公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

結婚

神戸北野ホテル


今日は、私と同じ歳の親友の結婚式・披露宴に参列・参加した。

私の友は独身が多い。彼らは、いい意味で個性的で、自分の哲学を持ち、自立(自律)している。人に依存することはなく、人との境界線を引いているように感じる。性には興味があっても、籍には興味がない。入籍と幸福に因果関係がないことを知っている。結婚したことにより自分の感覚から逃避し、思考停止になっている人が多いことに比べると、独身者の方が現実を直視し考えていると思う。

だから、私の友がこの歳になって結婚するという連絡をもらった時は驚いた(ちなみに初婚)。結婚式で祝辞を述べた新郎の上司も「まさか彼が…」と言っていた。誰もが結婚するような「キャラ」だと思っていない。それでも生涯守ろうと思う人が傍にいたことは幸せなことだし、心からおめでたいと思った。

彼とは高校生からの付き合いになる。ある女友達から「武田君にどうしても会わせたい友達がいる」と言われ、「男には興味がない」と会うことを拒み続けていた。が、ある時、三宮の某飲食店の隣の席に彼が座っていて、なんとなく察したのだ。「もしかして、君が噂の○○君か?」「そうや。もしかして君が噂の武田君か?」と。話をしたら一瞬で気が合った。趣味がことごとく同じで、電話番号を交換したら下4桁も同じだった。その頃から人生は想定外の積み重ねだと感じていた。そこから、旅をしたり、ライブに行ったり、ディスコに行ったり、学生時代も社会人になってからも趣味を共にしてきた。あれから30年近く経つ。披露宴の参加者は会社の上司・同僚が多い中で、私を招待してくれたのはとても嬉しかった。そして、引き合わせてくれた女友達とも久しぶりに再会できた。

披露宴が終わった後も、新郎・新婦交えて、終電まで飲んだ。体内がアルコールで満たされるほど飲んだのも久しぶりだ。心底楽しいと思った1日だった。彼には自分の感覚を大切にしながら幸福になって欲しい。Be Happy!


高 史明著『生きることの意味』 (ちくま文庫)




この本は、齋藤孝氏があるサイトで「読んでおくべきベスト本」として紹介していたもの。先日、(似たようなタイトルの)上田紀行著『生きる意味』を読んだところなので、何か関連性があるかと思い、買ってみた。

買ってから知ったのだが、著者の高 史明氏は、コ・サミョンと読む。戦前の1932年生まれの在日朝鮮人二世。本書は1974年に上梓されたものなので、もう45年前の本ということになる。

齋藤孝氏が「感動もの」として薦めるだけのことはある。すごい内容だった。
読了した後、読後感に浸る間もなく、もう一度読み返した、って本は久しぶりかもしれない。

3歳にして母と死別、父と兄の3人で極貧生活を送る。小学校に上がると、自分の貧しさや国籍から自信を失い、乱暴者になる。その矛先は父にも向かう。厳格な父は、息子たちへの厳格さ故に、深い寂しさにとらわれていながら、息子たちと分かち合うことができない。やがて、親子間でも「裂け目」ができる。孤独な父は、なんと、息子たちの前で自殺を図る(未遂に終わるが)。高等小学校(中学)に進学すると戦争が始まり、学徒動員として労働に出させられるが、そこで教師から壮絶な人種差別・暴力を受ける(今なら社会問題になるはず)。そんな辛すぎる人生を歩みながらも、父、兄、先生からの「人のやさしさ」を知り、生きることの意味を学んでいく。

そういう話。

貧困、差別、暴力、戦争・・・そういったものがすべて混ぜこぜになった状態に疲れ、やがて理性の力に見放され、それが暴力に化けていき、他人を傷付け、自分を壊していき、寂しさがにじみ出るような孤独に陥り、その寂しさが一層暴力に向かわせる。そういう「暴力の奴隷」(P144)、「暴力の泥沼」(P193)といえる生活を小学生時代から送っていた著者。

