戦後71年の夏に


先週土曜日の日経新聞夕刊に掲載されていた作家・山田太一さんへのインタビュー記事。
(著作権云々言われそうなので一部だけ画像を載せてます。全文は日経電子版をご覧下さい。)

これは非常に良い内容。熟読しました。



『戦後71年の夏に』というタイトル。

玉音放送を5年生の時に疎開先で聞いたという山田太一さん。強烈な非リアリズムの中で、日本人の価値観が『がらり』と変わるのを見たし、それは東日本大震災の後にも感じたと。そして、科学の飛躍的な発展が人間の内面に『きしみ』を生んでいると。

『がらり』『きしみ』 ―――これは21世紀にも引き継がれているため、戦争を体験していない私でも十二分に理解できる。

何かが起こると感情を爆発させるように『がらり』と変わって熱中する国民性が日本人にはある。そして、感受性の変化に対処できず無力感がつきまとう、あるいは、論理で対応できずに感情を爆発させてしまうという内面の『きしみ』がある。この国民性と感情のほとばしりが相まって危うい未来を招きかねない。

例えば、(これは私が感じていることですが) 日本は素晴らしいという最近の日本特殊論者、戦争法反対と叫ぶ人達、LINEでの音速のコミュニケーション、ポケモンGOへの熱狂ぶり・・・などを、何かおかしい。なんでこんなに価値観が『がらり』と変わるのだろうか。なんでこんなに内面に『きしみ』が生まれるのだろうか。

だから、この記事の見出しにもあるように、山田太一さんのメッセージは『立ち止まり 考えよ』



私は時々、『立ち止まって考えろ』と自分に言い聞かせている時があります。何かおかしい、速度が違う、といった時にそのまま進むと、自分の思考や感情や行動がおかしくなり、間違えたことを一生懸命に熱中してしまいかねない。多くの軍人もそうやって戦場に行ったのではないかな、と思います。



20世紀は「科学」と「殺戮」の世紀だといわれますが、21世紀はどうなるのでしょうか。科学の発達が人間に何をもたらすのかということを立ち止まって考えることも必要だと思いますが、まずは自分が立ち止まって考えなければならないと思う今日このごろです。