公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

【YouTube更新】『公認会計士試験 当日の乗り越え方』

沖縄_オリオンビール

秘書の夫婦が今日から夏休みで沖縄入りしたらしい。私が沖縄で一番好きなホテルに泊まっている模様。ええなぁ〜。せっかくの夏休み、思う存分に楽しんできてください。

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YouTube更新しました。

公認会計士試験受験生向けコンテンツ「公認会計士の仕事」シリーズ。今回は特別編。

今週末が公認会計士試験短答式試験ということで、「公認会計士試験 当日の乗り越え方」 について。

受験生の方もこのブログを見て頂いているかと思います。この1週間が勝負です。テンションを下げず、圧倒的な集中力&圧倒的な冷静さで、試験終了の合図が鳴るまで頑張って下さい。

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公認会計士試験_当日の乗り越え方

終戦記念日に思う

原爆ドーム


8月は戦争に関する本が読みたくなる。

最近出た『戦前・戦争』(光文社新書)という本は、古いモノクロ写真を、AI技術で色付けし、それを戦争体験者との対話や資料等を元に手作業で色を補正した当時の写真が約350枚収録されている。東大生の庭田杏珠さんと東大大学院の渡邉英徳教授がその成果をまとめたもの。

写真の色彩を得ることにより、当時のリアルな光景が見えてくる。戦前、産業奨励館(現在の原爆ドーム)がライトアップされていたことは、原爆ドームの近くに住む私の知人も知らなかったという。

「きのこ雲」の写真も収められている。爆発した直後の地上からの写真だと思われる。よくこんな写真があったもんだ。「きのこ」の形ではなく、火山が噴火した時のように爆風が天に向かって飛び上がっている瞬間の写真である。白い煙に、赤い炎が混じったような、薄いオレンジ色をしているのが不気味である。

75年前、この下でおびただしい人が核兵器の犠牲になった。

半藤一利著『原爆の落ちた日(決定版)』 (PHP文庫)は、まさにこの薄いオレンジ色の爆風の下の様子が書かれている。

爆心地から750m、福屋ビルから2、3人の友だちと逃れ出た事務員の土井貞子(21歳)は、重症を負って浅野泉邸(武田注:現在の縮景園)に向かいながら〈地獄〉を見る。

ひっくり返った電車、ずたずたに切れて絡みあった電線。石、瓦、木、あらゆるものが折り重なり、人間がその下になっている。泉邸に向かう負傷者の行列は、いちように髪が逆立ち、全身がどす黒い。

子どもが、狂ったようにケラケラ笑っている。死んだ幼児を片手にぶら下げて、母親らしい女が走る。(以下省略)


これが、原爆が落ちた日のリアル。

ちなみに上の文章に出てくる福屋ビル(福屋デパート)で撮られた写真が『戦前・戦争』に出てくる(上がオリジナル、下がカラー版)。これは原爆投下から1年経った1946年8月5日に撮影されたもの。福屋デパート屋上から東南方向を望むカップル。何を話していたのだろうか。


広島福屋デパート
広島福屋デパート


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日本や世界の戦争や紛争や暴力のリアルを知れば知るほど、ただ生きていることの有難さが分かる。そして人生は有限であり、いつ死んでもおかしくないとも思う。

日本から戦争はなくなったが、他人の人生に干渉し攻撃する人が、戦後より何倍も増えたんじゃないだろうか。何かあればすぐに他人を攻撃する。リンチする。祭り上げる。陰湿で生きづらい世の中になったもんだと思う。

戦前・戦中・戦後の、生きるのに必死になっている人たちの写真を見ていると、もっと自分が幸せになるために必死になって生きていくべきだと思う。他人に何かを求めるのではなく、あるがままの自分を生き抜くために。





原爆の落ちた日[決定版] (PHP文庫)
半藤 一利 、湯川豊
PHP研究所
2015-07-03




(※ 冒頭の写真は、昨年私がスマホで撮った原爆ドーム。奥に見えるT字型の相生橋は、原爆投下の際の目標点とされた。)