「あぁ、自暴自棄ってこういうことをいうのか〜」と、読んでいて胸が痛くなる。

生きていると、様々な困難に突き当たり、悲しみや絶望でいっぱいになってしまうこともある。それを環境や社会のせいにすることは簡単なこと。著者も、大人になってから、全てを社会のせいにして政治活動に参加することになるが、その行為については「誤りをおかしてしまった」(P242)と自省している。

自分が不安なのも、孤独なのも、環境や社会のせいではないのだ。国境や人種も関係ない。「やさしさ」を持つ人になるかどうか。それだけで見える世界が変わってくる。そして生きることのすばらしさが分かってくる。

本書はそういうことを教えてくれる。
生きづらさを感じている方は、是非手に取って欲しい一冊。

古巣 大原簿記へ

大原簿記専門学校


今日はめっちゃ久しぶりに大原簿記専門学校(大阪校)に行って、公認会計士試験受験生と色々な話をしてきた。

公認会計士試験受験生は、当然に公認会計士を志しているわけだが、大半の受験生は公認会計士と話したこともないだろうし、公認会計士が何をやっているのかも分かっていないだろうし、どういうビジョンを掲げたらいいのかも分かっていないだろう。就職活動をする時に、監査法人を訪問して、初めて公認会計士と接することになるんだろうが、そこで得られる情報は断片的で真実でないことも多い。受験生と公認会計士が接する機会は増やさなければならないと思っていた。

大原簿記専門学校の公認会計士受験講座の講師をやっている友達から「何か受験生に喋ってやってくれへんか?」と言われたので、「はい、喜んで」ということで行ってきた。

やはり、合格後の仕事の内容、進路に関する質問が多かった。監査法人かそれ以外か、東京か地方か、日本か海外か、金融か非金融か、独立か非独立か…といった質問への回答から、業界全体の話、細かい話まで、幅広く真実をお伝えしたつもり。

少しは受験生の皆さんの刺激になってくれただろうか。

今回の話がキッカケになって、さらに志を高く持ってくれ、公認会計士試験合格後に活躍してくれて、業界が盛り上がればいいなぁと思う。

第10期の決算日を迎えて

潮に満ち干きがあるように、人生にも満ち干きがあると思う。

満ちた後には干いていく。干いた後には満ちていく。

「人生は振り子」であり、「成功はタイミング」だと思っている。
潮に乗ることができれば勝ち、潮に飲まれると負ける。

ただ、この数年は、「振れ幅」の大きな人生に疲れてきた。

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独立してからずっと同じ仕事に没入してきて、特定の分野で第一人者といわれるまでになったことは自分で自分を褒め称えたいと思う。が、最近、憂鬱になっている。理由は以前も書いたが、依頼主が主体性を発揮しなければどんな腕のある医者が手術をしても完治しないのは当然なのに、「カネを払ってるんだから治せ」という態度の依頼主が増えてきたからだ。メールをしても返事がない、納品したものを見ない、提案したものを無視する、そんな人に「メールを見てもらえますか」なんて言うほどお人好しにはなれない。最近は、そういう依頼主の手術をすることにすら虚しさを感じることもあった。

独立して15年、マイクロ法人化して10年が経ち、今日で第10期の決算日を迎えた。
お陰様で、過去最高売上、過去最高利益を更新した。

喜ばしいことであるが、あまり嬉しいと思わない。
それより、独立15年、法人化10年という、「ひとつの区切り」を感じる。

ここで仕事(コンサル業)を辞めることも真剣に考え、かつて、旅人会計士の友に相談したこともある。「辞めなくてもいいと思うけど、1〜2年旅行にでも行ってきたらどうだ?」、「2年位休養したっていい」などとアドバイスをくれた。年の大半を日本以外の国で過ごしている彼に言われると、「まぁ、そうだよなぁ〜」と腹に落ちる。

旅に出るかどうかは分からないが、今年に入ってから契約を絞っていった。この10月末でプロジェクトの多くが終了する。来期は売上が半減すると思う。3分の1位になるかもしれない。まぁそれでもいい。死ぬことはない。

走り続けた15年、一度、潮が干くのを待っておこうかと思う。
抗わず、潮の流れに身を委ねていれば、また何かのタイミングがやってくるだろう。

明日から人生の第2幕、新しいフィクションの始まり。
楽しむことに躊躇せず、本気で生きてやろうと思う。
No Fun, No Life !!

