公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

ホームランバッターを目指さない

野村監督


野村克也さんが亡くなったというニュースは、それなりにショックだった(2020/2/11 虚血性心不全により死亡)。野球が好きなので、日曜深夜の「ボヤキ解説」を結構楽しみにしてたのだが、もう聞けないのか。寂しいなぁ。

「ボヤキ解説」は、単なるボヤキ、単なる野球解説ではない。以前、「長距離打者を目指すのか、短距離打者を目指すのか」というエントリーをしたことがある。活躍中の福岡ソフトバンクホークスの若手の選手に対して、「長距離打者を目指すのか、短距離打者を目指すのか」「首位打者を目指すのか、ホームラン王を目指すのか」とボヤいていたが、単なるボヤキとは思えなかった。生き方・考え方を教えてくれたと思う。人生においても、長距離打者を目指すのか、短距離打者を目指すのかを、事を為す前に見極めるべきなのだ(難しいと思うけど)。私はホームランバッターを目指さない。

野村克也さんのプロ野球人生1年目の成績は、11打数0安打5三振。シーズンの終了後には解雇を通告されている。拝み倒して撤回してもらったらしい。その人が戦後初の三冠王になり、名監督になった。

今この一瞬を切り取ったバランスシートで判断してもその人の価値は分からない。将来キャッシュ・フローを見積り、割引計算しなければ。

新庄剛志さんの追悼文からも、それはよく分かる。

宇宙人の名付け親 
新庄お前はファンに愛されるカッコつけて野球をやればええんや 選手に自由に野球をやりなさいって指導したのはお前だけや お前は悔しいくらい可愛いな(>_<)最高の言葉有り難うございました 実は野球の指導を1回しか受けた事がないその一回はボールをしっかり芯でとらえなさいただそれだけでした  お前は何番だったら野球を真剣にやってくれるんだ?そりゃ4番ですよ〜次の日から僕を4番に起用し、その年プロ野球人生最高の成績をあげメジャーに行けた
ベルサーチいいですよって教えたらずっとベルサーチを着続けてくれた カツノリの性格の良さはプロ野球選手の中でトップお父さんお母さんのおかげ 俺が死んだ後今度は俺が監督ノムさんが選手で二刀流をさせるその時はキャッチャー新庄
野村克也という人間に野球人生の終了は1%も無い 俺がそっちに行ったら叩き起こすんでそれまでゆっくり寝ててください(>_<) 本当に笑顔で有り難うございました(^^)また会う日まで野村克也監督。
([出処]新庄剛志さんのinstagramより抜粋)

ご冥福をお祈りします。

(※ 画像はネットから拝借した)

日本製鉄 呉製鉄所の閉鎖に思う

本日の日経新聞「春秋」より。

呉

以前、広島に出張に行った際に、呉に寄ったことがある。このコラムに書かれている通り、私も市街地は素通りし、「大和ミュージアム」に直行した。入場者数が1400万人を超えるとはこのコラムを読むまで知らなかったが納得である。「広島平和記念資料館」や「ひめゆり平和祈念資料館」と並ぶ程に、展示物の数々にハマった。私の中の「日本3大資料館」の一つである。

ただ、広島から呉までの移動中のタクシーから見える景色は、ちょっと驚いた。まるで戦後の高度成長期の時代にタイムスリップしたかのような、映画のセットのような街並みだった。ところどころ、本当に昭和前半から残っているんじゃないかと思われる建造物が並んでいる場所がある。とはいっても、倉敷美観地区のような街並みでもない。イノベーションを忘れてしまった古びた街という印象が拭えなかった。それはこの街のショッピングセンターに立ち寄った時にも感じた。

この「大和ミュージアム」の近くに、巨大製鉄所がある。地域の雇用を支えてきたに違いないが、これが来年閉鎖するというんだから、雇用面の影響力は大和級だろう。3300人の雇用の受け皿があるのだろうか。

なんとなく、令和の象徴となるニュースな気がしてならない。

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たまたまだが、今読んでる本に「大和ミュージアム」の写真が載っていた。こんな感じで、戦闘機も戦艦大和も展示されている。ここは面白いので是非一度。

大和ミュージアム

([出処]久保田 貢著「知っていますか?日本の戦争」(新日本出版社)より抜粋)






マジ感動!