人生はあざなえる縄のごとし

昨日のブログを読んでくれた友達から、こんなことを言われた。

悪行をしたら "罰(バチ)が当たる" という意識を持つ人が多いとブログに書いてたけど、善行を施しても似たような意識を持つ人が多くないか?」

なるほど。。。そうかもしれん。

他者に対して善行を施すことだけではない。成功すること、幸せになること、出世すること、金持ちになること、美男美女と付き合うこと、フェラーリに乗ること、豪邸に住むこと…などの願望を達成することに対しても、「バチが当たる」とか、「うまくいくわけがない」とか、恐れとか、遠慮とか、欺瞞とか、言い訳とか…をしている人は確かに多い。

善行も悪行も受け入れられないのは、今いる場所が心地よいからだ。自己啓発本では、そういう場所のことを「コンフォートゾーン(快適空間)」と書かれている。そして、「私なんて〜だから」という言い訳をして、心地よい場所に安住している自分を慰める。貶める。

ベストセラーになった小池浩著『借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ』(サンマルク出版)では、こういう思考を、不幸増産体制にある「ドM生産ライン」と言っている。

自分の口癖が、自分の不幸を作っている。
「バチが当たる」が口癖の人は、発するコトバを変えるべきだと思う。

バチは、当たるものではなく、叩くもの。







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今日は第7回YouTube Liveだった。今回は、3回シリーズでお伝えした「知的生産術」の最終回、アウトプット編。期間限定でアーカイブを残しているので、興味ある方はご覧ください。

今回もまた画像と音声がズレてしまいました。新しい機材を買ったので、画像が後追いで配信されてしまった模様。次回までに改善しておきます。日々是精進。


▼アーカイブ閲覧は、画像をクリックしてください。
youtube live


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今回のYouTube Liveでもお伝えしたとおり、これまで7回は講義っぽいLiveだったので、次回からもうちょっと砕けた感じで、フランクに、ポップに、やりたいと思う。何をやるかはノーアイデアなので、何かリクエストがあればお待ちしてます。


次回のYouTube Liveは、

8月28日(金)20:00〜


バチが当たる

読売新聞(2020/8/13)に興味深い記事があった。

「罰(バチ)が当たることがある」と考える人の割合は、1964年(56年前)は41%だったが、2020年は76%だったらしい(世論調査結果)。

しかも、面白いことに、1964年は歳が上るほど「バチがあたることがある」の割合が増える傾向にあったが、2020年は若い世代ほど「バチがあたることがある」の割合が増える傾向にあった(下表参照)。

罰が当たる
([出所]読売新聞(2020/8/13))


これは何を意味しているのか? 特に、2020年は若い世代ほど「バチが当たる」「バチが当たるべき」という意識が高いのはなぜなのか?

この記事には、将来への悲観は若い世代ほど影響を受けやすく、世代間の不公正の不満が募っているとみることもできる、と書かれていたが、はたしてそうなんだろうか。将来への悲観や世代間の不公正に不満を抱えている若者なんて見たことはない。

以前、大病を患った20代の方が「バチが当たった」と言っているのを聞いて驚いたことがある。過去に悪行を繰り返してきたからだという。バチ(罰)とは、上の図表にもあるように、「神仏が、人の悪行を罪にして、こらすこと」(広辞苑)という意味であり、伝統仏教に起源がある考え方である。しかし、現代ではその宗教心は失われている。いまでは、単に悪行をした(もしくは悪行をしていなくても「罪の意識」がある)から「バチが当たる」という思考になる。

さらにこの記事で、某大学教授が、悪行をした他人に対して「バチが当たるべき」という意識が若い世代ほど強いのではないか、と述べられており、これは大いに頷いた。世間を意識し、他者を監視し、不満があると攻撃する。ネットリンチ然り、自粛警察然り。そういった歪んだ正義感や処罰欲求が若年化しているというのだ。

「バチ当たりめ!」から、「バチが当たってしまえ!」への現代人の意識の変化といえようか。それが上の世論調査の結果への反映だとしたら、この国は相当気色悪い。

こんだけブログを書いててナンだが、他者と世間の目から無縁の世界で暮らしたい。

バチが当たるかしら…。

荒野へ

荒野へ (集英社文庫)
ジョン・クラカワー
集英社
2007-03-20


旅に出る時は、旅の本を持参することが多い。先週沖縄に行った時は、『荒野へ』into the wild)という本を持参した。誰か忘れたが、雑誌で絶賛している人がいたので。