作り笑顔

今日、なんとなくTVをつけたら、釘付けになった。

屋久島で40年間、自給自足生活をしている方を取材している番組。67歳と言っていた。

小さい時に壮絶なイジメにあうわ、父親の会社が倒産するわ、自宅に借金の取り立てが来るわ、地獄のような日々が続き、自宅を出たらしい。働き始めてアパートを借りるようになったが、収入の多くが家賃などに消えることに疑問を持つ。知人から、屋久島の土地が売りに出てるとの情報を聞き、1000坪を超える土地を80万円位で購入、そこから自給自足生活が始まる。

しかし屋久島でも、信じようと思った女性からひどい裏切り行為をされる。この話になると彼は号泣する。詳細は語られなかったが、余程の裏切り行為だったんだろう。それ以降、人が信じられなくなり、島民との接触も断ったらしい。友達といえるのは時々電話をくれる幼馴染1人だけだという。「1人いれば十分だろ」と。


裏切り


裏切り


「この人、すごいなぁ」と思って番組を見ていたのだが、すごいと思ったのは、自給自足生活をしていることでも、孤独に耐えていることでもなく、(号泣したシーン以外は)ずっと「笑顔」だったこと。

「この人は、なんでこんな爽やかな笑顔で生きていけるんだろう」と思ってみてたのだが、この方は意識的に「作り笑顔」でいるようにしていると言っていた。「作り笑顔」を何十年とやっていたらこういう素敵な顔になるんだなぁ〜、と妙な所に関心させられた。

先日、HISの澤田会長がTVに出ていた時も、「この人、いつも笑顔やなぁ」と思って見ていたのだ。どんな話をしている時も、同じ笑顔。

私は、顔が「怖い」とよく言われる。熱が入ると眉間に皺がよってるのかもしれない。直さなきゃならないと思う。「作り笑顔」を意識しようと思った。人は見た目が9割らしいから、見た目で損をしないようにしなければ。

人間の世界には、人間でなければ引き起こすことのできない悲惨な、さまざまな出来事が起きます。しかし人間にはまた、どんな苦しい生活の中でも、笑うことができる能力があるのです
(高史明『生きることの意味』(ちくま文庫)P62より)




IPO

私の同志がCFOをしているベンチャー企業が最近、新規株式公開(IPO)を果たした。

このCFOは、元々別の企業(上場企業)の経理部長をしており、その時からのお付き合い。私のセミナーに出てくれた直後に連絡をくれ、「顧問になって欲しい」と言われたのは7〜8年前だと思う。そこから「真の経理部」を作るために一緒に闘った仲である。

大きな目的を達成したら、情熱を失う人もいるが、さらに大きな目標を掲げて突き進みたくなる人もいる。彼は後者だった。別の企業(未上場企業)に転職し、経理部長に就任し、その企業を上場させた。すると、また別の企業(未上場企業)に転職し、今度はCFOに就任し、またその企業を上場させた。

IPOってのは、業績さえ良ければ成し得るものではない。CFOは、経理、決算、開示、法務、人事、システム等のあらゆる体勢を構築し、品質を管理し、運営に責任を負う。多くの企業が「上場したい」といいながら出来ないのは、業績面以外の所でつまづくケースが多い。IPOを果たすということは、すごいことなのだ。そんじょそこらの企業とは内部管理体制のレベルが違う。

彼とは上場準備中の多忙な時期にも何度か飲みに行った。「家に帰ってんのか?」と心配になるほどの忙しさだったし、全身から疲労感や徒労感が溢れ出ていることもあった。思い通りにならないこともあり、不甲斐ない思いを何度もしてきたと思う。私なら心が折れてただろうと思う。それでも諦めずに大きな目標を達成したのは、すごいと思う。