セミナー御礼花束

これまで数え切れないほどセミナー講師をやってきたが、こんな立派なものを頂いたのは初めての事。

マジで驚いたし、マジで感動した。

某商工会議所の経営者団体から、地元の経営者に向けてのセミナーの依頼を頂いたのが、ちょうど1年前の今頃。「黒字社長塾」(中小企業向け経営コンサルティング事業)の新規募集を止めているので、あまり前向きにはなれなかったのだが、その経営者団体の会長・副会長さんが何度も私のオフィスに足を運んで下さり、経営者団体の設立趣旨から、100名を超える経営者のプロフィール、私に講演を依頼する目的、それによる経営者のメリット・・・などを細かく説明して下さった。主催者の方がそこまでして下さることはなかったので、セミナーをお引き受けすることにした。すると、セミナー前に受講者と講師の顔合わせの食事会の場まで設けてくれた。そんなことをして頂いたのも初めての事。

そうやって約1年間、地元の経営者さんとお付き合いをさせて頂くことになった。理詰めで財務体質を改善する方法や、マーケティング理論、マネジメント手法、ビジネスモデル構築法など、中小企業の経営者が弱いと思われる箇所に特化して複数回のセミナーをさせて頂いた。セミナーとセミナーの間は定期的にフォローアップの勉強会も開催し、経営者の知識の定着のフォローアップもやってきた。

そして、今日が最終回のセミナーとなった。登壇すると、受講者ひとりひとりの顔・反応がよく分かる。今回も多くのインスピレーションを与えることができたような気がする。

セミナーが終わり、降壇しようと思った時に、サプライズが待っていた。上の写真の花束を頂いたのだ。写真では分かりにくいが、私の上半身が隠れる位に大きな花束で、この経営者団体の会員の花屋さんが私のために作ってくれたらしい。「花も美しいですが、花があることにより周りの空気や自分の心が『この花のように美しくならねば』と思わせてくれるところが、本当の花の美しさなんです」と、その花屋さんの社長さんがコッソリと教えてくれた。

拍手喝采を頂き、約1年間のプログラムが終了した。最後なので懇親会も参加させて頂いた。寒い夜に暖かいすき焼き。最後まで至れり尽くせり。

懇親会も終盤に差し掛かってきた頃、30代位の男性社長が私の元にお酌をしに来てくれた。この社長さんは、1年間皆勤賞だったが、おそらく内気な性格なんだろう、私と直で喋ったことがなかった。私も内気な性格なのでよく分かる。最後に言いたいことがあって、私の所に来てくれたことが直感で分かった。なので、この社長さんの一言一句を傾聴した。要約すると、「この1年間学んできたことで知識が増えたこと以上に、意識が変わったことが大きかった。すべての講義に参加して本当に良かった」というようなことを言ってくれた。そして何度も握手をしてくれた。1年の締めくくりに、この社長と短い時間であったがお話しできたことは嬉しかった。帰り際に見送りにも来てくれた。この1年間のことは忘れないと思うが、彼のことも忘れないと思う。(上から目線に聞こえたら恐縮だが)更に成長して、成功して、地元に貢献する経営者になって欲しいと切に願う。



最後に、このブログを読んで下さっている当団体の会員の皆様、1年間どうもありがとうございました! 素敵なご縁に感謝&感激です。

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 〜続き

昨日の続き)

本書は、様々な史料(エビデンス)をもとに歴史的事実を紹介している点が非常に面白い。淡々と事実のみを列挙している教科書とは異なり、その背景なども詳細に分かり、読みながら思わず唸る箇所もある。そのような背景を知ればこそ、日清戦争(1894年)日露戦争(1904年)をする必要があったのだろうかという疑問が残る。当時の「熱狂」がそうさせたのかもしれないが、かなり「強引に」武力で相手国に喧嘩を打っていったように思えなくもない(原敬の日記も史料として紹介されているが、それによると、日露戦争の時は、日本国民の多くは戦争を欲していなかったようだ。P202参照)。