いまから約30年前、アメリカの裕福な家に育ち、学業も優秀なマッカンドレスという青年がいた。しかし、彼は大学を卒業すると、名前を変え、貯金を全額寄付し、財布にあった現金をすべて燃やし、過去ときっぱり訣別するための旅に出る。が、アラスカで腐乱死体となって発見される。なぜ彼は、すべてを捨てて、荒野に向かったのか。綿密な取材によって書かれた本書は全米でベストセラーになり、映画化もされた。

旅には色んな出会いがある。24歳のマッカンドレスは、カリフォルニアでヒッチハイクをした際に、80歳のロン(ロナルド)という老人のクルマに乗る。それが縁で、2人は数週間一緒に生活をする。

ロンはマッカンドレスを家族のように愛するが、マッカンドレスは新しい場所へ旅立つ時が来てしまう。マッカンドレスが旅立った後、ロンは何通かの手紙を受け取る。そこには、自分より56歳も年下の若者からの「アドバイス」も書かれていた。これとても良い。

要約すると、ざっと以下のような内容。
いまの安全で、画一的で、保守的な生活をやめて、思い切ってライフスタイルを変えるべきだ。そういう生活は唯一無二の心の安らぎかもしれないが、安全な将来ほど男の冒険心に有害なものはない。生きる気力の中心になるのは冒険への情熱ではないのか。単調な安全を求めるのはやめて、常軌を逸しているようないい加減な生活をしなければならない

あなたはただそこにじっとして、新しい光を灯してくれることを待っているだけだ。なすべきことはただひとつ、自分から掴みにいくことだ。あたなが闘っている相手はまさに自分自身であり、新しい環境に入ろうとしない頑固さなのだ。自分に言い訳することを許さないでほしい。現状を飛び出して、実行するだけでいい。そうすれば、本当に良かったと心から思えるはずだ。

24歳の生意気な放浪者からこんな「アドバイス」をもらったら普通は不快に思うだろう。しかし、ロンはこの「アドバイス」を真面目に受け止め、ヴァンを購入し、キャンプ用品を詰め込んで、テントを張った。そして、来る日も来る日も「若い友人」の帰りを待ったのだ。8ヶ月以上も。

ある日、ロンは郵便物を確かめるために自宅へ戻る途中、またヒッチハイカーをクルマに乗せる。そこでロンは、ヒッチハイカーに「若い友人」の話をする。すると、そのヒッチハイカーが話をさえぎってきた。「彼の名前はマッカンドレスでは?」と。ロンは、そこでマッカンドレスが凍死したことを知らされる。

ロンは悲しみに暮れたに違いない。実際、無神論者になり、酒を呷ったという(以上、第6章参照)。


旅は人生を変えるというが、旅は人生であり、人生は旅でもある。今の場所に安住し、単調な生活ををしていると、人生に新しい光を灯してくれることはない。しかし、自分から新しい環境に一歩踏み込めば、人生が変わる可能性がある。踏み込むことに躊躇する必要もないし、年齢も関係ない。ロンは80歳を超えてから、新しい人生を掴んだのだ。

マッカンドレスのように、無防備に、無一文で、アラスカに行こうとは思えないが、彼くらい常軌を逸した生活をしていると人生は楽しいだろうなぁと思う。私も、単調な生活より、そういう生活をしていきたいと強く思う。



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次回のYouTube Liveは、

8月14日(金)20:00〜

次回は、「知的生産術」の最終回、アウトプット編

自分の考えをどうやって相手に伝えるのか、的なお話し。

どうやって19年も複数のブログを書き続けてきたのかという話もしようと思います。

事前質問もお待ちしてます。


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youtube live


青山透子著『日航123便墜落の新事実』(河出書房新社)




520人が犠牲になった日航機墜落事故(1985年8月12日)から35年。

この事故は、ボーイングの修理ミスにより垂直尾翼が破損したことが原因であると言われている。しかし、不可解な点が非常に多く、自衛隊(のミス)によりミサイルで垂直尾翼を撃ち落とされたことが原因だという陰謀説も囁かれていた。実際に「日航機墜落事故 真相」等でググると色んな情報が出てくる。

以前から興味があり、そういうサイトを熟読していたため、本書『日航123便墜落の新事実』も興味深く読んだ。最初から衝撃的な内容の連続だった。

本書の著者 青山透子さんは、日本航空の元CAであるが、同僚をこの事故で亡くしたことから、人生をかけて原因追求を行ってきた。東京大学の博士号を取得しているため、学術論文を書くように、きちんとしたエビデンス、根拠、実名入りの証言等に基づき、「事実」を積み重ねて、本書を論述している。この「事実」のいくつかは既にネットにも出ている情報であるが、本書で新たな疑問と真実を知ることになる。

