先日紹介した大平健著 『やさしさの精神病理』 では、最近の人間関係が、相手の心の中には踏み込まず、他者との対立や摩擦を徹底的に避ける関係に変遷してきたことが書かれていました。本書では、この人間関係を(”Hot” な関係との対比の意味で) ”Warm”な関係 と表現されていました。

そして、中島義道著 「『対話』のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの」では、このような”Warm”な人間関係を作り、若者から言葉を奪ったのは、「思いやり」を優先する教育であり、「やさしさ」が強調される社会を作った大人たちだ!、といった趣旨のことが書かれていたことに、私は少なからず衝撃を喰らいました。

真実を語ることよりも、他人を傷つけない「思いやり」優先の教育がなされてきたことが人間関係の変遷の原因である、というのです。

では、そのような教育を受けている子ども達や学校では、何が起こっているのか。
現代の人間関係について、子どもにフォーカスを当てて考察しているのが、本書「友だち地獄」
サブタイトルのとおり、「空気を読む」世代の人たちです。

本書では ”Warm”な関係 のことを「優しい関係」と表現しています。
本音で語るよりも、良好な関係を維持しようという「優しい関係」は、学校においても顕在化しています。友だちとの関係に敏感になり、微妙な距離感を持ちながら、リアリティの欠落した人間関係を維持しなければならないという、まさに「サバイバル」な生活を強いられています。人間関係(=友だちとの関係)は狭小化・固定化していきますが、これは「親友」とか「強い絆」とかいえるものではない。非常に情緒的で不安定な関係です。

驚くべきことは、自分の親とも「優しい関係」でなければならないという子ども達の姿。「優しい関係」の重圧が子ども達にのしかかっています。(P132参照)

親とも友だちとも本音で喋れない。
現実世界に対するリアリティがない。
他者との関係に敏感にならざるを得ない。
自分は周りから何も期待されていないのかもしれない。
自己肯定感がない。

そんな子ども達は悲鳴を上げます。

「私を見つめて」 と。(P134参照)


しかし、他者を傷つけず、「思いやり」のある子ども達は、声を出して叫ぶことが出来ない。

そのはけ口が、
いじめとなったり(第一章参照)、
リストカットとなったり(第二章参照)、
ひきこもりとなったり(第三章参照)、
ケータイでの繋がりを求めたり(第四章参照)、
最悪の場合は自殺であり(第五章参照)・・・、
という行為に繋がる。




「夜回り先生」で有名な水谷修先生の講演を聴いたことがあります。

こんなことを言っていました。


----------------------
父親は会社でストレスを溜めて帰ってくる。そのストレスのはけ口は母親に向かう。
母親は父親の愚痴や家事などでストレスが溜まる。そのストレスのはけ口は子供に向かう。
「何でそんなことするの」「そんなことをしてはいけません」と子供を否定することばかりを言い、母親が子供を「褒める」ということをしない。

その結果、何の罪もない子供は家庭内で相当のストレスを溜めている。

そこで、子供がストレスのはけ口をどこに向けるのか。

はけ口は、次の3つに集約される。

1つ目は、自分の両親に向ける。つまり、「反抗期」の始まりである。
2つ目は、他の子供に向ける。つまり、「いじめ」である。
3つ目は、自分自身に向ける。

飲酒、喫煙、染髪、ピアス、家出、ドラッグ、売春、リストカットなどなど、世間から非行と称される行為は、両親や他人を傷つけることの出来ない心優しい子ども達が、ストレスのはけ口として選んだ手段なのである。

これらの行為を「非行」として大人が封じ込めると子供達はどうなるのか。
はけ口のなくなった子供達は、最悪の場合、死を選ぶのだ。

----------------------


この生きづらい社会で、我々はどうやって生きていくべきなのか。

著者土井隆義氏は、生きづらさのない人生など、「現実らしからぬ」ことだと言います(P226参照)。
むしろ、この生きづらさと正面から向き合い、むしろ人生の魅力の一部として、その困難をじっくりと味わっていけ、と。

「じつはそれを問い続けることこそが、ひるがえってみれば『自分らしさの檻』から解き放たれ、『優しい関係』から抜け出すことにもつながっていくのではないだろうか。」(P228)


”人間関係”に関する究極の書ともいえる「自分の小さな『箱』から脱出する方法」においても、「どうやって箱から出るんだろう」と自分に問う時に、既に箱から出ている、というようなことが書かれています。

自分に問うこと、何らかの意味を求めざるを得ないことが、人間の本質であり、”人間関係”における、さらには”生きる”ということにおける真理なのだと思います。

この生きづらい社会と向き合い、苦悩したことが、何年後かに振り返った時に、「あの頃は良かった」と語る時が来るでしょう。

ただ、自分が経験した苦悩を、子ども達に負わせるべきではないと考えます。


【関連書】
森信三著 「母親のための人間学」「父親のための人間学」
池上彰著「池上彰の『日本の教育』がよくわかる本」