第一次世界大戦(1914年)の参戦についても「強引」という印象。オーストリアの皇太子が親露的なセルビア人に殺害されたことが発端で始まったヨーロッパの戦争に、どうして日本がかかわってゆくのか? 当時の外相 加藤高明が、大正天皇の夏休み中に、日光の御用邸まで夜中におしかけて、参戦の許可をもらいに行ったという(元老の山県有朋などにはためらいがあったらしいが…。P230参照)。この加藤の妻は、三菱の創業家である岩崎家の出身で、選挙資金に困ることなかったらしい(P253)。財力があるから怖いもの知らずだったのか、同盟国であるイギリスも参戦はやめてくれと言ってきたのに、戦争に飛び込んでいく(P255)。日本の参戦については、一緒に戦うべき連合国であるアメリカからも一種の牽制を受けている(P261)。第一次世界大戦の始まりから、連合国であるイギリスやアメリカから牽制されてるのに参戦していくのだ。めっちゃ強引…。これにより、日本人のイギリスやアメリカへの反感が芽生えることになる(P263)。

なお、第一次世界大戦後のドイツへの賠償金が寛容であれば、第二次世界大戦は起こらなかったかもしれない、ということはよく聞く。「パリ講和会議」(1919年)では、ドイツから賠償金を絞りれるだけ絞りとることに戦勝国は熱中していたらしい。『雇用・利子および貨幣の一般理論』などの著書で有名な経済学者ケインズもパリ講和会議に参加しており、ドイツからの賠償金の額をできるだけ少なくすることを求めたという。しかし、ケインズ案は取らなかった。ケインズは、「あなたたちアメリカ人は折れた葦です」という手紙を残してパリを去ったという(P284)。「歴史に if があれば…」と思う。

その後の満州事変(1931年)日中戦争(1937年)は、「強引」というより「強欲」という印象。強欲に中国(満州国)に攻め込み、中国と決定的に対立を深めていく。なりふり構わず、めちゃくちゃなことをする。日本が国際連盟から脱退したのは、連盟から除名や経済制裁を受ける恐れが出たからだという。除名という日本の名誉にとって最も避けたい事態は避け、自ら脱退したらしい(1933年、P366)。中国の学者で駐米国大使にもなった胡適という人は、日本は、日米戦争や日ソ戦争が始める前に、中国に決定的なダメージを与えるための戦争をしかけてくるだろう、という自説を唱えたらしい(1935年)。その2年後に、本当に日中戦争が始まる。当時の日本のハチャメチャぶりが伺えるエピソードだ。

第一次世界大戦同様、第二次世界大戦(1941年)も、どうして日本が戦争に踏み切ったのか? 本書にこんなデータが載っている。開戦時、アメリカと日本は圧倒的な戦力差があった。国民総生産はアメリカは日本の12倍、すべての重化学工業・軍需産業の基礎となる鋼材は17倍、自動車保有台数は160倍、石油は712倍もあったのだ(P393)。当時の知識人は、開戦が「正気の沙汰ではなかった」と認識されていた(P394)。しかし他方で、中国だけを相手とする戦争ではなく、強いアメリカ・イギリスを主たる相手とする戦争に臨むことを支持する国民もいた。そういう方の文章(史料)には、開戦日(1941年12月8日)のことを「爽やかな気持ち」(P395)であったと書かれている。また、これから始まる大戦のことを「明るい戦争」だとも書かれている。これを読んだ時は、戦争に「明るい」なんて形容詞が付くものなのかと呆然とさせられたが、これが当時の人々の感性だったのだろう。

