に合います。しかし、マララは奇跡的に生還。16歳の時、国連に招かれ、あの感動的なスピーチとなるのです。

「ひとりの子ども、ひとりの教師、1冊の本、そして1本のペンが世界をかえるのです。教育こそ、ただひとつの解決策です。まず、教育を!」(P30)

17歳で、史上最年少のノーベル平和賞を受賞します。



アンネ・フランクは10代で亡くなりましたが、マララと同様に小さい時から「不条理」を訴え続けました。ナチスの迫害から逃れている間に書き留めた「アンネの日記」は後世に伝わり、世界を動かしました。



杉原千畝(ちうね)さんの話も感動的。
1940年頃、外交官として、リトアニアでビザ発給手続きを行なっていた杉原千畝氏。当時、ナチス・ドイツから逃れるためにリトアニアにユダヤ人が殺到し、さらに逃亡するためにビザ発給を求めます。しかし、ビザ発給は、行き先と滞在費の保証されている者しか認められません。むやみに難民を受け入れることができないためです。しかし、多くのユダヤ人はそのような保証はない。国(外務省)の命令に背くと多くのユダヤ人を救うことができるが、命令背くと自分は外務省で仕事を続けていけなくなるかもしれない。究極の選択に迫れます。

ここで杉原千畝氏は決断します。

「命以上に大切なものが、この世にあるだろうか。ここであきらめてしまったら、何百何千というユダヤ人を、見殺しにしてしまうんだ。人の命をすくえない者に、国は守れない。」(P105)

そこから、杉原千畝氏はビザの発給をはじめます。一人で朝から夜まで書き続けたビザは1ヶ月で2139枚。ビザは家族単位で発給されるため、約6000人のユダヤ人の命を救ったことになります。

しかし、日本に帰国した杉原氏は、外務省から辞職勧告を受ける。1947年のことです。そこから杉原氏は第二の人生を歩むことになります。

しかし、感動はここから20年後に起こります。

あるユダヤ人が杉原氏を訪ねます。彼のポケットには、ボロボロになった1枚のビザ。「いま、わたしがこうして生きているのも、あなたのおかげです」(P112)と、涙ながらに御礼を言いに来たそうです。

さらに長い時を経て、杉原氏の勇気ある行動はイスラエルで高い評価を得て、今では、イスラエルのエルサレム郊外の丘に杉原千畝の顕彰碑が立てられているとか。

日本でも映画になりました。



「あとがき」には、日本と同じように第二次世界大戦に負けたドイツのヴァイツゼッカー大統領の演説の内容を取り上げ、他の国や民族に対する偏見や敵意や憎悪こそが戦争を引き起こすことにつながること、さらに国民に偏見や敵意や憎悪を煽る人がいることを指摘した上で、自分で考えることが平和につながると締めくくっています。

本書に登場する人達のように、世界を動かすのは、一人ひとりの正義感と行動力だと改めて思いました。