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どうして、日航123便が墜落する直前に、自衛隊機「ファントム」2機がジェット機を追尾していたのか。

どうして、日航123便が墜落する直前に、同機に向かって「オレンジ色の物体」が飛んでいったのか。

どうして、日航123便が墜落する直前に、同機の機体腹部に赤色の付着物が付いていたのか。

どうして、日航123便が墜落した場所はすぐに特定できたのに、マスコミは「墜落場所が不明」と報じたり、「墜落場所は長野県」と報じたり、「嘘」を言い続けたのか。

どうして、政府は墜落場所が一晩中特定できなかったと「言い訳」をしてるのか。

どうして、米軍も墜落した場所を特定し、直ぐに援助に向かう準備が出来ていたのに、日本政府はそれを断ったのか。

どうして、墜落直後から墜落現場の方面に多くのヘリや機動隊、自衛隊、パトカーが向かい、ヘリでサーチライトを照らしながら何らかの作業をしたり、何かを上げたり下げたりしていたのに、墜落から14時間後まで生存者を救出しなかったのか。

どうして、墜落現場にジェット燃料とは異なる、ガソリンとタールが混じり合った臭いがしたのか。

どうして、検死医が驚くほど、遺体が炭になるまでボロボロに焼かれていたのか。

どうして、海底に沈んだままの機体の残骸を引き揚げようとしないのか。

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こういった様々な情報を繋ぎ合わせると、点と点が一本の線になっていく。ミサイルで民間機の尾翼を撃ち落としてしまった自衛隊の不祥事を揉み消すために、人命救助を後回しにし、あらゆる手段を使って隠蔽工作を図った、と考えることができるのではないか。

日航123便墜落の直後、テレビや新幹線内のニューステロップで『自衛隊員2名が射殺された模様』という速報が流れたが、その数分後に『先ほどのニュースは誤報でした』と取り消されたらしい。これは本書に載っているだけでなく、Twitterなどにも投稿されている。これを誰が「誤報」と信じようか。

自衛隊の無人標的機や練習用ミサイルは「オレンジ色」に塗られている。ガソリンとタールを混ぜたゲル状燃料は、長時間燃え、人間の体を炭になるまでボロボロにする軍用の「武器」であり、一般には入手できない。日本にあるのは陸上自衛隊である。自衛隊は、人命救助をするのではなく、「武器」を使って生存者を焼き殺したのではないか、とも推測できる。墜落が不可避だったとしても、520名もの命が喪われることはなかったのかもしれない(あくまで推測である)。

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こうやって新事実が明らかになると、新たな疑問も湧いてくる。

政府もマスコミも自衛隊も日本航空も、いったい誰が誰に指示したのか。
その人は今どうしているのか。


35年経っても真実を語る人が出てこないのは、遺族にとってはたまったもんじゃないだろう。驚くことに、生のボイスレコーダーは、「遺族への配慮」という理由で公開されていないらしい。著者は言う。遺族は真実を知りたいのであって、それをしないための理由として「遺族への配慮」とは何か? 誰のための配慮なのか? と。

きっと、いろんな人が嘘をついている。隠している。
そういった人が真実を語り、謝罪する日はくるのだろうか。

特定秘密保護法がこの事件と深い関係があるという著者のブログ記事の内容も驚いた。


なお、興味有る方は、こちらの動画をご覧頂きたい(14分11秒)。森永卓郎氏が本書を解説しているが、本書に書かれていないことも詳述してくれている。

那覇から神戸へ /美味しいワインを嗜む会

神戸空港


沖縄最終日。
午前9時、那覇空港まで旅友Tと一緒だった。
ここで、私はスカイマークのゲートへ、旅友TはJALのゲートへ。

彼とは20年以上の付き合いになるが、会うのはほぼ旅先。これまで何カ国を共にし、何日間を一緒に過ごしたのだろうか。旅先で会った時は、私が仕事の打ち合わせがあっても、会食があっても、同席してくれる。今回もそうだった。「気を使わなくていいねんで」、「俺は武さんに気を使ったことなんて一度もないで」。