本書の最後に、興味深いデータが載っている。ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は1.2%すぎないが、日本軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は37.3%にのぼったというもの。日本軍の捕虜の扱いのすごさが突出しているように思えるが、それだけではないという。「自国の軍人さえ大切にしない日本軍の性格が、どうしても、そのまま捕虜への虐待につながってくる」(P469)ことも要因だと著者はいう。太平洋戦争において死没した日本兵の大半は、いわゆる「名誉の戦死」ではなく、餓死や栄養失調に起因する病死であったらしい。強欲により突き進んだ先に待っていたのは、「明るい戦争」なんてものではなく、(自国の兵士に食料を供給できない程に)ただただ悲惨な戦争だったのだ。

ここから我々は何を学ぶのか。
歴史は教訓である。

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長文の書評になってしまった。
まだまだ書きたいことがあるが、長文の書評はアクセスが減るので、この辺で。
たった一冊の本から私の関心は果てしなく広がった。
こういう本に出会えたことに感謝したい。


『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』




先日紹介した父が子に語る近現代史を読み込んだ後に、父が子に語る日本史を読み込んだのだが、結局、『古事記』や『日本書紀』といった「神話」を押し込まれた結果として「あの戦争」が起こったという建国神話の記述箇所に関心がいった。『父が子に語る日本史』は、この神話が実際の日本の歴史にどのように作用したかなどの話が、古代・中世に遡って展開される。しかし…、私はどうも古代・中世の歴史に興味が沸かない。

ならばと、この本と並行して、加藤陽子さんの『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読み返した(この本は、日清・日露戦争から第二次世界大戦までの期間を取り上げている)。文庫化された際にも一度読んで、目から鱗がボロボロと落ちたのだが、改めて読んでも、目から鱗が落ちた。良書は色褪せない。

この本は、歴史学者である加藤陽子さんが、栄光学園の中1〜高2までの生徒を対象に行なった特別講義をベースに編集したもの。中高生を対象にしたものといっても、結構レベルが高く、濃く、そして面白い。

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「戦争というものは、敵対する相手国に対して、どういった作用をもたらすと思われますか?」
という非常に難しい質問を学生に投げかけるところがある(P46〜)。

戦争というものは、相手国の土地・領土を奪ったり、人やモノを奪ったりという作用をもたらすだけではない。

長谷部恭男という憲法学者の『憲法とは何か』という著書を紹介しながら、戦争は相手国が最も大切だと思っている社会の基本秩序に変容を迫るものだという。別の言い方をすれば「憲法」の変容を迫るものだという。数年前に読んだ時も、この箇所に驚いたのだが、今回読んでもやはり驚いた。日本が戦争に負けて、日本は大日本帝国憲法と天皇制という憲法原理を連合国(GHQ)の手で書き換えられたというのは誰もが知っているが、アメリカは戦争に勝利することで日本の天皇制(=国体)を変えたのだ(P55参照)。現在の日本国憲法の前文部分は、リンカーンの演説(of the people, by the people, for the people…の有名な演説)と同じというもの面白い。

なお、この戦争の「作用」については、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778) が、世界大戦が始まる200年も前に論文に書いていたというから驚きである(それを長谷部恭男氏が書籍で取り上げたらしい)。

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本書のタイトルにもあるように、日本人はなぜ「戦争」に踏み切ったのか。『父が子に語る近現代史』の著者 小島毅氏は、戦争の責任は「ふつうの人たちにことある」(同書P184)と述べていたが、それは一体どうしてなのか。

本書に、吉野作造の弟子 岡義武という政治学者が登場する。この学者は、第二次世界大戦前にヨーロッパに留学し、「日本の外交とイギリス外交の関係を一次史料からきちんとくらべた初めての学者」(P131)だという。この岡義武が1935年あたりに、「日本の民権派の考え方は、どうも個人主義や自由主義などについての理解が薄いように思われる。この点はヨーロッパと非常に違っている」というようなことを論文に書いたらしい。つまり、当時は個人主義や自由主義の思想が弱く、「まずは国権の確立だ!」という国権優先主義、合理主義が全面に出ていたらしい。当時は「国家>個人」だったのだ。日本の進歩や日本の開化を欧米に見せつける必要があった。

日清戦争前の外相 陸奥宗光は「如何なる手段にても執り、開戦の口実を作るべし」(P148)と述べ、福沢諭吉や他の国民も、日清戦争を諸手を挙げて賛成していたという(P140)。そうやって戦争に突入していったのだ。

明日に続く)


新刊書『「経理」の本分』 4刷出来!