ネットを見ると、東証での上場セレモニーの写真がアップされており、彼も最高の笑顔で写っていた。思わずその写真を右クリックしてPCに保存してしまった。記念に取っておこうと思う。

いや〜、おめでとう。

また次の目標に向かって邁進してください。無理はなさらずに。

スタンレー・ミルグラム著『服従の心理』 (河出文庫)

服従の心理 (河出文庫)
スタンレー ミルグラム
河出書房新社
2012-01-07



先日紹介したの舟越美夏著『愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった』の書評を書いた後に、本棚からミルグラム著『服従の心理』 (河出文庫)を取り出し、再読した。

本は、これまで読んだものと関連付けて読むと、理解度が何倍も変わる。


■ 善良な人がなぜ残虐な行為をするのか。

アメリカの心理学者、スタンレー・ミルグラム(Stanley Milgram)が、1962年にある実験を行った。それが、歴史に名を残すことになった『ミルグラム実験』。知ってる人は知っているが、知らない人は知らないと思うので、実験の概要から書いておく。

まず、「記憶に関する実験」を実施すると偽り、新聞広告を通して時給4ドルでバイトを募集した。実験室には、研究者の指示の下、先生役と生徒役に分かれ、一連のテストを行う。生徒が間違えると、先生が罰として電気ショックを与える、というのがこの実験(バイト)の内容。

電気ショックは、最初は45ボルトからスタートするが、一度間違えるごとに15ボルトずつ電気が強くなる。最大450ボルトまで引き上げられる。ちなみに100ボルトでも強い衝撃であり、150ボルトでは絶叫し、300ボルトでは壁を叩いて暴れるくらいになる。330ボルトを超えると無反応になるらしい。もう拷問であり、人殺しである。

ある段階から生徒役は叫び声を上げながら「実験を止めてくれ!」と懇願する。先生役も「これ以上続けたら生徒役は死ぬんじゃないか!?」と心配になる。

しかし、研究者はいう。
「続行してください」「何が起こって責任は私が取ります」と。

とんでもないバイトだ。怒りを覚える人もいるだろう。

この実験の結果はもっと衝撃。300ボルトに達する前に実験を中止した者は一人もいなかったのだ。そして、被験者40人中26人(65%)が450ボルトまでスイッチを入れたのだ。65%もの人間が、権威者が「責任を取るから」のコトバを聞いて、非人道的な行為に及んだと換言できる。

実は、この話には裏がある。バイトで集められた人たちは全員が先生役をやり、生徒役は全員「役者」だったのだ。実際は、電気は通っておらず、叫び声は演技であった。この実験は、「人は権威者の命令にどこまで服従できるか」の実験だったのだ。


そして、実験の結果、ミルグラムは次のように結論付ける。

各個人は、大なり小なり他人への破壊的な衝動の無制限な流れを抑えるための良心を持っている。だがその人が自分自身を組織構造に埋め込むと、自律的な人物にとってかわる新しい生物が生まれ、それは個人の道徳性という制約にはとらわれず、人道的な抑制から解放され、権威からの懲罰しか気にかけなくなる(本書エピローグより)

つまり、自分が理性的で「自律状態」にあったとしても、ある組織に入った途端に権威者の願望・要望に従って行動する「エージェント状態」(=自分とは別の代理人の状態)に移行し、その移行が起こったら、自由に元には戻せるものではなくなってしまうのだ(第10章参照)。

そして、ナチスのアイヒマンがユダヤ人をガス室に送り込んだことも、アメリカ軍がベトナム戦争で非人道的な行為を行ったことも、彼らが悪魔だったわけでもなく、サディストだったわけでもなく、「自分に割り当て割れた任務を実行しているだけ」であり、その日一日を切り抜けて生き延びるだけでも一苦労なのに「道徳について心配している暇などない」、などとミルグラムは主張した。