そうやろな。お互い気を使わなさすぎる。いい意味で。
海の中で素潜りをしている時、お互い何も話をしないが、同じようなことを思っているはず。だから、自然と沖へ沖へと同じ方向に泳いでいく。地上に居てても、海の中に居る時と同じ様に、何も話をしなくても、自然と同じ方向に泳いでいる。群れない魚のような関係なのだ。

ゲート前で別れて10分後くらいに、彼から「ありがとう」のLINEが届く。いやいや、こちらこそ。数名しかいないLINE友達の中に入れてもらってることも、ありがたみ。ぺこぺこ。

次は海外で会えたらええな。

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夜、神戸にて、行きつけのお店を貸し切りにさせてもらい、あずさ監査法人の現役&OBと、美味しいワインを嗜む会が開催された。

特別にシェフに作ってもらった美味しい料理と、ワインエキスパート資格を取得した公認会計士が厳選した白、ロゼ、赤ワインを頂いた。かなり飲んだかもしれない。

味覚は「比較」することによって発達するものだと思う。会計監査と同じだ。あるものと別のものを「比較」することにより、見えないものが見えてくる。感覚が研ぎ澄まされる。

昨日はそんな話を、もちろんしていない。

許可を得ていないので、写真はこんな感じで御免遊ばせ。
1Q決算繁忙期なのに、すごいメンバーが集まったもんだ。

wine

ぷらっと那覇

シェラトン沖縄

朝起きてネットを見たら、未明に台風が発生したと報じていた。しかも、午後には暴風域に入るという。そうか。沖縄にいると、台風発生から暴風域に入るまで数時間ということがあるのか。これでは週間天気予報なんてアテにならんな…。

今日の夕方の便で帰る予定だったが、また欠航になるのではないだろうか…と、スカイマークのサイトを見ると、案の定、午後以降の便が欠航となった。こっちで合流した旅友Tも今日の夕方の便で帰る予定だったが、彼の予約していたJAL便も午後以降の便が欠航となった。それが分かったら、もう開き直って延泊を楽しむしかない。

二人ともフライトの予約を翌朝に変更し、今日は那覇空港の近くで過ごすことに決めた。

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ハイアットリージェンシー沖縄

午後、恩納村のホテルを離れ、那覇へ。
那覇のホテルに到着するや、暴風域に入り、横殴りの雨が吹き荒れてきた。とても外出できる状況ではなかったので、昼間からホテルのラウンジで飲む。

ネットでは、緊急事態宣言が出てから、沖縄の国際通りの店は8割が休業していると報じていた。が、8割は大袈裟じゃないかな。休業している店もあったが、開いてる店もたくさんある。いつもより人が少ないのは国際通りに限ったことではない。神戸よりマシだ。

ヤフトピにも挙がっていたが、墓参りなどのため東京都から青森市に帰った方の生家の玄関先に、「なんでこの時期に東京から来るのですか?」「さっさと帰ってください!!」「皆の迷惑になります」などと書かれた手書きの紙が投げ込まれたという「事件」が起こったらしい。また「自粛警察」が暴れ出した。悲しすぎるニュース。

沖縄県=危険、東京都民=ウイルス、なのかい? 

少しは頭を使って考えてみたらどうなんだい。

お盆に田舎に帰省しようとすると、実家から「ウイルスを持ち込むな」と帰省を拒まれた、という人は私の周りにも何人もいる。家に帰ると、持ち物から靴から全身を除菌スプレーで吹きかけられた、という人も私の周りにいる。飲み会に行っただけで「帰らないで」と身内に言われた、という人も私の周りに何人もいる。私は「帰らないで」などと言われたら、「もう二度と帰らない」と答えるだろう。たとえ身内であったとしても、そんなことを言われたら絶縁する。

人としての尊厳を踏みにじられ、ウイルス扱いされ、殺菌スプレーを吹きかけられ、ディスタンスを取られ、なんでいい子ぶらないといけないんだ。そんなことに決して慣れてはならない。

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ハイアットリージェンシー沖縄


結局、今日は夜まで雨と風が吹き荒れた。
夜はホテル最上階にあるBARで、地元の和牛を使ったハンバーガーを食べた。赤ワインがよく合う。連日泡盛を飲み続け、二日酔い、三日酔い状態だったので、赤ワインで中和させた。

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21時、部屋に戻って半沢直樹。
もうドラマを通り過ぎて歌舞伎としか思えないし、歌舞伎を通り過ぎて新喜劇としか思えないが、面白い。各出演者の演技力がしびれる。