経理の本分_4刷_裏

新刊書『「経理」の本分』4刷! いきました!

amazonは再び在庫が切れましたが、大手書店では在庫があると思います。
お買い求めは、大手書店にてお願い致します。


第3刷までをお持ちの方は、誤植があります。こちらをご参照ください。

本書『「経理」の本分』をテキストに用いたセミナーを5〜6月頃に開催することが決まりました(税務研究会主催)。募集を開始したら本ブログにて告知致します。




「経理」の本分
武田 雄治
中央経済社
2019-12-06

辛いなら逃げろ〜続き





小池一夫


小池一夫


小池一夫

毒になる親

今日の読売新聞「人生案内」より。

出口治明1

出口治明2

毎回、出口治明さんの回を待ちわびている。

「毒親」(=毒になる親)ってコトバがあるが、この母親もその典型ではないか。20代後半の娘の結婚相手のことに干渉することも理解不能であるし、障害者に対する認識も理解に苦しむ。

例え我が子といえど、「別の人格」というのは激しく同意。出口さんは「成人したら別の人格」と書いているが、成人する前から別の人格だと思う。以前も書いたが、家族・同僚・恋人といった身内のような存在であっても、それぞれの「人格」を尊重すべきであると私は考えている。自分の子供であっても同様。親の役目とは、子供をいち早く巣立たせることであり、子供の人生に干渉することではない。相手の「人格」を無視し、自分の思い通りに人を動かそうなんて思うことは自惚れに過ぎない

先日紹介した、千代田区立麹町中学校という名門校の工藤勇一校長の本にも、子どもの言動に過剰に干渉することにより、自ら考え、判断、決定、行動できず、いつまでも「自律」できない人間になってしまうと書かれている(P6参照)。「中学校」の先生がこのように言っている意味を全ての毒親は理解すべきだと思う。

行動遺伝学の知見によれば、子供の「人格」は、遺伝と(子供時代の)友達関係で決まり、親が影響を及ぼせることは僅かしかない(橘玲著『事実 vs 本能』P71より)。アメリカに移民した子供達は、たちまち英語を話し始めるが、母国語を忘れてしまうらしい。会話のためのコトバすら教えられないとするならば、親にできることは一体なになのか? この意味も全ての毒親は理解すべきだと思う。


辛いなら逃げろ

すべて、twitterより。

twitter_T3


twitter_T1


twitter_T2


twitter_T4


Twitter_HT1


twitter_K1

只々同意。

自分が幸せになることを優先しろ。辛いなら逃げろ。
自分の人生を生きろ。他人の人生を生きるな。
同調圧力に屈するな。ワガママに生きろ。
一度しかない人生。もっと楽しめ。もっと遊べ。







人生の十か条 (中公新書ラクレ 634)
辻 仁成
中央公論新社
2018-10-06




新刊書『「経理」の本分』  書評を頂きました!

中央経済社「旬刊経理情報」(2020/2/10号)にて、

BASE株式会社 CFOの原田健さんが、新刊書『「経理」の本分』の書評を書いてくれた!

原田さん、CFOの目線からの書評、感謝です!

経理の本分_旬刊経理情報

(※ 原田さんと出版社の許可を頂き全文掲載しております)


第4刷がそろそろ流通開始すると思います。
第3刷までをお持ちの方は、誤植があります。こちらをご確認下さい。


「経理」の本分
武田 雄治
中央経済社
2019-12-07

プロフィール
公認会計士 武田雄治


●武田公認会計士事務所 代表

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■武田雄治本人によるコンサルティング、セミナー、執筆、取材等のご依頼は、武田公認会計士事務所のホームページよりお願いします。
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