この実験やミルグラムの主張は、倫理的に問題があると厳しい批判に晒されたらしい。しかし、「人間の残虐性」「服従の心理」というものが、必ずしも人間に備わった攻撃性や破壊的な衝動によるものではなく、こういった「人間の残虐性」「服従の心理」がいまでも地球上から消えず、自分にも、あなたにも、こういった「人間の残虐性」「服従の心理」が起こりうる、ということをこの実験は教えてくれる。

もし、自分が権威者から「責任を取るから」と言われたら、450ボルトの電気を流すだろうか。

ちなみに、この実験は、アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちが、なぜあのような残虐行為を犯したのかという疑問をを検証しようと実施されたため、「アイヒマン実験」とも言われている(この実験は「アイヒマン裁判」の翌年に実施された)。

実際の実験の動画がある。興味ある方はこちらのサイトの動画を見て欲しい。2分程度なので。

このサイトにも書かれているが、「人は誰でもアイヒマンになりうる」のだ。恐ろしいことに。しかもそれは、組織に属さなくても、権威者からの指示がなくても、起こりうることは知っておいた方がいいと思う。本書において、ある被験者(先生役)が、電気ショックを加えたことへの後ろめたさを隠蔽すべく、被害者(生徒役)を見下し、彼らの無能さに責任転嫁することで自分を正当化しようとしたという記述がある。この記述は色々と考えさせられた。差別、暴力、いじめ、ハラスメントや、相手を傷付ける言動の多くが、これに当てはまるのではないだろうか。相手を傷付けた言動を正当化するために、後から理由が捏造される。私も、相手の異常・邪悪な言動により傷付けられ、さらにあることないこと言われ、批判されたことが何度もある。その都度、相手の行為に悩み、恨んだ。しかし、このミルグラム実験は教えてくれる。こういった異常・邪悪な言動が、必ずしも良心の欠如ではないということを。こういった人間の心の動きを知るだけでも、人は穏やかに、幸せに生きていけるのではないだろうか。


(※ これを書くにあたり、本書「訳者あとがき」とwikipediaの記述を参照し、一部引用した。)

舟越美夏著『愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった』(河出書房新社)




紀伊國屋書店で平積みされていた本。
表紙の写真は、子どもが銃を持って微笑んでいるようにも見える。
書店に行くと、思いも寄らない本に出会い、買ってしまう。

著者舟越美夏さんは、元共同通信社のジャーナリストで、過去にポル・ポト派最高幹部を取材した『人はなぜ人を殺したのか ーポル・ポト派、語る』という本も上梓している。

昨日紹介した伊集院静さんの本「世の中にはあなたたちよりもっと大変なのに懸命に生きている人がいることを忘れないで欲しい」と書かれていたが、本書を読めば、世の中には自分の想像を絶する世界があり、自分より何百倍もつらい想いをしている人がいることを痛感する。

本書は、ポル・ポト派最高幹部への取材録だけでなく、戦争や紛争で多くの敵を殺害した兵士や、自爆テロの計画を立てた女性、焼身自殺を図った少女の親族などへの取材・インタビューの記録である。「よくそんな人たちに会えて、しかも取材できたなぁ〜」と驚きの連続だった。

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第2章の元ロシア軍の兵士の話は顔を歪めた。チェチェン紛争の際に、チェチェンの村を焼き、多くのチェチェン人を殺した、自他共に「悪魔」と呼ぶ/呼ばれたこの兵士(この男は多くの敵を殺害し勲章までもらっている)は、自ら志願して特殊部隊に入隊し、10年以上も「戦争」を仕事にしてきた。戦車や銃で相手に攻撃するだけではない。敵を拷問し、頭を金具でぶち割ったこともあるという。さらに処刑した遺体の顔と股間に爆薬をくくりつけ、地面に掘った穴の中で爆破したりもした。粉々になった遺体は見つかることはなく、5000人以上が「行方不明」になったといわれる。