「勝ち組、負け組というコトバがある。私は、このコトバが大嫌いだ。(略)大企業にいるから仕事ができるわけじゃない。どんな会社にいても、どんな仕事をしても、自分の仕事にプライドをもって、日々奮闘し、達成感を得ている人のことを、本当の勝ち組というんじゃないかと俺は思う」(半沢直樹)

ホントにそう思う。すぐに転職を考える監査法人の若い人達に強く訴えたい。隣の芝を見ずに、目の前の仕事をプライドを持ってやり遂げろと。キャリアは横に広げるものではなく、縦に積み上げていくものだ。

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ハイアットリージェンシー沖縄


最終日は、泳ぐこともなく、観光もせず、何もなく終わっていった。
これもまた善し。十分に楽しんだ5日間だった。

ぷらっと宮城島→伊計島

宮城島

昨夜泊まった浜比嘉島リゾートは朝早くにチェックアウトし、近くの宮城島(みやぎじま)へ移動した。google mapを頼りに「ウクの浜」という無人ビーチへ。

宮城島

こっちで合流した旅友T氏と二人きりのビーチ。
今日もひたすら泳ぐ。
ただ、ここの海は珊瑚もなく、魚もなく、早々に退散した。

宮城島


次に向かったのは、伊計島(いけいじま)。google mapを頼りに「大泊ビーチ」(おおどまりビーチ)へ。ここは管理料を徴収する有人ビーチで、遊泳区域も決められているため、全く期待してなかったが、近隣の島の中にあるビーチで最もキレかった。久しぶりに数百匹の魚の群れと一緒に泳いだ気がする。魚に手を噛まれた。

伊計島


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泳ぐだけ泳いだ後は、恩納村で予約していたホテルに移動。

今日から連休ということもあり、先月来た時よりも人が多い。家族連れもレンタカーも多い。旅行や帰省を自粛した人も多いだろうが、それは沖縄に限った話ではないはず。沖縄に行くというだけで非国民のような扱いをしてくる人がいるが、そういった同調圧力、付和雷同、他者監視、全体主義、滅私奉公、利己主義、自己中心、思考停止な意見や報道は黙殺するようにしている。

『語弊があるかもしれませんが、(新型コロナウイルスは)ごくごくシンプルに、大したことではないんじゃないかなと思う。僕たちのように高齢だったり、もともとハンディを抱えている人が肺炎になったら重症化するのは、実は当たり前のことですよね。仮に僕が、この新型ウイルスにかかってしまい、重症化して死ぬことがあったとしても、それは病気に『縁』があっただけだと思うわけです。もちろん、罹患を避ける努力や、人に何か迷惑をかけないように心がけるのは大切なことだと思うけれども、生活のすべてを変えようという気には全然ならない。』沢木耕太郎

普段から石鹸で手を洗い、イソジンでうがいをし、十分な睡眠を取ることが、マスクやフェイスガードをすることよりも、密を避けることよりも大切なことじゃないだろうか。

今日行った島のカフェのオーナーが言っていた。「ここの島の人は、誰もマスクなんてしてませんよ」。なのに、来店客にはマスクと消毒を要請している。怖いのはウイルスよりも、人の心が失われることだから。

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プールで再び泳ぐ。

シェラトン沖縄


ここも日没も美しい。

シェラトン沖縄

ぷらっと浜比嘉島

瀬古島


今日は浜比嘉島(はまひがしま)へ移動。

移動の道中、本部(もとぶ)という所に、「そば街道」といわれる沖縄そば店が建ち並ぶエリアがあり、その中でも有名な店をハシゴした。沖縄そばをハシゴしたのは初めてかもしれない。「山原そば」(やんばるそば)という店のソーキそばが美味かった。ランチから満腹。

沖縄そば



浜比嘉島は、先月も訪れた島。ここにあるリゾートホテルからの景色に惚れて、今回もここで宿泊することにした。眼下に海とビーチが見える。

浜比嘉島


本当は、ここで打ち合わせの予定があったが、コロナの影響でキャンセルに。予定がすっぽりと空いたので、今日も海でひたすら泳いだ。

下の写真はホテルのプール。小さなインフィニティプール。無人だった。

浜比嘉島リゾート



日没も美しい。

浜比嘉島リゾート
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