デザイナーが、別の人のデザインをパクったのではないか。
そのデザイナーは、「パクリ」ではないという。
しかし、どれだけ正当性を主張しても、次々とパクリの疑惑が出てくる。


『天網恢恢疎にして漏らさず』

という言葉がよぎりました。

天の網の目は粗いように思えて、決して悪を逃すことはない、
という意味です。



以前も書いたことがありますが、私も、著作物をパクられてます。
それを見た読者の方から今でも次々と連絡を頂きます。
パクっている人たちは、パクリではないとの正当性を主張するのでしょう。
上のデザイナーと同じです。



たった一つのコトバ、たった一つのデザイン、たった一つの作品でも、
そこには作者の想い、熱意、情熱というものが込められています。

それがほんの数文字のコトバであっても、
それを生み出すまでの準備、勉強、経験、体験の期間に何年という時間と労力を費やし、
努力と感性を高めていった結果として、
世に作品を残すことができるのです。

作品とは、そういうものです。

それを時間も労力もかけず、大した努力もせずに、パクる。
それをあたかも自分のオリジナル作品として世に出す。
そしてパクり、盗作、模倣ではないとの正当性を主張する。

しかし、
そこには作品に対する想いも、熱意も、情熱もない。

そのことに、
周りの人も気付いている。
天も気付いている。



『天知る、神知る、我知る、子知る。何ぞ知るもの無しと謂わんや』
です。



そうやって人々を欺き、裏切った結果、どうなるか。

食品偽装、賞味期限偽装、耐震偽装・・・
こういった人々を欺いた企業が、企業の存続すら危ぶまれる状況になっていったのは
枚挙にいとまがないわけです。



『利の元は義なり』
『徳は本なり、財は末なり』
という言葉もよぎりました。

正しいことを行うことが利益の源泉ということです。

目先の利益のために徳の欠片もないようなことすると自爆する、ということは
今般の騒動をみるまでもなく、歴史が証明しております。