なぜ、人間はこれほど残虐な行為に及ぶことができるのか。これは「ミルグラムの実験」の通り、権威者(上官)から指示・命令されたら、国家の治安や正義を理由に服従するのである。

この「悪魔」と呼ばれるまで人を殺した兵士は、上官から次のような命令を受けていた。

『戦う時は、感情も疑問も忘れろ。考えることを捨てろ。これは仕事だ。さもないとおまえは殺される。』(P66)

そして、「悪魔」はこれに服従した。しかし、自らの命を危険に晒し、部下を失い、敵を殺す中、自問自答する。「本当は誰のためなのか。この苦しみはいつまで続くのか。」と。

精神的な限界を超え、「悪魔」は除隊するが、その後も苦しみから逃れることはないようだ。ウオッカを体に満たすことで苦しみから逃れる生活を繰り返している。

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第7章も顔を歪めた。こちらは拷問を受けた側の人物への取材録である。この人物は、「911」の後、アルカイダの重要人物であると疑われ、アメリカ兵士に拷問された。この時の様子が書かれているが、これはエグい。単なる拷問だけでなく、女性兵士からレイプもされている。「男だって望まない性行為を強いられたら傷つくんだ」(P209)。そりゃそうだ。

彼は何度も兵士から殴られたという。殴られている間は、他にすることがないから、自分を殴る兵士を観察していた。彼の言葉が余韻に残る。

『苦しんでるのを見て興奮するサディスティックな人もいるけど、大方の人間はそうではない。(略)だから、若い兵士が気の毒だったよ。自分の中の善意に従わず、人を拷問した経験に一生苦しむんだろうってね』(P210)

拷問は、手を下す側の人間性を殺さなければ出来ない行為である。命じられた者は、人間性を殺して実行することにより、精神的な傷を負う。彼はそれを見抜いたのだ。(P224)

彼は、15年もの間、米国から不当に監禁され、拷問され、拘禁された。もちろん精神的なダメージや後遺症が残った。しかし、それでも彼は「許す」という。なぜなら、「憎しみに支配されたくないから」(P234)。憎しみは頭の中で敵に力を与え、自分はその奴隷になってしまう。彼が求めているのは「自由」なのだ。許しは自由のため。

こんなことをされてまで「許す」ということに驚いた。彼はイスラム教徒であり、イスラム教は「許すこと」と「愛すること」を教えるらしい。「アラーは、最も愛する人を試すのだ」という言葉が収容所の日々の中で唯一の慰めだったと、彼は手記に書いているらしい。

ちなみに、彼(モハメドゥ・ウルド スラヒ)の手記は米国でベストセラーになり、日本語訳も『グアンタナモ収容所 ー地獄からの手記』というタイトルで出版されている。いつか読みたい。

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最後に、第4章も凄まじかった。ポル・ポト派ナンバー2の、冷徹な計画の実行を指示した人物にまで取材をしている。ポル・ポトほど残虐な人物はいないと思っていたが、やはり凄い内容だった。知識人をことごとく暗殺したというのは有名な話だが、スパイと思われる者もことごとく処刑している。しかも処刑を担当するのは非知識人の農民などで、そこには10歳の子どもも含まれている。

後ろ手に縛った男を、10歳の子どもが銃で撃つ。「スパイは抹殺しなければならない」という権威者の指示に子ども達も服従する。恐ろしすぎる。

引き金を引いたことがあるポル・ポト派兵士にも取材をしている。
『楽しくなんかなかった。でも悲しくないんだ。ただ頭を空っぽにして撃つ。ダダダダッと。それだけだ』(P121)

第2章のロシア兵が言っていることと似ている。人を殺す時、人に服従するときは、感情を挟んではいけない。考えてはいけない。頭を空っぽにしなければならない。

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本書を通して感じることは(V.フランクルの本を読んでも感じることであるが)、人間には恐ろしいほどの「残虐性」があるが、「他人との存在」が生きる糧であり、「他人を愛すること」も本性である、ということだ。「哀しみや苦しみの底に沈む経験をした人ほど、他者に抱く愛情は大きく、深い。生も死も、敵さえも包み込む大きな愛は、当事者を救っているだけではなく、周囲の人々も救い、力を与えている。」(P240)

本書を読み終えた時、「死ぬときに後悔するのは、復讐できなかったことより、愛さなかったことだろう。」と帯に書かれている赤坂真理さんの推薦文の意味が理解できた。

「世の中にはあなたたちよりもっと大変なのに懸命に生きている人がいることを忘れないで欲しい」




「大人の流儀」シリーズ、もう9巻目。なんやかんやと全巻読んできた。伊集院静さんの小説は読んだことがないのに、なぜかこのシリーズは読んでしまう。共感できることが多い。文章だけでなく、思考とか生き様とか。

第9巻のタイトルな『ひとりで生きる』

毎回、哀愁漂うテーマだ。

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そういえば先日、病気になって療養中の友から、「今、生きているのは何故か、これからどうやって生きていくのか」といった生きる意味をずっと考えてる、という内容のメールが届いた。

ネガティブな時や、無力を感じる時に、人は根源的な問いをするものだと思う。生きるとは、死ぬとは、幸せとは、愛とは、怒りとは、ってことを。

ソクラテスの名言を思い出す。
もし良い妻を持てば幸せになるだろう。もし悪い妻を持てば哲学者になるだろう。
("By all means marry; if you get a good wife, you'll become happy. If you get a bad one, you'll become a philosopher")』(『世界名言大辞典』より)

紀元前にホンマにこんなことを言った人がいるんか…とも思うが、至言である。

アウシュビッツ強制収容所から生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルは、溶け落ちた人間の最後の力になったのが「他人の存在」だったという。人間はひとりでは生きていけない。極限状態に追い込まれた時に、精神的な支えになるのは、哲学でなく、「他人の存在」なのだ。他人がいるから哲学が生まれる。

生きている限り、ひとり孤独になることもあれば、絶望になることもある。生きる意味を考えることもある。私なんて365日そんなことを考えてる。でも考えすぎて自分の精神や神経を破壊したら元も子もない。「生きてくなんてそんなもん」「人生なんて所詮フィクション」くらいに思っていた方がいいと思う。世の中には自分よりももっと絶望してる人もいる。邪悪な人間もいる。何事もなくしあわせと思える方が奇跡だというくらいに思っておいた方がいいと思う。

えらく前置きが長くなったが、本書のこの箇所に、とても共感した。

人は、人生の中で、いかなる人と出逢ったか、ということに尽きると思う。

(略)

人というものは、人の生というものは十人の暮らしには、十のそれぞれ違うかたち、事情があるのが当たり前のことなのである。

いつも言うように ”しあわせのカタチは多少の差はあれ、ほとんどが同じような表情をしているが、不幸、哀しみのカタチは驚くほど、その状況が違っていて、哀しみの淵にいる人々は、戸惑い、途方に暮れ、どうしたらよいのかとうろたえるのである”

その上、しあわせの領域にいる人より、不しあわせの状況にいる人の方が圧倒的に多いのが世間というものなのである

それでも私たちは生きて行くのだ。生きて行くことを否定したり、拒絶することは、自分を生んでくれた人、運命に対して、不遜以外の何ものでもない。

ーーーーそれでも生きなさい

それが私の考えである。

(略)

世の中にはあなたたちよりもっと大変なのに懸命に生きている人がいることを忘れないで欲しい

最後の一文は要冷凍保存。

ギンギラギンにさりげなく、生きていくだけさ。


即位礼正殿の儀

即位礼正殿の儀


即位礼正殿の儀の直前に雨が上がり、皇居をまたがる形で虹がかかったようで。

たまたまだと思うが…

twitterで「天皇は太陽の化身たる天照大神の子孫であり、その即位の礼で機を見たかのように東京に日が射したのは、まさに神通力を見た思いだ」と書いてる方がいて、ちょっぴり感動した。

(※ 画像はtwitterから拝借した。画像は若干トリミング等の編集をした。)
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